第53話 はっちゃけだす勇者一行
イーダの騒動から1週間ほどが過ぎた頃。
俺は今日もクレアから戦闘についてを学んでいた。
「……違う。槍の構えは……こうだ」
「こ、こうですか」
「……そうだ」
いつもは剣を使った稽古なのだが、この日は夕方から槍の扱いを教えてもらっている。
クレアが『……一流の戦士になりたければ、剣だけでなく槍や弓も自在に扱えるようにならなければな』と言ったのが発端だ。
別に俺は一流の戦士になりたいわけじゃない。
だけど、まあ、教えてもらって損になるわけでもない。
というわけで、槍の構えから教えてもらっているわけなんだが……。
「あの、クレアさん」
「……なんだ?」
「ちょっと近すぎません?」
稽古をつけてくれるのはありがたい。
が、槍の構えを俺のすぐ後ろから抱きつくような姿勢で手取り足取り教えてくれるのは……その、いかがなものかと。
しかも、最近のクレアは『変化の手鏡』によって灰色髪の美女になっていることが多いわけで。
さらに言えば、普段は鎧を着込んでいるのに、こういうときは薄着だったりするわけで。
女性特有の柔らかな感触が背中を覆うようにして伝わってくる。
流石の俺でも、美女からそんな密着したスキンシップを取られると集中できない。
「……気のせいだ」
「気のせいですか」
「……そうだ。だから稽古に集中しろ」
「あ、はい、わかりました」
気のせいなのか。
俺が自意識過剰なのか。
まあ、イヤなわけではないんですけどね?
むしろ、顔がニヤケそうになっちゃうんですけどね?
でも、そんな集中しきれてない状態で稽古をするっていうのも、技術がイマイチ身につかなそうだし……。
「……そうだ、この構えだ。これを忘れるんじゃないぞ、勇者」
耳元から囁くような声でクレアが呟く。
な、なんか……こそばゆい!
吐息も当たって、耳がゾクゾクしちゃう!
こんなことされたら、忘れたくても忘れられませんよ、クレア先生!
「……ハァハァ」
なんか興奮してません!?
なんかちょっと変な息遣いになってませんか!?
これ、ホントに訓練なんですよね、クレア先生!?
「ほっほっほっ、2人とも顔を赤くして……まだまだ若いのう」
「今のお爺ちゃんほど若くはないけどね……」
と、そんなこんなをしていたら、俺たちのところにイーダとイーナがやってきた。
いやん。
俺、そんなに顔赤い?
やっだも~。
意識しちゃってるみたいで超は~ず~い~。
……いやまあ、ねえ?
たとえ相手がクレアであろうとも、美女美女してる女の子に密着されたら、ちょっとドキドキしちゃうのは男の子として当然ですしね?
むしろ、ドキドキしないほうが失礼ってもんですしね?
まあ、わざわざ人の姿に変化してるクレアにも問題があると思うんですけどね!
でも、それは言わないお約束だ。
密着されるなら、人の姿のほうがいいし。
「……イーダのほうも、頬が赤いように見えるのだが?」
そんなことを思っていたら、背後にいたクレアが俺からイソイソと離れつつ、イーダに指摘した。
よく見ると、イーダの頬、赤く腫れてるな。
しかも、俺たちのとは違って、誰かにぶっ叩かれたような跡だ。
綺麗な紅葉になっている。
「これは男の勲章じゃ」
「子どものフリして女湯に入ろうとしたからこうなったのよ……」
「そ、そんなストレートに説明せずとも!」
「お爺ちゃんは黙ってて!」
「は、はい……」
おおぃ!
なにやってんのお爺ちゃん!
『若返りの薬』を利用してそんなことをするなんて!
俺もやりたかった!
「まさか、こんなことでお爺ちゃんの保護者として呼び出されるとは思わなかったわ……」
「す、すまんのう……つい、出来心で……」
「お爺ちゃんは黙ってて!!」
「は、はいぃ……」
どうやら、イーナさんは激おこであるご様子だ。
未遂で終わったっぽいから、ぶっ叩かれる程度で済んだみたいだけど。
大賢者様としての威厳丸つぶれじゃないの。
「というわけで、アルト」
「な、なんでしょうか、イーナさん」
「お爺ちゃんを元のお爺ちゃんに戻す薬、作って」
「えー……」
『若返りの薬』って、結構作るのに苦労したんだけどなぁ……。
「い、いやいやいやいや! ちょっと待つんじゃ! ワシが老いた姿に戻ったら、先日流れた噂がまたぶりかえしてしまうかもしれん!」
「そのときは私が『お爺ちゃんのハゲ治療の件でお騒がせしました』って皆さんに堂々と言ってやるわよ! 私、お医者様からお爺ちゃんについて、全部聞かせてもらったんだからね!!!」
「ひいいいいいいぃぃぃ!?」
「……容赦がないな」
今日のイーナさん怖い。
まあ、彼女が怒るのも、わからなくはないんだけどね。
俺も、イーダがすこぶる健康だったということを後日に知ったときは、体から力が抜けちゃったし。
イーダの死期が迫っているというデマ情報が流れたのは、俺とイーナが盗み聞きしたことが原因と言える。
だから、この件について、俺たちがイーダを積極的に責めるようなことはしない。
とはいえ、イーナ的には、ショタ化したお爺ちゃんというのは少々受け入れがたいものがあるのだろう。
しかも、ショタになったのもいいことに、女湯まで入ろうとしちゃったりしたわけだし。
子どもになったから女湯に入っても別にいいよねっていうのは、犯罪スレスレの発想だ。
元に戻してほしいとイーナが思うのも、しょうがないか。
「まあ……一応作ってみるよ、『老化の薬』」
「ええ、そうして頂戴。それでなにか不都合が起きるようなら、私とお爺ちゃんが責任を取るから」
「うう……そんな殺生な……せっかくこの体にも慣れてきたのに……」
「お爺ちゃんは黙ってて!!!!!」
「ひぃぃ……」
「……憐れだ」
そうして俺は、今度は『若返りの薬』とは真逆の効力を持つ薬の調合をすることになったのだった。




