第60話 勇者がいなくなるかもしれないってホントですか!?
アルトが神様と会談している最中。
ヌルシーたちも、ルシフェル・ドラゴネスから、勇者召喚にまつわる裏事情を聞いていた。
「ふむ……アルト殿は、あの暗黒神めを討ち滅ぼすために召喚されたのじゃな……」
「大魔王を倒すためじゃなかったのね……」
「……驚きの事実だ」
屋敷の大部屋にて、ルシフェルが語る。
そして、その話を聞き、イーダ、イーナ、クレアが驚きの表情を浮かべた。
長い間ともに過ごした勇者アルト。
彼の存在意義が明白となり、それが自分たちの予想とは違っていた。
そのため、イーダたちの驚きは、より大きいものとなったのである。
「しかし、その暗黒神とやらは、アルトによって一撃で葬られたのだろう? 余らの援軍を待たずに」
ルシフェルの説明に疑問を抱いたアレスティアが訊ねた。
『あの男は、私や神の想像を遥かに超える強さを得た。暗黒神を簡単に捻り潰せたのも、それが原因だろう』
「な、なるほど……アルトは神の想像をも超える存在なのか!」
『まあ、そういうことだな』
アレスティアの喜びようを見て、ルシフェルはフンと鼻で笑うような仕草をする。
その直後、今度はフラミーが疑問の声を漏らす。
「……でも、これでアルトさんのお役目は果たされたというわけですわよね?」
『そうだな』
「とすると……アルトさんは元の世界に帰ってしまわれるんですの?」
異世界にて、自分のこなすべき使命を終えた。
ならば、アルトは自分の世界に帰るのではないのか。
そうフラミーは思い、その疑問を口にした。
「え!? ちょ、ちょっと待ってよ! アタシ、そんな話、聞いてないわよ!」
「余も聞いていないぞ! 今の話は本当なのか!?」
「わ、私はただ、もしかしたらそうなんじゃないか、という可能性を提示しただけで……実際にそうなるかまではわかりませんわ!」
『私も知らんな』
「そ、そう……よかった……」
「ふぅ……なんだ、驚かせおって……」
フラミーが慌てて言葉を訂正すると、イーナとアレスティアはホッと息をついた。
『だが、今の話を否定するのは時期尚早だろう。あの男が自分の世界に帰る可能性は、なかなかに高いと、私は思うぞ』
「そ、そんなの……アルトに訊いてみなきゃわかんないじゃない!」
『そのアルトは、もうこのまま帰ってこないやもしれんぞ?』
「アルトはそんな薄情じゃないわ! 知ったような口をきかないで!」
イーナはルシフェルの物言いに腹を立て、つい怒鳴り声をあげていた。
「ヌルシー! あなただって、そう思うでしょ!」
さらにイーナは、ヌルシーが自分の味方であると信じ、声をかけた。
ここまで、ヌルシーはなにも喋っていない。
だが、イーナに訊ねられたことで、彼女の重く閉ざされていた口は、ゆっくりと開いていく。
「私は……元の世界に帰るのも、私たちの世界に残るのも、すべてはお兄ちゃん次第だと思ってます」
「ぬ、ヌルシーまで…………あなた、アルトが元の世界に帰っちゃってもいいの? アタシたちの前からいなくなっちゃってもいいの?」
「そういうわけではありません。ただ……それを決めるのは私たちではなく、お兄ちゃん自身だと言いたいのです」
「そんな……」
ヌルシーは、あくまでアルトの意思を尊重すると主張した。
アルト自身のことはアルトの意志に任せる、と決めたのだった。
「あ、アタシはイヤよ! アルトが帰っちゃうなんて! アルトが帰りたがっても、アタシは認めないんだから!」
「イーナ……ワシらがアルト殿の決定を歪めてはならん。アルト殿の人生は、アルト殿が決めねばならんのじゃ」
「お爺ちゃんまで!」
「……いや、今のはイーダの言う通りだ。だから……私たちは、アルトがどのような決断をしようとも……ぐ……!」
「クレアまで……」
自分に味方する者が次々といなくなり、イーナは悲しみに暮れる。
「なんでお爺ちゃんたちまで、そんなこと言うのよ! アタシたちにとって、アルトはもう家族みたいなものでしょう!? 違うの!?」
「イーナ……落ち着くんじゃ。一度冷静になって――」
「アタシは冷静よ! むしろ、そんなことを言うお爺ちゃんたちがどうかしてるわ!」
「……イーナ」
イーダとクレアは、イーナの取り乱しっぷりを見て、なんと声をかければいいのかと、頭を悩ませた。
イーナの言い分は、イーダたちにも痛いほどわかった。
しかし、自分たちの一方的な考えで、アルトの人生を勝手に決めてはいけないのだと、そう思っていたのだった。
「イーナ……余も、イーダ殿たちの意見に賛成だ……」
「ティ、ティア!? なんでティアがお爺ちゃんたちのほうに回るのよ!? あなたは、アタシと同じ意見だと思ってたのに!」
「すまない……」
アレスティアがイーダたちのほうへと回ったことで、イーナはさらに孤立感を深めていく。
「余も、アルトが残ってくれるなら、我が国にとっても……余にとっても……それ以上に素晴らしい決断はないと考えている」
「だったら――」
「しかし! それは……余らの勝手な言い分にすぎない……アルトの幸せを第一に願うのであれば……アルトの意思を尊重すべきだ……」
「ティア……」
イーナはアレスティアの説明を聞き、頭を抱える。
本心では、イーナもそれが一番正しいとわかっている。
だが、心のどこかで、それを受け入れてはいけないという感情が残り続けていた。
ゆえに、イーナはとまらない。
誰に反対されようとも、イーナは自分を曲げなかった。
「みんなの考えはよくわかったわよ! だったら、アタシもアルトが元の世界に帰ることをとめないわ!」
「イーナ……わかってくれたのじゃな……」
「でも、アルトが元の世界に帰るっていうなら……アタシもそれについてくわ!」
「な、なんじゃと!?」
イーダはイーナの発言に目を白黒させた。
イーダだけではない。
流石にこれには、この場に集まったほとんどの人物が驚いたのだった。
「いい考えですね。それなら私も一緒に行きます」
「ヌルシーもなんですの!?」
「はい。お兄ちゃんがどうするかはお兄ちゃん次第ですが、私がどうするかは私次第なのです」
「そんな滅茶苦茶な……」
「ヌルシー! あなた、いいこと言うじゃない!」
ヌルシーが同調し、イーナは少しだけ、いつもの調子を取り戻す。
『それは無理だろうな』
――しかし、そんななか。
冷静でいたルシフェルは、イーナの考えをあっさりと切って捨てた。
「な、なんでよ! 理由を言ってみなさいよ!」
『なに、簡単なことだ。お前はアルトと同じ世界へ行きたいようだが、その手段がないからだ』
「しゅ、手段なんて……アルトが神様に言って帰れるなら、私だって……」
『神に頼むか? 言っておくが、神はお前の望みなど聞かん。あやつはあやつで忙しい身だからな。いちいちそんな頼みを叶えてやるはずもない』
「や、やってみなきゃ、わかんないじゃない!」
『なら、やってみるがいい。神頼みをして、実際にそれが叶った者がいるなどとは、私は思わんがな』
「ぐっ……!」
イーナはルシフェルに言葉で押され、後ずさる。
その言葉には説得力があった。
神が、自分の個人的な頼みなど、聞いてくれるはずがない。
痛いほどに、それが理解できた。
ゆえに、イーナは立ち尽くす。
自分にはどうすることもできないのだという、諦観にも似た感情が、彼女の心を支配し始める。
「暗黒神はどこだ! どこにいる!」
――そんなとき、皆が集まる大部屋に、龍魔族の一団が押し寄せてきた。
先頭に立つのは白龍王。
彼は、暗黒神復活を止められなかったという自分の失態を取り返すべく、大急ぎでこの場へと駆けつけたのだった。
「ゲェッ!? き、貴様はルシフェル!? どうして貴様がここに!?」
白龍王はルシフェルを見て、奇声を上げた。
『私の顔を見るなり、随分な物言いだな。子どものときのように、その身に私との話し方を教え直してやろうか?』
「ひ、ヒイイィィ……」
「は、白龍王様!?」
「ど、どうなされたのですか!?」
さらに、ルシフェルに脅されると、白龍王はその場にへたり込んだ。
それを見て、白龍王の部下はオロオロとし始める。
『……まったく、余計な乱入者のせいで、小娘を痛ぶる気も失せたわ』
ルシフェルは白龍王から視線を外し、イーナを見る。
『なんにせよ、今の話は、あの男がここに戻ってから、またすればいい』
「そうじゃな……この話は、アルト殿が戻ってからのほうが纏まるじゃろうて」
「……ならば、アルトが戻ってくるまで休憩ということで――――ッ!?」
解散ムードが漂い始めた、そのとき。
イーナたちの目の前から、まばゆい光があふれ出てきた。
そして、そこから1人の男が現れる。
先ほどまで議論の中心にいた、勇者アルト、その人である。
「みんな、ただいま」
アルトはイーナたちの議論など知る由もなく、あっけらかんとした調子の声を出した。
次回
勇者アルトの帰還




