第6話 VS一流のチンピラ ~この紋章が目に入らぬか編~
目の前に魔族の少女がいた。
首輪がされているから、誰かの奴隷ではあるのだろう。
が、それでも魔族が町の中を堂々と歩いている。
ギャンブルに負けてスカンピンとなってしまった1人のチンピラは、魔族を目にしたとき、心の中で怒りが沸いた。
それは、ギャンブルに負けたことで気が立っているのもあるのだが、そんなことは理由の1つでしかなかった。
スタート国にも、敵である魔族は奴隷などでいたりする。
しかし、こんな真昼間の城下町を平然と歩くような魔族は、まずいない。
チンピラは普段目にしない魔族を見たことで気分を害し、地面に転がっていた石を手に取る。
そして、ニヤリと口元を歪ませながら石を魔族に向かって投げた。
「って……あれ?」
石が魔族の女に当たる直前――それは近くにいた青年に手によって遮られた。
「……おい、今彼女に石を投げた奴、俺の前に出てこい」
石を止めた黒髪黒目の青年は、低い声で周囲にそう言った。
どうやら、あれが魔族のご主人様らしい。
そう理解したチンピラは、青年にガンを飛ばしながら近づいていく。
「俺だよ。なんか文句あっか」
チンピラは青年に聞き返した。
見たところ、青年は比較的ラフな格好をした平民であった。
奴隷を買うには不釣合いと言わざるを得ないその格好を見て、チンピラの怒りは益々高まっていく。
「昼真っから魔族の奴隷を連れ歩くたぁ、良い度胸してんじゃねーか、あぁ!?」
しかも、魔族はなかなかの美少女だった。
チンピラの心には嫉妬めいたものさえ沸き起こり、怒鳴り散らす声をさらに荒げる。
「ここは、魔族が大っぴらに歩いていいようなとこじゃねえんだよ!」
「……そうなのか?」
「あ……ああ! そうだよ!」
「そうだったのか……」
「…………」
だが、割と素直に今の言葉を受け止めた様子の青年を見て、チンピラは若干戸惑った。
どうやら、悪気があって魔族を連れ歩いていたわけではないらしい。
そう思いつつも、チンピラは引くに引けず、青年に向かって言葉を続ける。
「それに、なんだテメエ! 見たとこ、ただの平民じゃねえか!」
「平民? それがどうしたっていうんだよ」
「貴族でもねえようなヤツが、いっちょまえに奴隷なんか連れてんじゃねえよ!」
奴隷は貴族の所有物。
平民には手が出せない高価な商品。
それはこの世界の常識である。
なのに、自分と同じ平民であるような青年が奴隷を所有している。
これにより、チンピラは同類に裏切られたような気持ちを抱いた。
「平民は奴隷を持たない、か……でも、俺の職業って平民なのか? 貴族ではないと思うんだが……」
「あぁ? テメエ、なにブツブツ喋ってんだよ!」
怒るチンピラに対し、青年は冷静そうな様子で問いかける。
「なあアンタ。勇者って職業は、平民と貴族なら、どっち寄りだと思う?」
「……は? ゆ、勇者?」
勇者。
それは、この世界において、たった1人にしか許されていない職業。
神の代行者として、世界を安寧に導く使命を課せられし存在。
そんな勇者という職業が青年の口から出たことで、チンピラの思考は混乱し始める。
「テメエ……名前はなんていうんだよ……?」
「ああ、俺の名前はアルト。一応、勇者やってます」
「!?」
アルト。
その名前には、チンピラにも聞き覚えがあった。
前にスタート王国の大神殿にて召喚された『無言の勇者』が、そんな名前であったはず。
そこまで思考がたどり着いた瞬間、チンピラは足を振るわせた。
「じゃ、じゃあ……テメエ……いや、あなたが『無言の勇者』アルト……?」
「多分そのアルトであってる…………あっ」
と、そこで青年は『しまった』というふうに、手の平で額をペシンと叩いた。
「……まあいいや……記憶喪失は嘘なんだし……ずっと喋らないとか無理だって」
「な、なにいきなりブツブツ独り言呟いてやがり……ますんですか?」
チンピラはその様子を見て、また、青年が勇者である可能性を考えて、若干怪しげな丁寧口調で問うた。
「い、いや……待て待て……」
そこでチンピラは思い出した。
『無言の勇者』はなぜ『無言の勇者』などと呼ばれるようになったかという、その訳を。
勇者アルトは言葉を喋らない。
王であっても貴族であっても平民であっても奴隷であっても味方であっても敵であっても、勇者は誰に対しても言葉を紡ぐことはしなかったという。
ゆえに付けられた二つ名が『無言の勇者』。
ゆえに今、目の前で普通に喋っている青年は偽者。
そう判断したチンピラは、目の前にいる青年に本気の怒りをぶつける。
「俺を馬鹿にすんのも大概にしろ! 勇者が喋るわけないだろ!」
「えー……」
「えーじゃねえよ! テメエ、マジぶっ殺すぞ!」
どこまでもふざけた奴だ。
よりによって勇者などという存在を騙るなど、気が触れているとしか言いようがない。
チンピラはそう思いながら、青年の胸倉を掴んだ。
「わわっ、暴力反対!」
「るっせえ! 『勇者だ』なんて言ってビビらせやがって!」
「だから俺、本当に勇者なんだって!」
「んなもん信じられるか!」
うろたえる青年に向かって、チンピラは拳を振り上げる。
そして、その拳は顔面に――は入らず、青年の手の平に納まっていた。
「な!?」
「とりあえず落ち着いてくれ」
「いでででで!!!」
青年はチンピラの拳を離すと、胸倉を掴まれていた手を捻り上げる。
だが、それも数秒のことで、青年はゆっくりと手を離す。
すると、チンピラは飛び引いて距離をとり始めた。
「テメエ……いったいナニモンだよ……」
「だから勇者だって……ああ、あれを見せれば信じでくれるかな……?」
青年はチンピラの言葉にうんざりしながら頭を掻くと、何かを閃いたかのように両の手を軽く叩いた。
「この勇者の剣が目に入らぬかー」
さらに青年は、どこからともなく1本の剣を取り出した。
その剣には、金色に輝く見事な装飾が施されていた。
「な……ば……ばかな……」
青年の手に握られていたのはまごうことなき勇者の剣。
チンピラが実物を間近で見るのは、これが始めてであった。
が、その剣はそんじょそこらの武器屋では絶対に売られていないと断言できるほどの神々しさを放っている。
本物の勇者の剣であると認めざるを得なかった。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
直後、チンピラは途方もない恐怖感に襲われた。
今、目の前にいる青年は『無言の勇者』アルト。
つい数時間ほど前に大魔王を討伐して城に帰還したという話が町中に飛び交っている、世界最強の存在。
そんな青年……勇者に対して自分は喧嘩を売っていたのだと思うと、生きた心地がしなかった。
チンピラはその場に尻餅をつく。
「大丈夫か?」
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
勇者が手を差し伸べてくる。
それを見て、チンピラは地べたを地を這うようにして距離を取った。
もしも勇者の手を取れば――自分の手は握り潰されるのではないか、と想像したために。
「ま、待て……俺……落ち着くんだ……俺……」
しかし、しかしまだ、チンピラにも思考能力は残されていた。
あの光り輝く剣が、もしも見立てに反し偽物であったなら、目の前の青年が勇者を騙る者である可能性も残されて――。
「え、えーと……あっ、そういえば身分証代わりに『王家の紋章』っていうのも持たされてたっけ。ほら、コレ――」
「すんませんっしたああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
チンピラの華麗なジャンピング土下座が決まった。




