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第49話 超デレ期

 イーナが突然、俺に抱きついてきた。

 いつもツンツンしていたイーナさんがデレデレになったのだ。


 これは、いったいどういうことか。

 ツンデレは俺も好きな属性と言えるけれども、ここまで唐突なデレは、その……困っちゃう!


 さっき飲んだ物に、なにかしらの理由があるのか?

 今の状況的に、そう考えるのが自然だろう。


「アルトアルトアルトぉ~! しゅきしゅきしゅき~!」

「落ち着いてくださいイーナさん! まだ夜じゃないですよ!」

「夜だったらいいんですか」


 頬ずりしてくるイーナを引きはがそうとする傍で、ヌルシーが冷静にツッコミを入れてくる。

 いつもはボケ役のヌルシーがツッコミとは、なかなかレアだな。

 今のイーナほどじゃないけど。


「ふむ……これはもしや……『ホレボレポーション』の効力かのう……?」


 そして、突然の凶行に走ったイーナを見て、イーダは『ふぅむ』と頷き、床に置かれたままになっているポーション系アイテムのほうへと向かった。


「1、2、3、…………ふむ、思った通りじゃ。ホレボレポーションの数が、先ほどまでより1つ少ない」


 なるほどねぇ……。


 まったく、イーナの奴め。

 どんなイタズラをしかけてきたのかと思えば、そんな物を俺に飲ませようとしてたのか。

 俺が普通に飲んでおけば、致し方なしにイーナとイチャイチャできたのに!


「アルト~、ちゅぅ~」

「……それで、そのポーションの効力はどれくらい持続する?」

「むごごごご……」


 イーナの顔面を右手で鷲掴みにしながら、クレアは俺に質問を投げてきた。


 なんか、イーナがちょっと息苦しそうなんですが。

 俺から引きはがすのを手伝ってくれるのはいいんだけどね。


「効力は、まあ長くても数時間ってとこでしょ。この前使った『ショージキポーション』もそんなもんだったし」

「……そうか」


 具体的な持続時間なんてわからないけど、『ホレボレポーション』も『ショージキポーション』も、一時的に効力を発揮するポーションだ。

 放っておけば自然に治るだろう。


「……だが、『万能薬』なら、今すぐにでもイーナの状態を治すことができるのではないか?」

「あー、試してみる価値はありそうだね」


 万能薬は、文字通り万能の薬だ。

 ありとあらゆるバッドステータスを治す効果がある。

 まあ、お店で普通に売られてたりする物だから、本当に万能な薬ってわけじゃないんだろうけどね。


 とはいえ、今のイーナの状態異常を治すくらいなら、万能薬でも可能かもしれない。

 ――しかし。


「でも、面白そうだからこのままにしておこう!」

「……え」


 治そうと思えばいつでも治せる。

 たとえ能動的に治さずとも、時間経過で自然に治癒する。

 それに、このポーションはそれほど害のある効果じゃない。


 だったら、わざわざこんな面白そうな症状を治さなくてもいいでしょ。

 今のデレデレイーナはいじりがいがありそうだしね!


「……おい、ふざけるな。勇者は数時間もイーナをこのままにしておくつもりか?」

「ほっほっほっ、まあよいではないか。こんなイーナはそうそう見られるものではないぞ?」

「……ぐ……イーダまでそう言うのか」


 身内からの許可も出た。

 おじいちゃんも、こんな状態のお孫さんを面白がってるみたいですねぇ。


 ふっふっふっ……イーナよ……。

 これは、自分の身から出た錆だと思うんだな!

 そもそも、イーナが俺にこんなイタズラをしかけようとしたことが悪いんだからね!

 悪く思わないでよね!


「アルト!」

「……!」


 そう思っていたら、イーナがクレアの手を振りきって、俺に再び突撃してきた。


 肉弾戦では最強クラスのクレアの拘束を抜け出すなんて!?

 これも、俺への愛(笑)のなせる業か!

 ……ただ単純に、今の会話でクレアの気が緩んでただけか。


「アルトしゅきしゅきしゅき~! もう離さな~い!!!」


 イーナは俺に抱きつき、胸板付近でまたも頬ずりを開始した。


 頬ずりするの好きねぇ。

 さっきも真っ先にやってきたし、これはイーナなりの愛情表現なのだろうか。

 まあ、それは別にどうでもいいか。

 やられて気分が悪くなることでもないし。


「イーナイーナ」

「ん? なぁに?」

「俺のこと、好き?」

「だぁいしゅき~!」

「はっはっはっ、そうかそうか」


 イーナは俺の質問に元気よく答えてくる。

 若干呂律が回ってないような印象を受けるものの、こうしてイーナから好きと言われるのは嬉しいものだ。

 たとえ、それがポーションの効力によるものだとしてもね。


「俺のこと、どれくらい好き?」

「ん~とね~、スタート王国10個分くらい!」

「はっはっはっ、そっか~10個分くらいか~」


 多分、東京ドーム3個分みたいなノリなんだろう。

 それがどれくらいのものなのか想像しづらいところではあるけど、とにかく大きいものだということは伝わったぞ。


「……勇者。あまりイーナで遊ぶんじゃない」


 と、そこでクレアがイーナの腕を取ろうと手を伸ばした。


「いーやー! アタシをアルトから引き離しちゃいーやー!」

「……イーナ」


 だが、イーナは俺から離れようとしない。

 子どものように駄々をこねて抵抗し続けている。


 ポーションのせいで精神が一時的に幼くなっちゃったのかな。

 それとも、これは酔っぱらっているのに似た状態で、イーナはお酒とか飲むとこんな感じになっちゃうのだろうか。

 どちらにしても、普段は見ることができないイーナなので、俺的にはとてもおいしい。


「アタシをアルトから引きはがしたら、今度はクレアがアルトに引っ付くつもりでしょ!」

「……な!? そ、そんなことはしない! 私は……その……公衆の面前でそのようなことは……」

「公衆の面前じゃなかったらやるんですか」


 今日のヌルシーさんはツッコミ役のようだ。

 冷静にツッコミをするあたりが、フラミーたちとは一味違うぜ。


「クレアが手鏡で人間族の姿になったのだって、アルトを誘惑するためなんでしょ!」

「……そ、それは」

「アルトに抱きついていいのはアタシだけなの~! アルトを取っちゃ駄目~!」

「……う、うぐぐ」


 クレアさんがイーナさんに押されていらっしゃる。

 わりと図星だったから言い返せないんだろう。


 ……もしかして、クレアが俺からイーナを積極的に引きはがそうとしてるのって、イーナに嫉妬してのことなんだろうか。

 まあ、そこまで考えるのは、ちょっと自惚れすぎかね。


「……勇者、もう十分楽しんだだろう。早く万能薬でイーナを治してくれ」


 うーん。

 どうしよっかな。

 そろそろもういいかって思わなくもないけど、まだもうちょっとこのままにしておきたいかな。

 こんなにデレデレなイーナなんて、この先もう見られないだろうし。


「アルト~、だいしゅき~……アタシ以外の女の子に目を向けちゃイヤ~……」

「うおぅ……」


 イーナは甘えた声で俺の胸板に顔を埋めるようにひっついてくる。


 うん、なんというか……キュンキュンする!

 普段とのギャップもあってキュンキュンする!

 今のイーナは変だけど可愛いなぁ!


 いやん!

 ここまでされちゃったら、俺もイーナに恋しちゃいそう!

 ワタクシ、これでも結構チョロイんですのよ!



「視察に来てみたはいいものの……まさか、このような状況に出くわすとは……」



 ……なぜか、俺たちのいる部屋にアレスティア王女が入室してきた。


「あ、アレスティア姫!? なぜこのようなところにいるのじゃ!?」

「驚かせてしまってすまない……アポイントを取ろうかとも考えたのだが、少し、皆を驚かそうと思ってな……」

「驚くどころの話ではないのう……」


 イーダはビックリした表情でアレスティアに視線を送っている。

 というか、多分俺もイーダと似たような表情になっているだろう。


 この王女、お茶目すぎやしませんかね。

 アポなしで来られても、ロクなもてなしもできないっていうのに。

 王族をもてなせないとか、領主として失格じゃない?


「クレア、まずは姫にお茶のご用意を――」

「いや、それはいい。余……私も、すぐに王都へ帰るゆえな……」


 俺たちが狼狽えていると、アレスティアはそう言って踵を返した。


 あ、なんか、イヤな予感。


「…………アルト」

「な、なんでしょう」

「イーナとお幸せににぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「誤解ですうううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!」


 そして廊下側へダッシュし始めたアレスティアを追うため、俺もまた走り出したのだった。

 走る途中、俺にベッタリとへばりつくイーナがとても邪魔だったのは言うまでもない。






「ほあああぁぁぁぁ…………」


 その後。

 万能薬を飲んで我に返ったイーナは、しばらくの間、部屋の隅で蹲りながら頭を抱えていた。

 どうやら、ポーションを飲んだ後のことも、イーナはちゃんと覚えていたらしい。


「そんなに恥ずかしいなら自分で飲まなきゃよかったのに」

「うっさいわねぇ! ちょっと黙ってなさいよぉ!!!」

「あ、はい」


 それから数日、イーナの機嫌はすこぶる悪かったのだった。

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