第57話 ノワール教団、崩壊!
突如、スタート王国を襲撃した暗黒神ノワールは、俺の放った勇者専用スキル『ブレイブスラッシュ』の一撃によって葬り去られた。
暗黒神とはいったいなんだったのか……。
『サーチ』で調べた感じでは、相当強い敵だったはずなんだけど……。
「や、やったじゃない! アルト!」
「お、おお……アルト殿は、またもや1人で強敵を打ち倒したのじゃな……」
「……さ、流石だな」
「私、こんなときどんな顔をすればいいのか、わかりませんわ……」
ルシフェルから飛び降りて地上に戻ると、イーナ、イーダ、クレア、フラミーが声をかけてきた。
4人とも、俺と同様に激戦を予感していたからか、この結果に苦笑いを浮かべている。
まあ、しょうがないよね。
今回現れた敵は、これまでとは段違いの強さを持っていたはずなんだから。
そして、イーナたちもそれがわかっていたから、みんなで団結して戦うんだっていう雰囲気を出してたわけで。
しかも、これから援軍がここにわんさかと来ちゃうわけで。
なのに、俺1人で瞬殺しちゃったときたもんだ。
俺たちの最高潮に高まったやる気を返してくれって感じだよ、まったく。
味方に被害が出なかったのは、いいんだけどね。
「お兄ちゃん、パパ、お疲れ様でした」
苦笑いを浮かべる4人とは違い、ヌルシーだけは俺たちを微笑みで迎えてくれた。
ああ……なんて愛らしい表情なんだ!
そんな顔をされたら疲れも吹き飛んじゃうね!
戦いはほんの数秒で終わったから、全然疲れてなんてないけど!
『私は大した働きもしていないがな』
ヌルシーの微笑みに対し、ルシフェルはため息で返していた。
「なんか、ご機嫌ナナメ?」
『機嫌を損ねているというほどでもないが、折角私が駆けつけてやったのに、という気持ちがないわけではない』
それは、わからんでもない。
でも、大魔王という強力な助っ人がいてくれて、とっても心強かったよ(はぁと)。
「あ、暗黒神様……?」
「ご、ご冗談はおやめください! 本当はまだ、どこかにいらっしゃるんですよね!?」
「返事を……どうか返事をしてください! 暗黒神様あああぁぁぁ!!!」
……んで、ノワールを倒された教団の連中はというと。
この状況が受け入れられない者多数のようで、どよめき声があがりながらもノワールへ呼びかけを行っている。
しかし、その呼びかけに応える様子は、まるでない。
どこかにまだノワールが潜んでいるんじゃないかと思って、俺も少し警戒はしていた。
けど、どうやら、そういうこともなさそうな感じだ。
「そ、そんな……暗黒神様は……本当に負けてしまったのか……?」
「う、嘘だ! 暗黒神様がやられるはずがない! しかも、しかも……瞬殺だなんてことは、あるわけがない!」
「だ、だが……今の状況を鑑みるに、そう受け止めざるを得ないのではないか……?」
いつまで経っても、ノワールが再び姿を現すことはない。
そのため、しだいに呼びかけよりも、どよめき声のほうが大きくなっていっている。
ノワール教団も、トップが潰れたら烏合の衆だね。
あともうちょっと背中を押してあげれば、組織として崩壊しそうな感じだ。
『ククク……貴様たちの崇める暗黒神は、勇者によって打ち滅ぼされた……さあ、次は貴様たちの番だ! 死にたい奴からかかってくるがいい!!!』
「「「ひっ!?」」」
ルシフェルが突然ノワール教団を脅しだした。
どこからともなく聞こえるその声に、教団の連中も驚きの表情をしながら、俺のほうへと視線を集めてくる。
「む、無理だ……暗黒神様を倒した勇者となんて……戦いたくない……」
「戦ったら殺される! 俺は勝ち目のない戦いなんて御免だ!」
「ま、待て! 今の発言は暗黒神様への反逆の意思ととらえられるぞ! それでもいいのか!」
「その暗黒神はどこにいるんだよおおおおおおぉぉぉ! 俺は無意味に死にたくねえよおおおぉぉぉ!!」
あらら。
教団の皆さん、随分とまいったご様子ねぇ。
まあでも、こんな状況になったら、こうなるのもしょうがないか。
『どうした! 小童どもよ!! 攻撃してこないのであれば、こちらから攻めさせてもらうぞ!!!』
「「「ひいいいいいいぃぃぃ!?」」」
ルシフェルさん、ノリノリっすね。
流石は元大魔王というべきか、発言も堂に入っている。
なかなか良い感じに脅してくれるじゃない。
それなら、俺も怖い勇者様を演じさせてもらおうかな。
というわけで、俺は教団連中を睨みつけ、ゆっくりと剣の切っ先をそちらに向けた。
「逃げる者は追わない……だが、この場に残るという選択をした者は、その身をもって勇者の怒りを知ることとなるだろう!!!!!」
「「「!?!?!?」」」
――そして、俺はできるだけカッコイイ声で、キメ顔を作りつつ叫んだのだった。
「や……ヤバい……無言の勇者は本気だ……本気で俺たちを殺そうとしてる……!」
「し、死ぬ! こんなところにいたら死んじまう!」
「俺はもう逃げるぞ! 勇者に喧嘩を売って死にたくない!!!」
「て、撤退! 総員、この場から撤退するんだ!」
「みんな逃げろおおおおおおおおおぉぉぉ!!」
すると、教団の連中は途端に怯え出し、急いでその場から逃げるように走り出した。
『無言の勇者』の肩書きって、こういうとき便利だよね。
ちょっと喋れば、相手は簡単に俺の言葉を重く受け止めてくれるんだから。
って言っても、俺、さっきまでノワール相手に結構喋ってた気がするんだけどなぁ。
そのときは勇者も本気だったから喋ってた、とでも教団たちには解釈されてんのかね。
まあ、そうでなくとも、俺の言葉はあいつらにとって相当怖いもんだっただろう。
なんてったって、俺はノワールを瞬殺した男なんだから。
……にしても、どうして俺はノワールに圧勝できたんだろ?
戦いの勝ち負けは『サーチ』で見た数値で推し量りきれない、なんてことは百も承知だけど、ちょっと腑に落ちない。
『ふん、腰抜けどもめ。ちょっと脅しをかけてやっただけで、そろいもそろって逃げ出すとは』
と、俺が首を傾げている間に、ノワール教団の連中は全員俺の視界に入らないところまで逃げたようだった。
本当は捕まえたほうがいいんだろうけど、捕まえるにしても数が多すぎて面倒すぎる。
捕まえた後の手間とかも考えると、さらに面倒なことになりそうだ。
それに、あいつらの信仰する神は、目の前で俺が倒した。
だから、放っておいても組織はいずれ自然消滅するでしょ。
多分だけどね。
っていうかルシフェルさん。
あんた、もしノワール教団が挑発に乗って俺に特攻してきたら、どうするつもりだったのよ。
もしかして、特攻してきたらしてきたで面白いとか思ってませんでしたかね?
『なんだその目は。私になにか言いたいことでもあるという目をしているぞ』
「……まあ、あんたには言いたいことも聞きたいことも山ほどあるんだけどさ、まずはこの質問に答えてもらいたいかな」
『ふむ?』
今度はルシフェルのほうが首を傾げている。
それを見ながら、俺は今までずっと疑問に思っていた最大の事柄について訊ねた。
「あんたは大魔王になって俺と正々堂々と戦うことを神様からお願いされた……ってヌルシーから聞いたんだけど、なんでそんなこと頼まれたの?」
そう。
この疑問は、俺がこの世界に来てから2日目の夜に知って、当分は解けることがないだろうと思って考えるのを止めていた謎だ。
詳細を知っている可能性のあるルッシーは言葉も喋れなそうだったから諦めてたんだけど、今は違う。
ルッシーはかつての大魔王としての意識を持ち、きちんと意思疎通ができている。
きっと、俺の疑問に対する答えを持っているはずだ。
「な、なんじゃと!? 大魔王が神からお願いをされていたとは、いったいどういうことなんじゃ!?」
「そんなの私、初耳よ!?」
「……私たちにもわかるよう詳しく説明しろ」
この件については、イーダたちも興味深々のようだ。
ヌルシーから聞いた話については、僅かな情報で無駄に混乱させるのもどうかと思って黙っていた。
けど、今なら目の前にいるドラゴンが説明できるだろう。
『なんだ、そんなことを知りたいのか。お前のことだから、私はてっきり、ヌルシーの幼少期についてや、ヌルシーが好むことなどを訪ねてくると思っていたぞ』
「それも後で絶対訊かせてもらいますが、今はさっきの質問に答えてもらうのが先です、お義父さん」
『お前にお義父さん呼ばわりされる覚えはない』
「ヌルシーは俺の義妹ですから、あなたは俺にとってお義父さん同然です」
『斜め下の反応に私もドン引きだ!!!』
元大魔王様がドン引きしてる。
まあ、突然自分の娘に兄ができちゃったら困っちゃうのも仕方がないよね。
『……それと、思い出したかのように突然敬語を使いだすな。お義父さん呼びと相俟って余計に気持ち悪い』
どうやら、お義父さんのご気分は悪いようだ。
なんたる失態。
そういうことなら、これからは敬語を使わずに喋るとしよう。
「さっきの質問に戻るけど、お義父さんが神様から頼まれたことに、いったいなんの意味があったのさ」
『お義父さん呼びは変えないつもりなのか……』
あたぼうよ。
これからはルシフェルでも大魔王でもなく、お義父さんと呼ばせてもらおう。
『…………その質問は、私ではなく、神に直接問いただしたほうがいいだろう』
「へ? 神に?」
と、俺がお義父さん呼びに固執しだしていたそのとき、お義父さんはとんでもないことを口にした。
神に直接問いただすって、そんなことできんの?
言っとくけど、俺ってば筋金入りの無宗教派よ?
今まで神の存在なんて信じちゃいなかった人間よ?
「……って、うおぁっ!?」
「あ、アルト!?」
そんなことを思っていたら、勇者の剣から突然眩い光が溢れ出し、俺を包み込んでいった。
『神に会ったらよろしく伝えておけ。勇者アルトは我らの想像を遥かに超える存在だった、とな』
光が俺を包み込むと同時に、俺はこことは違う、どこか別の空間へと飛ばされるような感覚に陥った。
そうして俺は、今まで見たこともないような真っ白の空間へとやってきたのだった。




