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第52話 追い詰められる賢者様

 大賢者イーダの死期が迫っている。

 という噂が国中に広まりだした頃。

 ギリアス領へ派遣された名医の男は、ようやくこの異常事態に気づき、急いでイーダの元を訪れた。


「い、イーダ様! これ、いったいどうするおつもりなんですか!?」

「ど、どうすると言われても……ワシにわかるわけないじゃろ!?」


 名医が噂話を耳にしたときには、もはやギリアス領民の大半がそれを信じていた。

 ここまで事態が進行しているのに2人が気付かなかった理由は、『大賢者様の死期について訪ねるようなことはしない』という不文律があったためである。

 今回、名医の男がこの話を知ったのも、領民のヒソヒソ話が偶然耳に入ってきたからに過ぎない。


 ただ単に巡り合わせが悪かったのかもしれないが、できることならもっと早い段階でこの噂話の存在に気づけていれば対策も打てただろうに。

 そう思いつつ、名医の男は汗をダラダラ流しながらイーダと話を続ける。


「くぅ……よりにもよって、なぜイーナ様とアレスティア様が、あれほどまでに噂話を信じておられる様子なのか……」

「ワシに訊いてくれればよかったのに……いったいなんでこうなったんじゃ!」


 噂話を聞いた者の中には、それが正しい情報なのかと疑う者もいた。

 しかし、イーダの孫であるイーナと、スタート王国第一王女たるアレスティアの沈痛な様子を前にしては、それは真実であると思わざるを得なかったのだった。


「……おそらく、この屋敷に住む何者かが、我々の話をこっそり盗み聞きしていたのでしょうな」

「うむ、そうとしか考えられん……まったく! いったい誰じゃ! 盗み聞きなどしおって!」

「いやいや……これは、盗み聞きをした者だけが糾弾されることではないでしょう……」

「なんじゃと!」


 盗み聞きをした者に対し憤慨するイーダ。

 それを(たしな)めるような口調で、名医の男は小さな声で告げる。


「だってそうじゃないですか……イーダ様は……その……アレについて、具体的な発言をするのを嫌がってましたし……」

「わ、ワシが悪いと申すのか! ワシは全然悪くないぞい!」


 名医の男に糾弾され、イーダは首を横にブンブンと振ってそれを否定する。


「いやいや! 具体的に言ったら、あなた怒るでしょう!? もういい歳なんですから、ハゲくらい気にしなくても――」

「だれがハゲじゃコラああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」

「やっぱり怒るんじゃないですか!?」


 イーダはこれまで、自身の頭髪についてなんとかならないものかと、医者の元をちょくちょく訪れていた。

 それによって頭髪事情が改善されることはなかったが、イーダはどうしても諦めきれなかったのだった。

 ギリアス領に派遣された名医の元を訪れるのも、もっぱらハゲ治療に関してであった。


 すでに老人と言っていい年齢のイーダではあるが、髪以外の件で医者通いをしたことは、今まで一度もない。

 健康面では、他の同年代男性と比べると遥かに丈夫なのが、大賢者、イーダ・フェンシスという男であった。


「この状況……いったいどうやって切り抜ければいいんじゃ……」


 軽く深呼吸して若干冷静さを取り戻したイーダは、名医の男に問いかける。


 噂話は国中に流れている。

 しかも、それはわりと信憑性の高い物として扱われていた。


 もはや、今さら『デマ情報でした』などと言って納得してもらえる状況ではない。

 デマであるなら、それ相応の”理由”を提示しなければならなかった。


「……もう、我々の間でどのような会話がなされていたのか、公の場で説明するしかないでしょう」

「!? だ、駄目じゃ駄目じゃ! それは絶対駄目じゃ!」

「……一応訊きますが、それはなぜです?」

「そんなことをしてしまったら、皆にワシの秘密が露呈してしまうではないか……!」

「あなたがハゲてることくらい、みんな察してますよ!!!」

「なんじゃとおおぉぉぉ!? 貴様、言っていいことと悪いことがあるぞおおぉぉ!!!」

「だから怒らないでくださいってば!? めんどくさい人ですねぇ!?」


 イーダの頭髪事情は、大抵の人間が理解していた。

 それでも、イーダ自身は上手く隠せていたと思い込んでいたのは、ひとえに周りの人間がそれについての言及を忌避していたからに他ならない。

 口にすれば最後、王宮内部であっても自爆魔法を使おうとしだすメンタルの男に、面と向かって言えるはずもなかったのである。


「とにかく! ワシはその案に大反対じゃ! そんなことをするくらいなら、ワシは潔く死を選ぶ!!!」

「全然潔くないですよ!? もし本当に自殺なんてしたら、私は今回の騒動の真相を洗いざらいぶちまけますからね!? いいんですか!?」

「じゃったら貴様を殺してから死ぬまでじゃあああぁぁぁ!!!」

「あんたホントにめんどくさいなあもう!?」


 猛烈な羞恥心から、イーダはテンパっていた。

 それに付き合う名医の男もタジタジである。



「やったぞ! イーダ!!」

「「!?」」



 ――そんなやりとりをする2人の元に、救世主が舞い降りた。


「『若返りの薬』だ! 死を覚悟するのは、これを試してからでも遅くないぞって…………あれ? なに、この空気」

「…………」

「…………」

 

 2人がいる部屋をの扉を『バァン!!!』と開いたのは――ここしばらく屋敷を留守にしていたギリアス領の主、アルトだった。






「お、おい……あれがイーダ様らしいぜ……」

「マジで……? あの噂、本当なのか……」

「やだ、ちょっと可愛いかも……」


 アルトがギリアス領に戻ってきてから3日が経過した。

 その間、アルトはイーダとともに、領内を歩き回っていた。


「……アルト殿」

「……なにかな?」

「ワシのために世界中を駆け回って薬を作ってくれたのは嬉しく思うんじゃが……」

「う、うん」


 イーダは周囲から浴びせられる好奇の目線に耐えつつ、アルトに話しかける。


 『若返りの薬』は、寿命であろうと病であろうと、体を元気にしてしまえばなんとかなるのではないかと考え、イーダのためにアルトが調合した幻の秘薬であった。

 その秘薬は、材料とする素材を入手する難易度が高すぎるゆえに伝説上の産物とされていたため、その価値は計り知れない。

 このことをよく理解していたイーダは、自分のためにそれを作り上げてくれたアルトに対し、感謝の念を抱いた。


 が、それと同時に、若干不満に思うことも、ないではなかった。


「流石にこれは、ちょっと若返りすぎではないかのう!?」

「あ、やっぱり?」


 アルトの隣を歩く大賢者イーダの姿は――齢にして5歳に満たないのではと思わせるほどの見た目にまで幼くなっていた。


 大賢者の幼児化。

 それは、前回出回った噂話以上の衝撃をもって、急速に国中へ伝わることとなった。

 無言の勇者が老いで苦しむ仲間を助けた、という新たな勇者伝説とともに……。


 こうして、スタート王国にショタ賢者が爆誕した。

 また、そのことについて、大賢者の孫娘は非常に微妙な反応をしつつも、身内の生存を喜んだのだった。

第4章、完。

次回からは第5章!

今後ともよろしくお願いします!

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