第42話 貴族になった勇者様
奴隷制度に難色を示した俺は、金に物を言わせて奴隷市場を丸ごと買い取った。
どうやら王様も制度廃止に協力してくれるみたいだし、今後、この国における奴隷制度は薄れていくことだろう。
また、それによって俺が貴族入りせざるをえなくなる、という事態が発生した。
俺が大量に抱えた元奴隷の人々に住む場所と食料を与えるための、仕方のない処置だった。
まあ、不本意ではあるものの、俺もそこまで貴族になるのが嫌なわけじゃあない。
面倒事が増えるのは勘弁願いたいけど、それは最小限にしてくれると王様も言ってくれてるからね。
イーナたちもフォローしてくれるというし、多分大丈夫だろう。
流石に、元奴隷の人々をそのまま放っておく、というもの無責任だ(これは後で気づいたことだけどね)。
王様も、その人たちを放置したのでは国の秩序が乱れると判断したんだろう。
その結果、俺が貴族になって領地を賜り、そこに元奴隷の人たちを住まわせる、という采配をその場で下した王様は、流石は国を治める者であると言わざるを得ない。
と、そんなことに感心した日から、既に2週間ほど経過している。
俺が貴族になるための手続きも手早く進められて、俺はもう伯爵様と呼ばれるようになっていた。
アルト伯爵……。
似合わない!
というか、むず痒い!
ぐおおおおおおおおおお!
「……あ、アルト? どっか虫にでも刺されたの?」
「あ、なんでもないです、はい」
クネクネしながら体中をかきむしっていたら、隣にいたイーナから変な目で見られてしまった。
……まったく。
考えるだけでこんな状態になるっていうんじゃ、この先大変だ。
実際、城の中で出会う人から『アルト伯爵殿』と声をかけられるたびにポーカーフェイスを保てなくなるので、わりと問題だったりする。
無言の勇者は無口でクールなナイスガイとして通ってるんだから、なるべくその通りに振る舞わないといけないっていうのにね。
「……アタシの前だからまだいいけど、領民にはしっかりとした態度を取るのよ。わかった?」
「はいはい、ちゃんとわかってるって」
言われるまでもない。
領主がクネクネしてたら領民も不安になってしまうだろうからね。
「俺だって人の目があったらちゃんとしますよ?」
「だったら、アタシの前でももうちょっとちゃんとしてくれない?」
「ごもっともです、はい」
「……はぁ」
イーナがため息をついていらっしゃる。
いや、でもね。
人前で常にちゃんとしてたら気も滅入るしね?
気の許せる相手が近くにいるときくらい、素の自分になりたいですしね?
そう、これは俺なりのイーナに対する信頼の証なのだ。
だから、そんなため息つかないでくれ、イーナ。
「俺のこんな姿を見せるのは君だけだよ、イーナ」
「なんでいきなり口説き口調になってんのよ……それに、その姿を見せるのって、別にアタシだけってわけじゃないでしょ」
ふむ。
やはりイーナにはこんな誤魔化しは通用しないか。
流石イーナさんだぜ!
なにが流石なのかよくわかんないけど!
「……でもまあ、たまにならアタシに変なとこを見せても、別に構わないわよ」
「え? そうなの?」
あら?
いつもトゲトゲしいイーナさんにしては優しいお言葉だこと。
「ここから先、アルトも気を張り続けることが多くなってしんどいでしょうからね……でも、本当にたまにだからね? 勘違いしないでよ?」
あらあらあら?
これはもしかして、ツンの後にやってくるデレというものかしらん?
私、そういうのに弱い男の子ですのよん?
「イーナ」
「なによ?」
「『べ、別にあんたのことなんて全然好きじゃないんだからね!』って言ってみて」
「どうしてそんなことを言わなくちゃいけないのかさっぱりわからないしアルトがニヤニヤしてるのがイラッとするからイヤ」
「あ、はい、そですか」
今のイーナには似合うセリフだと思ったのになぁ。
残念無念また来週~。
「はぁ…………っと、いつまでも無駄話してる場合じゃないわね。ヌルシーたちをつれて、そろそろ『ギリアス領』に行くわよ」
もう一度イーナが大きくため息をついて、俺に移動の催促をする言葉をかけてきた。
ギリアス領というのは、俺が王様から賜ったスタート王国最南端に位置する領の名である。
広大な土地であるものの、住んでいるモンスターが強かったり、土が悪くて作物が育ちにくかったりで、今までほぼ手つかずの状態で放置されていた場所だとのことだ。
モンスターの類については、俺とかがいるから大丈夫だと思う。
作物については、とりあえずその場に行ってやれることをやってみようって感じかな。
とにかく、直接ギリアス領に行って自分の目で色々確かめてみないことには話が進まない。
俺が買い取った元奴隷の領民第一陣を既に『ワープ』で領に移動させたらしいし、貴族になるための手続きで時間を食った俺も、いい加減自分の治める領に足を運ばないとだ。
つまり、俺たちの内政がこれから始まるってわけだな!
……っていっても、俺に内政の知識があるわけじゃないから、出たとこ勝負になるけどね。
実際の領地運営は、俺じゃなくて代行として国が雇ったっていう人にやってもらう手はずになってるし、俺の出る幕なんてないかもしれない。
だけど、モンスター討伐くらいなら俺も力になれると思うから、無能な領主と蔑まれることはない……と思いたい。
喋らないからって舐められやしないか、ちょっぴり心配だ。
まあ、領地開拓のために使えそうなアイテムとかも持ってるし、なんとかなるでしょ。
「ようし! それじゃあいっちょ頑張りますか!」
気分を一新し、俺はイーナやヌルシーたちを引きつれ、ギリアス領へと『ワープ』した。
不本意ながら領主などという立場になっちゃったわけではあるけど、なっちゃったからにはやれることをしないとだよね。
勇者が戦闘以外でも役に立つってところを見せるときだ!




