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第48話 イーナのイタズラ

「うぅ……まさか信じていた味方に騙されるなんて……」


 外で1時間ばかり気を落ち着かせてきた俺は、屋敷の大部屋に戻ってイーダに愚痴をこぼした。


 イーダの隣には、美女の姿で佇むクレアの姿もある。

 おそらく、あの姿は俺が持っていたアイテム『変化(へんげ)の手鏡』で一時的に変化したものなのだろう。


 まったく。

 そうまでしてクレアは俺と子を()したいのか。

 お気持ちだけは受け取っておくけど、だまし討ちしてきたことはいただけないな。


「……まさか勇者が、姿形が変わっただけの私を初対面の者と勘違いするとは思わなかったのでな」

「それは……ごめんなさいです……」


 痛いところを突かれた。

 確かに、冷静に考えてみれば、さっき会ったときの美女の言動はクレアだと推察できるものばかりだった。

 つまり、変化の手鏡の効力が切れるまで気づかなかった俺も、察しが悪いと罵られてしかるべきと言えよう。


「ほっほっほ。しかし、手鏡の効果とはいえ、今のクレア殿はとても美しいのう」

「……私はただ、人間族の姿になってみたいと念じてみただけなのだがな」


 ということは、もしクレアが人間族として生まれていたなら、こんな姿になっていたかもしれないってことかな。

 案外、蜥蜴族の中だとクレアは超美形だったりして。


「クレア殿は密かに人間族になりたいと思っておったのかのう?」

「……いや、そうではない。私は自分が蜥蜴族であることに誇りを持っている」

「ふむ、ではなぜ人間族になってみたいと思ったのじゃ?」

「…………」


 クレアがほんのりと頬を赤らめつつ、チラチラと俺のほうを見てきた。

 見た目が美女だから、そんな仕草をされると俺もちょっとドギマギしてしまいそうになる。


 もうわかってることだけど、つまりクレアは、俺とにゃんにゃんしたいから人間族の姿になったってことだな。

 そう思ってくれるというのは、ある意味男冥利に尽きる。


 しかし、だからといって、クレアとにゃんにゃんするつもりはないけどね。

 軽い気持ちで仲間に手を出して、後で関係がギクシャクしたらイヤだし。


 それに、もしも俺とクレアがそういう行為をいたしたとして、その最中に手鏡の効果が切れようものなら、流石の俺もちょっとしたトラウマになるかもしれない。

 一時の気の迷いで、そうしたリスクを背負い込むのは気が引ける。


「あ、アルト。おかえりなさい」


 そんなことを考えているところへ、背後からイーナが話しかけてきた。


 さっきは、みんなになにも言わず屋敷を飛び出してしまった。

 しかも、屋敷の壁をちょっと壊しちゃったりもしたし、イーナたちにとっては『いったいなにが起こったんだ』と戸惑う状況だっただろう。


「ご心配をおかけしました」


 ひとまず、俺は振り返ってイーナに軽く謝った。


「別に心配はしてないわよ」

「さいですか」


 外出したのも1時間程度だったし、それほど心配されてなかったみたいだ。

 それはそれでちょっぴり残念。


「ん?」


 よく見てみると、イーナは水らしきものが入ったコップを乗せたおぼんを手に持っている。


 もしかして、それは俺に飲んでもらおうとして持ってきてくれたのだろうか。

 だとしたら、今日のイーナさんはとても気が利く。

 さっきまで外を走ってたもんだから、喉がカラカラなんだよね。


「…………それはそうと、アルト、外から戻ってきて喉でも渇かない?」

「喉? まあ、たしかに渇いてるけど」

「そ、そう。それなら……これあげる」


 俺が軽くため息をついていると、イーナは水の入ったコップを俺にずずいと差し出してきた。


 あ、やっぱりそれって俺のために持ってきてくれたのね。

 なんて優しいんだろう。

 さっき『ちょっぴり残念』だなんて思ってた気持ちが綺麗に吹き飛ぶ心遣いだ。


 飲み物なんてアイテムボックスの中にいくらでも入っているから、わざわざイーナから水を貰う必要なんて全然ない。

 とはいえ、自前の飲み物と、イーナが俺のためを思って持ってきてくれた水とでは、その価値に雲泥の差が生まれる。

 ここで貰った水は『イーナ水』として大切に保管してもいいくらいだ。

 まあ、このありがたみを十分に噛みしめるために今飲むけどね。


「ど、どうしたのよ。まさか、アタシの飲み物は受け取れないっていうわけ?」

「いやいや、ありがたく飲ませていただきます」


 おっと。

 イカンイカン。

 イーナの優しさに、つい我を忘れてボーっとしてしまっていた。


 俺はイーナからコップを受け取る。


「ほっほっほっ、ワシの孫はなかなか気が利くのう」

「……くっ、流石だ」


 イーダとクレアもイーナを褒めている。

 何気ないことではあるけど、さりげない心遣いって大切よね。


「それじゃあ、いただきま――」


 俺はそう思いながら、コップに口をつけようとした。


 ――そのとき。


「ふ~、今日は久しぶりにいい汗かきました」


 ヌルシーが俺たちのところへやってきて、一汗かいたというように腕で額のあたりを拭った。


「いい汗って、今までヌルシーはなにしてたのさ?」

「ラミちゃんいじりです」

「なんて楽しそうなことを」

「ふふん」


 どうやら、俺が外から帰ってくるまでの1時間あまり、ヌルシーはひたすらフラミーをいじり倒していたようだ。


 ふと、大部屋の奥に目を向けると、そこには死んだ魚のような目をしたフラミーが横たわっているのが見えた。

 俺がいない間にどんなことをされたのかわかんないけど、見れなかったのが非常に口惜しく感じる。


「ところでお兄ちゃん。その飲み物はなんです?」

「これ? 多分水だと思うけど……飲みたいならあげるよ」

「ありがとうございます」


 ヌルシーも喉が渇いているようだ。

 それなら、口惜しいがこの水はヌルシーに譲ろう。


「!? ちょ、ちょっと待って! それはアルトのだから! ヌルシーも欲しいなら、今からひとっ走りして持ってくるから!」

「そう? ならこの水はヌルシーにあげて、俺は今からイーナが持ってきてる水を飲むことにするよ」

「ええ!? で、でも……うぅ……」

「? この飲み物、ヌルシーにあげちゃだめなの?」

「え? え、ええ! そう、ただの水……いや、飲みやすいように、ちょっとだけ味をつけた……かな?」

「……味?」


 イーナの様子が明らかにおかしくなった。


 ……なんか怪しいなぁ。

 あ、もしかして、味に辛みとか苦みをつけてたりして。

 俺へのイタズラ的な意味で、さ。


 だとしたら、イーナにも、そんなおちゃめな面があるんだな、と笑ってあげようじゃない。

 もっとも、それをするのは、もうちょっと彼女をいじってからになるけどね。


「は!? そうか! これには毒が入っているんだな! そうなんだろ!」

「ど、毒!? アタシ、毒なんて入れてないわよ!」


 俺がわざとらしく問うと、イーナは両手をブンブン振って強く否定してきた。


 実際のところ、イーナは毒なんて盛っちゃいないだろう。

 彼女はそんなことをする人じゃないし、そもそも動機がない。

 おそらく、なにかを仕込んでいたとしても、それはイタズラレベルで済むようなことだ。


 であれば、ヌルシーに飲ませても問題はない。

 それ以前に、なんとかしてイーナが止めに入るだろうけどね。

 俺も飲ませる気なんてないし。


「あ、そう? それじゃあヌルシー、たあんとお飲み」

「! だ、だから、ちょ、ちょっと待って!」


 ほら来た。

 さあ、これからどうする、イーナさんよぉ。


「おやおやぁ? どうして止めるんですかねぇ? ただの水なら、ヌルシーに飲ませても問題ないはずですよねぇ?」

「う……うぐぐ……」


 イーナが『ぐぬぬ』と歯を噛みしめている。

 なにを企んでいるのかわかんないけど、イーナはだいぶ追い込まれている様子だ。


 こうして困ってるイーナを見るのはちょっぴり楽しかったりする。

 俺ってSっ気があるのかな。


「……あ、そっか。このコップになにが入ってるのかなんて、『サーチ』を使えば一発じゃん」

「!?」


 ふと、俺はコップの中身を飲まずして調べる方法を思いつき、それを口にした。

 その瞬間、イーナの肩がビクリと大きく上がる。


「……って、あ」


 そして、次の瞬間、イーナは唐突に俺からコップを引ったくり……。



「ごくごくごくごくごくごくごく……」



 ……コップの中身を一気に飲み干した。


 そんなにコップの中身を調べられたくなかったのか。

 ホント、どんなイタズラをしかけようとしていたんだ。

 ここまでされると逆に気になる。


「…………? あれ? イーナさん?」

「…………」


 コップの中身を飲み干したイーナは、コップを持つ手を下ろしてなお、顔を上げ続けている。


 なんだろ、この状況。

 イーナは天井を向いたまま、俺たちと目を合わせない。


「あ、そうだ。アタシ、急用思い出しちゃった」

「え」

「そういうわけだから、じゃあね!」

「ちょ、え、イーナさん?」


 さらに、イーナはそのままの姿勢で退室しようと足を動かし始めた。


 まったくもって意味わからん。

 顔は相変わらず天井を向いたままだし、あれじゃあ歩きづらいでしょ――。


「きゃっ!?」

「!」


 案の定というべきか。

 それとも、急いで退室しようとしていたのが災いしたのか。

 イーナは無造作に放置されていた雷鳴の槍(さっきアイテムボックスから出したままになっていた国宝級レアアイテムの1つである)に足をとられ、転びそうになっていた。


 そんな様子を見て、俺はとっさの判断で、彼女を真正面から支えるように動いた。

 時間にして1秒にも満たない早業である。


「ほら、ちゃんと前向かないからこうなるんだよ」

「あ…………」


 すると、そこで驚くような表情をしたイーナと目が合った。

 鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離で見つめ合うような形になったので、ちょっと小恥ずかしい。


「……アルト」

「ん?」

「……アルトアルトアルトアルトアルトォ!」

「!?」


 ……が、そんな小恥ずかしいとかいう感情は、イーナの行動によってかき消された。


「アルト、だいしゅきぃぃぃぃぃ!!!!!」

「ちょ、え、い、イーナさん!?」


 イーナは甘い声を上げながら……俺に強く抱きついてきた。

雷鳴の槍さんのファインプレー。

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