第61話 勇者アルトの帰還
俺は異世界に戻ってきた。
ヌルシーたちがいる世界に戻ってきた。
元の世界に帰ることだって、神様にお願いすればできただろう。
けど、俺はみんながいるこの世界に戻って……いや、帰ってきたんだ。
「みんな、ただいま」
ちょうどよく、ヌルシーたちが集まっているところに戻してもらえた。
なので、俺は帰ってきたことをみんなに告げる。
こここそが、俺の第二の故郷。
戻ってきた、ではなく、帰ってきた、というのが正しい言い回しだろう。
「……あれ、なんだろ、この重そうな空気」
ただいまと言ってみたはいいものの、みんなの空気が、どことなく重い。
いったい、どうしたんだろ。
「え、ええっと……みんな――」
「アルト!」
「ほわっ!?」
みんなに再び声をかけようとした瞬間、イーナが俺に向かってダイブしてきた。
え!?
いったいなんなの!?
イーナさん、またデレ期ですか!?
デレ期入っちゃったんですか!?
また変な薬でも飲んじゃったんですか!?
「……って、イーナ? どしたの?」
「うぅ……アルト……ちゃんと帰ってきてくれて……よかった……」
「お、おぉ……そりゃあ、帰ってきますよ。だって、ここは俺の我が家なんだもん」
こんな立派な屋敷に、主人がいつまでも帰ってこないっていうんじゃ、寂しいでしょ。
というか、なんでイーナさん、泣いてるんですかね?
「お兄ちゃん」
「あ、ヌルシー、ただいま」
「おかえりなさい」
今度はヌルシーが近づいてきた。
彼女はイーナと違って冷静そうだな。
「この状況、ヌルシーなら、わかったりする?」
「はい、大体は説明できると思います」
「なら、説明お願いできる?」
「しょうがないですね。それじゃあ、ちょっとだけ説明してあげましょう」
ちょっとと言わず、全部説明してほしいな。
まあ、もし説明に不足があると感じたら、そのとき訊ねればいいけどね。
「まず、私たちがここに集結している理由ですが、それはお兄ちゃんに原因があります」
「え? 俺に?」
俺はイーダたちに視線を向ける。
「うむ、まったくもって、その通りじゃ」
「……そうだな。これは、アルトについて話し合う場だった」
あら、そうなんだ。
それで、その俺についての、いったいなにを話し合っていたのかな。
「お兄ちゃんは、謎の光に包まれて、私たちの前から姿を消しました」
「ああ、俺、そのとき神様と会ってたんだよ」
「それはパパから聞いてます」
パパって、ルシフェルのことか。
ドラゴン状態だから、あんまりヌルシーのお父さんって感じがしないんだよね。
ヌルシーが龍化すると、わりとルシフェルに似てる感じはすると思うけど。
「それで、パパの『勇者アルトは神と話している』という説明の後、お兄ちゃんがこの世界にやってきた、その理由を語ったのです」
俺がこの世界にやってきた理由って、あの暗黒神を倒すため、だよね?
それも、あんまり実感わかないね。
一瞬で倒しちゃったもんだから。
「『勇者アルトは暗黒神を倒すために異世界から召喚された』。パパがこう説明すると、今度はラミちゃんが言ったのです。『アルトさんはこの世界での目的を果たしたから、自分の世界に帰っちゃうんじゃないか』と」
「……ああ、なるほど。だから、イーナがこんなになっちゃったのね」
「そういうことです」
「わ、私はあくまで、可能性の話を言っただけですわ!」
「ラミちゃんの言い訳は聞かなくてもいいです」
「!?」
なるほど。
ヌルシーの説明で、今の状況がなんとなく掴めた。
俺は元の世界に帰るんじゃないか、とイーナたちは考えた。
すると、イーナは悲しくなり、その状態で俺を見たもんだから、こうして抱きついてきたってわけか。
こう考えると、イーナの行動にも納得がいく。
彼女が素の状態でこんなことをするとは思わなかったけどね。
俺がいなくなると思って悲しい気持ちになってくれたのなら、悪いとは思うけど、ちょっと嬉しい。
「それで、お兄ちゃんは、どうするつもりですか?」
「? どうするって、なにが?」
俺は首を傾げる。
ヌルシーは、今、なにを訊ねたかったんだろ?
「お兄ちゃんは……自分の世界に帰ってしまうのか、ということです」
「あ、ああ! なるほど、そういうことね!」
そういえば、まだみんなに俺の気持ちを言ってなかったっけ!
こうして帰ってきたものの、またすぐに自分の元いた世界に行ってしまうんじゃないかって、みんなは思ってるわけだ。
「あ、アルト……どう、なのだ……? アルトはこの世界にい続けてくれるか……?」
アレスティアが俺に訊ねてくる。
その表情はとても不安そうで、唇もわずかに震わせているのがわかる。
とうか、アレスティアも来てたのね。
王族のおもてなしもできなくて、屋敷の主として恥じるばかりです。
「元の世界になんて帰っちゃ駄目! アルトは……アタシたちとずっと一緒にいるんだから!」
イーナが俺に抱きついたまま叫ぶ。
そして、今以上の腕力で、俺の体を締め付けるかのように抱きしめ力をアップさせてきた。
あの、イーナさん。
そんなにギューッてされますと、お胸様が胸板に当たって、とってもハッピーなのですが。
「お兄ちゃん、どうなんですか?」
「はい、とってもいい気持ちです」
「いい気持ち?」
「なんでもありません」
今の質問は、そっちじゃなかったね!
めんごめんごっ!
きゃぴっ!
……さて、冗談はこのくらいにして、そろそろ真面目に答えますかね。
「みんな、俺……」
一呼吸入れ、俺はみんなに向けて告げる。
俺の決断をみんなに伝えるため、俺の決意をみんなに伝えるため、俺は――言った。
「俺……この世界にい続けるよ。これからも、みんなと一緒に生き続ける。それが、俺が選んだ俺の人生だ」
みんなに伝わる程度の声量で、俺は確かに、みんなと一緒いると、この世界にい続けると宣言した。
「アルト……」
耳元からイーナの声が聞こえる。
彼女にも、俺の言葉は伝わったはずだ。
よかったね。
俺、イーナの言う通り、この世界に残るんだよ――。
「だったら、もっと早くそれ言いなさいよ! もったいつけてんじゃないわよ!」
「えええっ!?」
イーナは俺からバッと離れ、暴言をぶつけてきた。
なにそれ!?
酷くない!?
俺、今結構いい感じのセリフ吐いたと思ったのに!
「あ、アタシ、こんなに取り乱しちゃって……恥ずかしいったらありゃしないじゃない!」
……イーナの顔は真っ赤に染まっていた。
いやー……うん。
まあ、そんな表情で怒ってるなら、今回はそれでも別にいいかな。
彼女が怒るのも、俺にとっては日常の一部だしね。
「アルト……アルトが残ってくれると選択してくれて……本当に良かった……!」
イーナは怒っているが、アレスティアは涙を流して喜んでいた。
俺がこの世界に残ると、スタート王国的にはプラスなのかね。
そういった意味で彼女が喜んでいるのかどうかは、俺には判断しづらいな。
「アルト殿! よく言ってくれた!」
「……これからもよろしくな、アルト」
イーダとクレアが俺に微笑みかけてきてくれた。
こういう歓迎のされ方が、俺にとっては一番負担が少なくていいね。
イーナもアレスティアも、極端すぎるよ。
「ま、まあ、私はアルトさんが元の世界に帰っても、全然よろしかったですわよ?」
フラミーは相変わらずツンツンのようだ。
イーナ見たくデレてもいいのよ?
『ほう、なるほど……お前はこの世界に残る決断をしたか』
今度はルシフェルが俺に話しかけてきた。
「ルシフェルは、俺がここに残るの反対?」
『いいや、そうでもない。お前がこの世界に残ることで、いずれお前にリベンジを挑めるからな』
このドラゴンさん、俺にリベンジしようとしてらっしゃるー!?
……せいぜい寝首をかかれないよう、気をつけよう。
といっても、俺って今、この世界で最強の強さなんだよね?
それはルシフェルもわかっているだろうに、それでもリベンジするだなんて言うとは。
なかなか骨があって、大変よろしい!
そして俺は何様だ!
「というわけなんで、これからもよろしくね、ヌルシー」
俺は心の中でセルフツッコミを入れつつ、ヌルシーに声をかける。
「はい、よろしくお願いします、お兄ちゃん」
ヌルシーはいつも通りといった様子か。
こういうときくらい、もっとイーナたちみたく激情を表に出してもいいんだけどね。
『……ヌルシーよ、この男をお兄ちゃんというのは、やめる気はないのか?』
と思っていたら、ルシフェルがヌルシーに、そんなことを言いだした。
「お兄ちゃんは、私にとってお兄ちゃんですから」
「そういうことです、お義父さん。ヌルシーは俺の大切な義妹です」
『お義父さんと言うのはやめろ……』
照れなくてもいいですよ、お義父さん。
ヌルシーのお父さんなら、俺にとってはお義父さん同然なんですから!
「ふふっ、パパったら、凄く嫌そうな顔してますね」
「!」
『!』
今、ヌルシーが笑った。
素直な感じにヌルシーが笑ったよ!
今までも、微笑むようなことはあったけど、今以上の笑顔はないね!
今日はヌルシーの素直笑い記念日だ!
「なんですか、お兄ちゃんもパパも、人の顔を見て笑うなんて……」
ヌルシーがプイッとそっぽを向く。
そんな君も可愛いぜ!
「ふぅ……どうやら、これで一件落着のようだな」
と、俺がヌルシーのことではしゃいでいると、なぜかこの場にいた白龍王が、なぜか締めのような言葉を言いだした。
あの、なんでここにいるんですかね。
俺、あなただけはこの場にいる理由、よくわかんないんですが。
『いや、まだ一件落着とはいかないだろう』
俺が白龍王を見ながら首を傾げていると、ルシフェルはそう言って、窓の外へと視線を向けた。
「え!? 勇者様、異世界に帰っちゃうの!?」
「そ、そんなの嘘だ!」
「いやいや、ホントなんだって! 俺、この耳で確かに、イーダ様たちが神妙そうな顔つきでそういう話をしてたの聞いたんだって!」
外の様子を見る。
すると、外には領の住民や、多くの兵士、それになぜか龍魔族の方々といった多くの人々が集まっているのがわかった。
しかも、その人々の間で、『俺が異世界に帰るんじゃないか』というような話が交わされている。
その話をする声はどんどん大きくなり、もはや収拾がつかなくなるのではとさえ思えるほど、どよめきに満ちていった。
チンピラァ!!




