第50話 盗み聞き
「なあイーナ、そろそろ機嫌悪いの直してくれよ」
イーナが俺に一服盛ろうとしてから数日ほど経ったある日。
俺は今日もプリプリ怒っている様子のイーナに声をかけた。
「別に、機嫌なんて悪くないわよ!」
いや、怒ってるじゃん!
怒ってない人がそんな怒鳴り声出すわけないじゃん!
「だいたいさ、あの飲み物はイーナが用意したものじゃん。それに、飲んだのだってイーナ自身がしたことだしさ。こういうのって逆ギレって言うんじゃないの?」
「うっさいわね!!! 逆ギレもなにも、アタシは全然怒ってなんかないんだってば!!!!!」
いや、メチャメチャ怒ってるじゃん!
全然怒ってない人がそんな大声で『うっさいわね!』とか言うわけないじゃん!
「……それより、アタシがいない間、ティアをちゃんと案内できてたのよね?」
今は部屋から出て来てくれているが、イーナはここ数日、自室にこもってばかりだった。
なので、急遽お忍びでやって来たアレスティア王女のお相手は、手が空いていた俺とクレアがしていた。
ちなみに、これは補足であるが、イーナたちも今は俺たちと同じ屋敷に住んでいる。
部屋は無駄に沢山作ったから、なにも問題ない。
「案内は……まあまあかな。イーナがいてくれたら、もっと上手く案内できてたと思うけどね」
「……ふーん、そうなんだ。それじゃあ、しょうがないから今日からはアタシも一緒に手伝ってあげるわ」
なかなか素直じゃない言い方ですね。
自分が必要とされてか、ちょっと機嫌直ったっぽいのは良いことだけれど。
ここ数日は、話しかけても全然会話にならなかったわけだし。
少しだけでも落ち着いてくれたようで、なによりだ。
「それで、ティアは今どこで寝泊まりしてるの?」
「この屋敷に寝泊まりしてもらってるよ」
「……ああ、よく考えれば、それしか選択肢はないわね」
今のところ、この辺で王族を寝泊まりさせることができそうなのは、ここしかない。
領民の住む家も少しずつ建ててはいるけど、ここ以上に豪華な建物はないからね。
「それじゃあ、ひとまずティアのところに顔を出してくるわ」
どうやら、イーナの精神的ダメージはある程度回復したと見ていいようだ。
いつまでも逆ギレ状態が続くのは勘弁願いたかったから助かったよ。
「んじゃ、アレスティアのとこに案内するからついてきて」
そうして俺は、ホッと胸をなでおろしつつ、イーナを連れて屋敷の中を歩き出した。
「………………ん?」
屋敷の廊下を歩く最中、1つの部屋の中から話し声が聞こえてきた。
俺の歩く足がピタッと止まる。
「アルト? どうしたのよ?」
「いや……誰かの話し声が聞こえたもんで……」
声はこの先にある……イーダの寝泊まりしている部屋から漏れてきたようだ。
閉めそこなったのか、部屋の扉が僅かに開いている。
「盗み聞きとか、趣味が悪いわよ。さっさとティアのとこにいきましょ」
「ちょっと待って」
「?」
俺も盗み聞きをする趣味なんて持ち合わせちゃいない。
でも、話をしている人物が少し引っかかった。
話をしているのは、声を聞く限りではイーダと……スタート王国からこの領に派遣された医者の2人だろう。
イーダのほうは聞きなれてるからすぐわかったけど、医者のほうはわかるのにちょっとだけ時間がかかった。
まあ、医者だとわかったのは、話の内容が健康管理についてっぽかったからなんだけどね。
そして、俺が足を止めたのは、2人の声のトーンがやけに低かったからだ。
これは……なにかある。
「……? お爺ちゃん、お医者様とお話してるみたいね」
イーナも、部屋の中に誰がいるのかわかったみたいだ。
どうして医者がイーダのところを訪れているのか気になるのだろう。
さっきは盗み聞きなんて趣味が悪いと言っていたのに、今では扉の近くで聞き耳を立てている。
「……正直……もう手の施しようがありません」
「…………そうか、まあ、そう言われることはワシも覚悟していた」
!
手の施しようがない……?
さっき漏れ聞こえた声も重い雰囲気を出していたけど……2人はいったいなんの話を……。
「イーダ様……お力になれず、申し訳ありません……」
「ほっほっほっ……頭を下げずともよい……こればっかりは、仕方のないことじゃからのう……」
仕方がないってなんだよ!
いったいなにが仕方がないっていうんだ!
もしかして……イーダは医者がサジを投げるような病気を患っている……のか……?
「……ワシも、老いには勝てなかったということじゃな」
!!!
手の施しようがない……これは仕方のないこと……老いには勝てない……。
この言葉が意味するものは……!
「……このことは、イーナたちに喋るでないぞ」
「…………ええ、わかっております」
部屋の中ではイーダと医者の話が終わる雰囲気を出している。
「お、お爺ちゃん……」
「イーナ、ひとまずこの場から離れよう」
「え、でも……」
「いいから」
そんな雰囲気を悟った俺は、扉の前で脱力しているイーナの手を引き、そそくさとその場から静かに立ち去ることにした。
「ね、ねえ、アルト……今の話って……」
ひとまず俺の寝室に退避したところで、顔色を青ざめたイーナが弱々しい声を発した。
「……もしかしたら、イーダの余命は……そう長くないのかもしれない」
「そんな……」
部屋の前で盗み聞きした感じ、あれはとても重苦しい様子の話だった。
加えて、あの話の内容……。
どう考えても、イーダの死を予見している。
病か……いや、老いには勝てないとか言っていたから、もしかして寿命か……?
この世界の住民の寿命がどれくらいなのかわからないから、その辺りの判断に迷う。
でも、とにかく『老い』に起因したよくないことがイーダに降りかかっているのは間違いないはず……。
なんてことだ……。
普段はそんなそぶりも見せずに元気な様子だったのに……。
あれは俺たちに心配かけまいとしての演技だったのだろう……。
「うぅ……お爺ちゃん……死んじゃヤダよぅ……」
イーナが床にへたり込み、今にも泣きそうな嗚咽を漏らしている。
彼女ほどではないかもしれないけど、俺も、イーダが死んでしまうかもしれないと思うと悲しい。
できることなら、なんとかしてあげたい。
だけど、医者がサジを投げているという状況からして……もうどうにもならない可能性のほうが高いだろう。
くそっ……。
普段は勇者だなんだと持てはやされているのに、なんて無力な男なんだ……俺って奴は……。
イーダを救えず、目の前にいる女の子に慰めの言葉すらかけてやれない……。
……いや、まだだ。
「…………まだ諦めるのは早い」
「え……?」
そうだ。
まだ諦めちゃいけない。
イーダが死んでしまうまで、どれくらいの猶予があるか、わからない。
だが、今はまだ、イーダはちゃんと生きてるんだ!
「そういえば、素材が足りなくて作れなかったけど、あの薬ならいけるんじゃないか……?」
「? アルト……なにか良い考えでもあるの?」
「あんまり期待はしないでほしいんだけど、1つだけ今の状況を打開する方法を思いついた」
あの薬は、素材集めの難易度が高すぎるうえに、それを使うフラグが見つからなかったから、大魔王攻略時にはすっかり忘れていた物だ。
素材集め……今の俺なら、できるだろうか。
裏ボスみたいなヤバいモンスターとも戦う必要があるんだけど……やるしかない!
これは仲間のためなんだ!
「ちょっと出かけてくる。イーナはこの屋敷で待ってて」
「! どこか行くなら、アタシも――」
「イーダの傍にいてあげたいでしょ? 俺のほうは平気だから」
「うぅ……」
俺はへたり込んでいるイーナの頭を優しく撫で、部屋から出て行った。
そうして俺は、これからの段取りを頭の中で整理しつつ、足早に屋敷の外へと歩いていったのだった。
※本作は勘違い物です。




