第47話 謎の美女、現る?
謎の美女……いったい何者なんだ……。
目の前に絶世の美女がいた。
灰色の綺麗な長い髪に、ゾクリとするような美しい切れ目の瞳。
胸の大きさはささやかながらも、締まるところはきちんと引き締まった美しいプロポーションをしている。
身長は俺より若干低い程度か。
着飾らない白のワンピースが良く似合っている。
とにかく、そんな謎の美女が、俺を見ながら困ったようにオロオロとしていた。
いったい彼女は何者なんだ。
是非お近づきになりたい!
「お嬢さん。この屋敷になにか御用ですか?」
彼女の美貌に気を取られていた俺は、自分が無口であるという設定で通っていることも忘れて、つい話しかけてしまっていた。
いやぁ。
だってねぇ。
こんな美しい女性が困ってる素振りをしてたら、話しかけないわけにはいかないですしね?
それに、もしかしたら不法侵入者かもしれませんしね?
家主として、話しかけないわけにはいかないでしょう。
「……あ、え、ええっと……その」
俺に声をかけられてか驚いているその女性は、悩むように言葉を濁した。
なにを悩んでいる!
怪しい人だな!
これは、屋敷内の安全確保のために、身元を明らかにしてもらう必要があるな!
「君はどういうツテでこの屋敷に入ってきたのかな? よければ、名前を教えてほしいんだけど」
「……え?」
「ああ、人に名前を訪ねるときは、まず自分からって言うよね。俺はこの屋敷の主のアルト。みんなからは『無言の勇者』って呼ばれてるよ」
「……ゆ、勇者?」
「おっと、『無言の勇者』がどうしてそんなに饒舌なんだって思うよね。驚かせちゃってごめん。でも、本当に俺がアルトなんだ。それはこの屋敷にいる人全員が保証してくれる」
ひとまず俺は、目の前にいる女性に自己紹介をしてみた。
相手が美しい人で舞い上がっているからか、喋るテンポがいつになく早くなっている気がする。
「…………あなたが勇者であることは私も良く知っている。わざわざ他者に保証してもらう必要はない」
「あれ、そう? それならよかった」
俺が喋ると、大抵の人は俺のことを『勇者じゃないんじゃないか』と疑ってくるんだけど、彼女は違うようだ。
もしかしたら、事前に俺が喋るという情報を仕入れていたのかもしれない。
どうも、俺のことを知っているみたいだしね。
「……それはそうと、私は勇者にとって、どう見える?」
「へ? どう、とは?」
「……女として見ることができるか、と聞いている」
「!?」
女としてって!?
いったいどゆこと!?
あんまり思わせぶりなこと言っちゃうと、俺も勘違いしちゃうよ!?
「えっと、おっしゃっていることの意味がよくわかりませんが、あなたはとても魅力的な女性だと思いますよ」
「! ……そ、そうか。魅力的な女性……か」
俺の返答が満足のいくものだったのか、目の前の謎の女性は頬を赤らめながら薄らと微笑んでいる。
……あらやだ。
なんだか初心な反応ね。
そういうの、ワタクシ的にはベリー好評価よ。
もしかしたら、わざとこういう反応をしているかもしれないけどね。
って、それはちょっと穿った考えか。
「……な、ならば勇者よ」
「ん? なに?」
「……私と交尾をしてみないか?」
「はいぃ!?!?!?」
なに言い出してんのこのお嬢さんは!?
え、聞き間違い!?
今の聞き間違い!?
そうだよね!?
今、交尾だなんて言ってなかったよね!?
「い、今の答えは『ハイ』という意味か!? 私と交尾してくれるのか!?」
「いやいやいや、ハイって意味じゃないよ!? ただ驚いて出た声だよ!?」
なんなのこのお嬢さん!?
もしかして、内面はもの凄くえっちなお嬢さんだったりするの!?
しかも、わざわざ『交尾』とかいうワードを選択して誘ってくるあたりがいやらしいですわ!
動物的で生々しい響きがしますわ!
卑猥ですわ!
痴女ですわ!
……って、ついフラミーっぽくツッコミを心の中で入れてみたはいいけど、どうしたものか。
いったいだれだ、こんなえっちなお嬢さんを我が家に招いたのは。
イーダか、イーダなのか。
あのむっつりお爺ちゃんめ。
結構歳食ってるだろうに、まだお盛んだったのか。
「……では、やはり私と交尾をするのはイヤか?」
「あぅ……」
イーダいじりで少し冷静になれたと思ったのに、また呼吸が乱れそうになった。
いや、だってねぇ?
こんな綺麗なお嬢さんに誘われたらねぇ?
そりゃあ鼻の下も伸びるってもんですよ。
本当、彼女はいったいなんなんだろう。
美人局とかかな?
俺がこの人とねんごろな関係になった瞬間、怖いおじさんがゾロゾロとやってきたりする展開かな?
もしくは、俺と深い関係になって、勇者の力を利用しようって腹積もりか。
今の段階では、どちらとも言えないなぁ。
俺に一目惚れして、『うひゃあ! めっちゃ交尾してえ!』って思われたという可能性も……まあなくはないしね。
もう少し様子を見てみよう。
「……大丈夫。子どもができても、勇者に迷惑をかけるつもりはないから」
「子ども!?」
この人、そんなとこまで考えてんの!?
俺の子種が目的なの!?
駄目だ!
この人がなに考えてんのか全然わかんない!
先生、僕にはこの問題を解ける自信がありません!
「……物は試しだ。私と行為に及ぶことに抵抗がなければ、一度試してみるのもいいかもしれないぞ?」
「!!」
謎の女性が俺に近づき、腕を絡めてきた。
ささやかな胸が俺の腕に当たって、その柔らかさに脳がとろけそうになる。
……普段はヌルシーたちの教育上、そういう面はあんまり見せないようにしている。
けど、一応俺にだって性欲はあるのだ。
えっちなことが大好きなお年頃なのだ。
ぐぬぬ。
気を緩めたが最後、俺はこのお嬢さんにホイホイついていってしまいかねない。
だって男の子だもん。
「……さあ勇者……私とともに」
そうして俺は、心の中で『理性』と『男』による激しいバトルを繰り広げつつ、謎の女性に引っ張られるがままにフラフラと歩き出す。
ああ……もう、据え膳くわぬはなんとやらっていうし。
誘いに乗ってもいいんじゃない?
いやでも、なにかしらのハニートラップである可能性も否定しきれないし……。
そもそも、なんでこんな人がこの屋敷にいるのかも、いまだにわかんないし……。
そもそも、この人が何者なのかも結局全然わかんないし……。
くそう!
いったい俺はどうすればいいんだ!
誰か、この状況の説明を――。
「…………っ!?」
と、俺が葛藤に苛まれる最中、突然隣から『ボン』という小さな爆発音が響いた。
それとともに、モクモクと灰色の煙がたち始める。
……隣を見ると、さっきまで謎の女性がいたところにクレアが立っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あの、クレアさん?」
「……なんだ?」
「さっきまでいた女性、もしかしてクレアさんだったんですかね?」
「……………………その通りだが?」
「…………」
俺はクレアからそっと離れ――廊下を駆けだした。
「うわああああああああああああああああああぁぁん!!! よくも俺の純情を弄んだなああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
「ゆ、勇者ー!?」
そして俺は、屋敷全体に響き渡るような声量で泣き叫びながら、壁をぶち破って勢いよく外へと逃げ出したのだった。
ですよねー!




