第54話 迫りくる暗黒
イーナのお願い(もとい命令)で『老化の薬』を作ることになった。
まさか、若返る薬の次は老化を早める薬を作る羽目になるとは。
というようなことを思ったけれど、『老化の薬』のほうは作るのもそれほど難しくなく、わずか3日で試作段階の物ができた。
「わりと簡単だったな……」
『若返りの薬』の調合方法が書かれた文献に『老化の薬』のことも書かれており、なおかつ、その薬の調合に必要な素材を最初から所持していたからこその早業だ。
どうやら、必要な素材の調達難易度が『若返りの薬』と比較して大分低いみたいだね。
っていうか、『若返りの薬』のほうの素材調達難易度がおかしかっただけか。
あんなもん、俺以外に調達できる奴いるのかって感じだったし。
「なにはともあれ……『老化の薬』の出来上がりだー! やあぁっほおおおおおおおおおおおおおおおぉぃ!!!!!」
まだ薬の効能を確かめていないものの、とりあえず一仕事終えた俺は、その場で大きく背伸びをしながら叫んだ。
こんな薬を1人で作ることができるなんて、俺って天才じゃない?
まあ、素材さえ集まれば、あとは料理に近い要領で調合すればよかったわけだから、そこまで難しいことはしてないんだけどね。
「やっとお仕事が終わりましたか」
「見るからに怪しげな薬ですわね……それ、本当に飲めるんですの?」
「キュルゥ」
と、そんな自画自賛をしている俺の後ろから、ヌルシーとフラミーとルッシーの声が聞こえてきた。
少し前に誰かが部屋へと入ってきたってことは足音でわかってたんだけど、ヌルシーたちだったんだね。
俺が薬の調合をしているのを、黙ってジッと見てたんだろうか。
静かにしていてくれたのは、俺からしてみれば集中できて、ありがたかったんだけど。
「2人とも、どしたの? もしかして、俺が一仕事終えるのを待ってたとか?」
「ですね。最近のお兄ちゃんは、あんまり遊びに付き合ってくれないので」
「なんと!」
つまり、ヌルシーたちは俺と遊びたいからそこで待っていたということか!
だとしたら、ただちに彼女たちと遊ばなければ!
仕事をして疲れただなんて言ってられないぞ!
「私は、ただ単にヌルシーの付き添いで来ただけですわよ」
俺が勘違いしていると思ってか、フラミーはジト目になりながら、そんな補足をしてくる。
んもう!
いけずう!
素直じゃないんだから!
……でも、そんなことを言いつつヌルシーと一緒に俺のとこへ来ちゃうフラミー、嫌いじゃないですよ?
「それで、その明らかにヤバそうな色の薬はいったいなんなんですの?」
「え? これ?」
そういえば、ヌルシーたちにはなにも説明せずに、3日間ほど部屋に籠ってたんだよな。
いったん集中して取り組むと、ついついハマり込んで、周りのことが見えなくなっちゃうんだよね。
よくないクセだ。
あっ、そういえばお風呂も最近入ってない!
やだっ、私、臭ってないかしら!
ヌルシーたちに臭いって思われてないかしら!
「……なんで急にソワソワしだしてるんですの?」
フラミーは俺の体臭より挙動のほうが気になるご様子だ。
まあ、体臭は元々あんまりキツイほうじゃないし、彼女たちの反応的に多分大丈夫っぽいね。
それならそれで、ひとまずフラミーの質問に答えてしんぜよう。
「これは、飲んだ生き物の成長を急激に早める薬……通称、『老化の薬』だ」
「ソワソワしだした理由は説明しないんですのね……」
「勇者が質問になんでも答えると思ったら大間違いなのだよ」
『体臭が気になってソワソワしてました』とか言うのも恥ずかしいからね。
そこはスルーの方向で。
「『老化の薬』って、つまり私が飲めば、ムチムチバインバインの大人な女性に今すぐなれるということですか?」
「ムチムチバインバインになれるかはともかくとして、今すぐ大人になることは可能だろうね。ヌルシーには絶対飲ませないけど」
大人は大人でも、これはイーダ用だから、お年寄りになっちゃう可能性大だ。
しかも、効能についてはこれから確認していくわけだから、ヌルシーたちには飲ませられない。
『若返りの薬』のとき、イーダが幼児になるという珍事を起こしちゃったからね。
今度は時間に制限があるわけじゃないし、ちゃんと実験を重ねていくつもりだ。
「むぅ……残念です」
「ヌルシー、そうやってなんでもかんでも食べたり飲んでみたくなるクセ、直したほうがいいですわよ。コレは明らかに飲み物じゃないですわ」
そこまで言うか。
まあ、確かに見た目はちょっと悪いって俺も思うけど。
その辺も、もうちょっと試行錯誤したほうがいいのかな。
「でも、匂いはちょっと甘くて美味しそうです」
「匂い……? あ、ホントですわ」
おおっ。
そんなすぐ近くで嗅いだわけじゃないのに、よく気づいたね。
実際のところ、俺も作ってる最中、甘くて美味しそうな匂いだと思っていた。
見た目は悪くても匂いは良いんだよなぁ。
あ。
なんか、急に甘い物が食べたくなってきたな……。
「この飲み物はオヤツにならないけど、台所にいけばなにかしらのお茶菓子があると思うから、ちょっと貰いに行こう」
「ですね。私も今、そう提案しようと思ったところでした」
「まだオヤツの時間というわけではありませんが……まあ、お茶を飲むのでしたら付き合ってあげてもいいですわよ?」
よし、全会一致だな。
素直じゃないフラミーさんも乗り気だ。
それじゃあ早速、台所へ行ってみよう!
ということで、俺たち3人は部屋の外へと出た。
「………………あれ?」
その直後、俺はなにか足りないものがあるんじゃないかと思い、足を止める。
「そういえば、ルッシーはどこいったの?」
「言われてみればそうでしたね」
さっきはルッシーも一緒にいたはずなんだけど、いつの間にかいなくなっていた。
どこいったのかな?
「まだ部屋の中にいるんじゃありませんの?」
「普通に考えればそうだね」
まだ部屋を出たばかりだし、今なら引き返すのも億劫ではない。
ルッシーだけ置いてけぼりにして自分たちだけ美味しい物を食べるっていうのも、ちょっと可哀想だ。
そう思った俺は部屋の前へと戻り、扉を開ける。
ルッシーが老化の薬を飲んでいた。
「ちょぉ!? ルッスィイイイイイイイイイイイイイィィ!?!?!?」
「キュル?」
いや、『キュル?』じゃないでしょ!?
なに飲んじゃってんの!?
あー……。
全部飲まれちゃってるよ……。
どうしよう。
無理にでも吐き出させたほうがいいのかな。
「……飲んでも見た目に変化はなさそうですね」
「効果が表れるのに時間がかかるんじゃないんですの?」
お2人とも、わりと冷静ですね。
まあ、命に別状があるような類の薬じゃないから、飲んでも平気と言われれば平気なわけなんだけど……。
ドラゴンって長寿だから、多少老いても大丈夫だろうし。
「……キュル!?」
「ルッシー!?」
と思っていたら、ルッシーは突如体を丸め、苦しそうにキュルキュルと鳴き声を発し始めた。
!
やっぱり吐き出させよう!
人とは違って、ドラゴンにとっては毒になる薬かもしれないし!
「ほら! ペッてしなさい! ペッて!」
俺は指をルッシーの口に突っ込み、胃の中身を吐き出させる。
そうして、そんなこんなの格闘をすること数十分後。
俺は体を丸めたままのルッシーをベッドの上にそっと置き、ヌルシーたちと一緒に様子を見ることにした。
ルッシーの胃の中の物は、ある程度吐き出せたと思う。
これ以上、俺たちが直接この子にしてやれることはないな。
「駄目元で、お医者さんに診てもらおうか」
「私も、それがいいと思いますわ」
流石にドラゴンの診療は管轄外だと思うけど、やらないよりはいい。
「パパはどうして勝手に薬を飲んだんでしょう。普段ならそんなことしないのに」
ヌルシーがルッシーの隣に座り、やさしく頭を撫でながら呟く。
まったくだよ。
なんで薬を飲むだなんてことをしたんだ。
喉が渇いていたのだとしても、色の異常さで飲むのを躊躇うと思うのに。
そういえば、ヌルシーも飲もうとしてたっけ。
ルッシーは転生したようだから厳密には違うけど、こういうところは似た者親子ということかね?
「それじゃあ俺、お医者さんを呼んでく――」
「あ、アルト様! た、大変です!!」
「?」
俺が部屋の扉を開いて廊下に出た瞬間、慌てた様子の男に声をかけられた。
誰かと思えば、ガルドじゃないか。
『大変』って、領内でなにか問題でも起こったのかな?
こんな血相を変えて俺を呼びに来るだなんてことは、今まで一度もなかったんだけど。
というか、大変なのはこっちも同じだ。
ガルドの言う『大変』とどっちを優先するかは、詳しい話を聞いてみないことにはわからないな。
「謎の超巨大飛行物体が、領外からこの屋敷の方角に向けて高速で移動中とのことです!」
「…………」
……うん。
全然意味わかんない!
謎のって、なによ。
謎の物体が空飛んでんの?
しかも、俺たちのいるこっちの方角に向かって?
んー……。
まあ確かに、異常事態と言えば異常事態だ。
ガルドが直接俺に話を持ってきたのも頷ける。
でも、その飛行物体に関する情報がなさすぎて、どうも事態の大変さが伝わってこない。
とはいえ、対処しないわけにもいくまい。
これ以上ルッシーにしてやれることもないし、お医者さんを呼ぶのはヌルシーたちに任せて――。
「た、大変じゃ! アルト殿!」
今度はイーダが血相を変えながら俺のところへ走ってきた。
はいはい。
わかってますよ。
飛行物体のことなら、今対処に行くつもりだから――。
「ノワール教団が『毒の大地』を襲撃して、暗黒神を復活させたそうじゃ!」
「ほわっ!?!?!?」
次回、暗黒神襲来!?




