第4話 大魔王の娘を奴隷にした勇者様がいるらしい
なんだったんだろう、あのオッサンは。
随分と話のわかるフレンドリーな王様だったな。
偉そうな口を叩いた俺が思うことじゃないかもだけど。
謁見の間から退室したあと、俺は軽い気持ちでそんなことを考えていた。
「ちょっと! なにいきなり喋ってんのよ!?」
すると、そこで突然イーナから声をかけられた。
いや、あの状況で喋るなとか無理ですって。
女の子が処刑されかかってたんですよ?
「ほっほっほっ、まあよいではないか。アルト殿のおかげで、1人の少女の命が救われたのじゃから」
「……そうだな」
「おじいちゃんもクレアもアルトに甘過ぎよ!」
どうやら、イーダとクレアは俺の味方をしてくれるようだ。
「やはり、アルト殿は誠の勇者じゃよ。ワシらがあれこれと指示をする必要などなかったのじゃ」
「……たとえ喋るようになったとしても、勇者は勇者だ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
2人の言葉に押され、イーナが両方の手の人差し指をちょんちょんと合わせだした。
ふてくされてるのかもしれないけど、可愛い仕草だな。
唇をとんがらせているのもグッドだ。
「勇者様。奴隷呪刻印の儀を執り行いますので、こちらへとどうぞ」
と、そこで俺たちのもとに、黒いフードを纏った男がやってきた。
奴隷呪ねぇ。
本当にやるのかー……。
まあ、王様の言いつけだし、ここは素直に従っておいたほうがいいかな。
こっちは無理を聞いてもらった立場な訳だし。
「それじゃあ、ちょっと行ってくる」
「あ、ちょ、アルトぉ……」
イーナがなにか言いたそうな瞳でこっちを見ていたが、今は奴隷呪の件が先だ。
こうして、俺と大魔王の娘は、黒フードの男のあとをついていった。
「えーっと……鎖、痛くない?」
「…………」
薄暗い部屋の中で、俺は目の前にいる少女に問いかけた。
さっきまでの話を聞く限りでは、この少女は大魔王の娘であるらしい。
つまり、現状を考えると、俺は彼女にとって親の仇なのだろう。
だからあのとき王様から庇った、というわけではない。
俺はただ、こんな可愛い女の子が殺されてしまうのは世界の冒涜だと思って助けただけなのだ。
そのために、褒賞とやらは得られなくなった。
でも、王様に言ったように、俺はそんなものを貰う気なんかない。
だって、俺に大魔王を討伐したなんて自覚はないんだから。
そんなものを貰う資格もないというものだろう。
「痛くないです」
「そ、そっか」
しかし、この少女にとって、俺は憎き親の仇であることには違いあるまい。
返事は返してくれたけど、俺のことはどう思ってるのかな?
「それでは勇者様、手の甲を前に」
俺たちの目の前に、黒いフードを被った男が立った。
「……こうかな?」
「!? は、はい……そ、それで大丈夫です」
「…………」
男は体をビクッとさせながらも、恐る恐るといった様子で俺の手を取った。
どうも、この世界の連中は、俺が喋るたびにいちいち驚くんだよな。
そろそろ、いい加減にしてほしいんだが。
「……では、奴隷呪刻印の儀に入らせていただきます」
男はなにかを呟きながら、俺の手の甲に赤い液体を一滴垂らした。
そのあと、続けて男は少女の首下に手を添える。
すると、そこから光が溢れだして、部屋を明るく照らした。
「……ふぅ。奴隷呪は無事、この娘の首に刻印されました」
「早いな」
光は数秒で消え去り、男が息をつきながら、儀式を完了させたことを告げてきた。
儀式というのだから、もうちょっとこう、大掛かりなものを想像してたぞ。
それに、俺も彼女も見た目的には変わりないし。
「ご安心ください。これでも、奴隷呪における最上級のものをかけましたので」
いや、別に手抜きを心配したわけじゃないんだが。
訂正するのも面倒だから言わないけど。
「……それで、奴隷呪っていうのはどうすると発動するんだ?」
「はい。所有者である勇者様が奴隷である彼女になんらかの命令を出し、その命令に背くような行為をした場合に発動して、苦しみを与えます」
「ふーん」
つまり、俺が彼女になにも命令しなければ、無意味な呪いなのか。
俺は彼女を奴隷扱いする気なんてない。
呪いは極力使わない方向でいいだろう。
「また、奴隷側が所有者に危害を加えようとした際にも発動します」
それはありがたい。
もしかしたら、彼女が仇である俺を殺そうとするかもしれないからな。
奴隷呪とやらにそんな効果があるのなら、願ったり叶ったりだ。
俺は奴隷呪の効果を聞いて胸を撫で下ろしつつ、少女とともに薄暗い部屋を出ていった。
「……さて、とりあえず自己紹介から始めようか」
王城内部で休憩するために与えられた、とある一室。
俺はそこで、目の前にいる少女とコミュニケーションをとるべく、口を開いた。
正直、年下の女の子と話す機会なんて最近なかったから、緊張している。
変なことを喋って『なにこの人キモッ』とか思われたりしないか不安だよ。
「俺の名前はアルト。よろしく」
「…………」
「…………」
自己紹介してみたものの、少女はボーっとした顔のまま、なにも反応を示さない。
整った顔をしているけど、眠たいのか、それともタレ目なのか、どうも締まらない表情だ。
でも、俺のほうをジッと見ているから、一応意識は覚醒しているだろう。
「……さて、次は君の番だ。君の名前はなんていうのかな?」
俺はへこたれず、彼女に名前を訊ねる。
謁見の間で、どんな名前か聞いているけど、これもコミュニケーションの一環だ。
「ヌルシー・ドラゴネスです」
そんな俺の思いは通じたのか、彼女……ヌルシーは自分の名を言った。
彼女とのコミュニケーションは、とりあえず可能そうだ。
にしても、ヌルシーか……。
ヌルと聞くと、ヌルいとかヌルヌルとかを思い浮かべてしまう。
良い名前といっていいのか、よくわからないな。
その眠そうな表情とは、よく合う名前と言えるんだけど。
「ヌルシー……不思議な響きだね。覚えやすい名前だ」
とりあえず、俺は彼女の名前を褒めてみた。
「…………」
すると、ヌルシーは顔を赤らめながら俯いた。
……なんか、ちょっと照れてない?
尻尾もパタパタさせてるし、反応が可愛いんですけど。
気のせいだよね?
照れてるわけじゃないんだよね?
俺は親の仇なわけだし。
照れてるんじゃなくて、これ以上はもう話したくないという意思表示なのだろう。
もう少し話ができるといいんだけど、この様子じゃ、あまりできそうにないかな。
「……まあ、君は俺に良い印象を持ってないだろうけど、俺は君を憎いだとか、そんなことは一切ないから」
「そうなんですか?」
「え? あ、うん、そうだよ」
あれ?
やっぱりなんか普通に喋れてる?
ヌルシーは俺のこと恨んでると思ったんだけど……。
「えっと……こんなことを聞くのも不躾なんだけど……ヌルシーは俺のこと恨んでる?」
「恨んでませんよ?」
「あ……そ、そうなんだ」
あれ? あれ?
俺、なんか勘違いしちゃってる?
「えっと……どうしてかな? 俺ってヌルシーのお父さんの仇じゃないの?」
「パパは強い人と戦いたがってたから、それで死んだなら本望かと思います」
ヌルシーさんマジ淡白。
というか、お父さんはどこの戦闘民族の方ですか。
「それに、『私を倒す者は、この世界にとって必要な存在になる。お前はその者を導いてやりなさい』ってパパが言ってたのです」
と思っていたら、俺の想像を超越するような回答が付け足された。
えっ。
それ、どゆこと?
ヌルシーのお父さんって、未来予知とかできちゃう系の人だったりするんですか?
「今の話、もうちょっと詳しく訊いていい?」
「んー……これ以上のことは私も知らないです。パパがそう言ってたってだけですから」
「さいですか……」
よくわからないなぁ。
まあいいや。
ひとまず、ヌルシーが俺を恨んでいないということは確認できたから、それでよしとしよう。
「私としては、魔王城で引きこもり続けられたらベストだったのですけどね」
この子はここにくるまで魔王城で引きこもってたのか。
その透き通るような白い肌も、そのせいですか。
引きこもりのお嬢様だ。
「でも、こうなってしまった以上、しょうがないですね。不本意ながら、私がアルトさんを導くのです」
ヌルシーはそこで表情をキリッとさせた。
しかし、元々がボーっとしている顔なので、どうも締まらない表情だ。
俺、この子に導かれちゃうの?
いったいどういう意味で導かれちゃうのよ?
……まあいいか。
それより今は、他のことを優先して考えよう。
確認しなきゃいけないことは、まだ沢山あるからなぁ。
「……とにかく、しばらくは一緒に行動してもらうことになると思うけど、俺から君になにかをすることはないから」
「エロいこととかはしないんです?」
「いや、しないよ!?」
「えっ、奴隷とご主人様という関係にかこつけて、なにも知らない私にえっちな調教をするつもりじゃなかったんです?」
「いや、やらないよ!?」
この子、俺をどんな目で見てたの!?
仮にも勇者だよ、俺!?
勇者が大魔王の娘をエロ調教とか、どんだけ鬼畜なのよ!?
「そですか。私のお友達が持ってた本に、そういう展開の物語があったので、もしかしたらと思ったのですが」
「…………」
見た目清楚なお嬢様といった子なのに、なにを考えているのかまったく読めない。
「俺がそういうことをしようとしたら、ヌルシーはどうするのさ」
「必死で抵抗します。それで、抵抗も空しく調教されます」
調教されることは決定事項なのか……。
いやまあ、体格差を考えると、ヌルシーが俺に勝てるわけがないのはわかるんだけど。
「もしかして、ヌルシーって被虐趣味とかあったりする?」
「そういうわけではありませんが、うら若きティーンエイジとして、ついそういう妄想をしてしまうことはあるのです」
「いやん! やめてー! 聞いてるこっちまで恥ずかしくなる暴露話はやめてー!」
この子、性に興味深々だわ!
淫乱系女子なんだわ!
私、今まであなたの清楚な見た目に騙されてたわ!
このハレンチ!
「よく知らない人とはエロトークをすると早く仲良くなれると本で読んだことがあるので、実践してみました」
と思っていたら、ヌルシーは頬を赤く染めてそう言った。
あー、そういうことか。
確かに、エロネタは万国共通の話題だから、俺とヌルシーの会話でも通用するな。
毛嫌いする人もいるけど、エロネタで盛り上がれれば、それはもう友達といっていいくらいの仲になる。
普通は同性同士でするもんだと思うけどね。
でも、そっか。
ヌルシーは俺と仲良くしたいのか。
そう思ってくれているなら、俺も嬉しく感じる。
「…………」
……不思議な子ではあるけど、やっぱり凄く可愛いな。
エロ調教はしないけど、お兄ちゃんって呼んでもらいたい。
「あ……それと、ありがとうございました」
そんなことを考えていた俺に、ヌルシーは突然お礼の言葉を告げた。
「へ? なんで?」
「先ほどは、処刑されそうなところを助けていただきましたので」
「あ、ああ、それかー……」
あれってマッチポンプみたいなもんなんだよなぁ。
俺が大魔王を倒した結果、ヌルシーが処刑されそうになったんだから。
むしろ、死にそうな目に会って恨まれてやしないかと心配するところだ。
「別に、お礼を言われることじゃないよ。ヌルシーが処刑されそうになったのは俺のせいなんだから」
「助けてもらったらお礼を言うものです。パパもそう言ってました」
そういうもん……なの……?
……うん。
もう深くは考えまい。
本人がそれでいいって言っているなら、それでいいや。
人生を明るく楽しく生きるコツは深く考えすぎないことと見つけたり!
「それじゃあ、これからよろしく、ヌルシー」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
俺が頭を軽く下げると、彼女もまた頭をペコリと下げ返してきた。
とりあえず、こういうことが普通にできるヌルシーは、悪い子ではなさそうに見える。
それだけわかっていれば俺には十分だよ。
こうして俺は、大魔王の娘であるという不思議な少女と初めてのコミュニケーションを果たしたのだった。