第36話 お花摘み
俺たちは白龍王のお屋敷で、もう一泊させてもらった。
そして、その後スタート王国に帰ろうかという話になった。
が、そんな算段をしている最中、イーナが唐突にヌルシーとフラミーを見ながら提案した。
「せっかく同い年くらいのお友達がいるんだから、今日1日はヌルシーたちもその子たちと遊んだっていいんじゃない?」
ふむ。
つまりは、国に帰るのを1日ずらすってことだな。
けしからん!
そこは1日と言わず、1ヶ月でもいいくらいだ!
ヌルシ―たちのためを思ってのこの提案、俺的には超賛成!
「気を使わずともよいのですわ」
「どうせ、レイちゃんとディーちゃんと遊ぼうとすると、インちゃんが妨害を仕掛けてくるのです」
「あら……そうなの……?」
でも、肝心のヌルシーたちは乗り気じゃなさそうだ。
うーん。
女の子同士のグループ抗争的な話なら、俺はうかつに触れないなぁ。
私、こう見えて立派な男の子ですのよ。
「だけどさ、インフィーも別に悪い子ってわけじゃないんでしょ? ただソリが合わないってだけで」
「悪人ではありませんが、『ヌルシーさんは黒龍王の子だから』と仲間外れにされたことならあるのです」
「黒龍王は四龍王と仲が悪かったですものね……」
あらあら。
仲間外れにされるっていうのは、子どもにとってはキッツいだろうなぁ。
ヌルシーがインフィーを嫌うのは、それが理由か。
「でも、フラミーはヌルシーの友達なんだよね」
「なんででしょうね」
「私としては、そこでヌルシーが首を傾げることに『なんで』って言いたくなるのですわ……」
黒龍王は四龍王である白龍王、赤龍王、青龍王、緑龍王と仲が悪かった。
その影響がヌルシーたちの人間関係にも伝わることとなった。
けれど、赤龍王の娘であるフラミーだけはヌルシーの友達になった。
これはどうしてなのか。
「私とヌルシ―がお友達になったことに深い理由はありませんわよ? ただ単純に、小さい頃からよく一緒に遊んでいたってだけですの」
俺が疑問に思っていると、それを察してか、フラミーがそう補足してくれた。
今より小さい頃のヌルシーとフラミーか。
なにそれ。
天使かなにかですか?
「昔は家がご近所さんでしたから、必然的にそうなったんですわ」
「まあ、パパと私が魔王城に引っ越してからは、あまり一緒に遊べなくなったんですけどね」
へえ。
つまり、ヌルシーとフラミーは幼馴染み的な関係ってわけね。
「なんにせよ、私たちに気を使って、帰る日程をずらすことはしなくていいですわよ」
「むしろ、早く帰ったほうが、インちゃんにとってはありがたい話だと思うのです」
俺がフムフムと頷いていると、ヌルシーたちはそう言って、帰り支度を始めた。
そっかぁ。
なんていうか、みんな仲良くすればいいのに。
親の人間関係で子の人間関係まで決められちゃうのは、ちょっと可哀想だ。
「おい、ルッシー。ヌルシ―とインフィーの関係が悪いのはお前のせいなんだぞ。わかってるのか」
「キュルゥ」
俺の肩にとまっていたルッシーを叱ってみる。
しかし、返ってくるのは可愛らしい鳴き声だけだった。
ドラゴンに転生したって話だけど、人語は全然喋らないんだよな。
いずれ喋れるようになるのだろうか。
そもそも、前世の記憶を持っているのかすら怪しい。
「……でも、あのインフィーって子は、ヌルシーたちがまたこの屋敷に泊まりに来ることを見越して青髪の子と緑髪の子を連れてきたのよね?」
とか考えていた、そのとき。
イーナがそんなことを呟いた。
「それは、私たちに見せつけたかっただけじゃないのですか?」
「私たちが2人でいるから、インフィーも自分のお友達を呼んで対抗してきただけだと思いますの」
インフィーって子、ヌルシーにどんだけ対抗意識燃やしてるのよ。
やっぱりヌルシーのこと好きなんじゃないの~。
「うーん……まあ、そういうことなら私もこれ以上言わないでおくわ」
イーナは難しい顔を浮かべていた。
彼女も俺と同様に、もっと仲良くすればいいじゃん派なのかな。
スタート王国に帰ったら、ヌルシーたちはまた同世代との交友関係が乏しい毎日になる。
だから、それをどうにかしてやりたいと思っても不思議ではない。
「まあ、このまま帰るにしても、一言挨拶くらいはしておきなさい」
「そうですね。わかりました」
「なら、今のうちにそれも済ませてきますの」
ヌルシ―たちはイーナの助言を聞き入れ、インフィーたちがいるであろう部屋へと向かって歩き出した。
なんか心配だな。
俺もついていこう。
「なに? あの子たちについていくわけ?」
「そうだよ。イーナも一緒に来る?」
「……じゃあ、そうするわ。あなたがついていくんじゃ益々心配だから」
なんだよそれは!
つまり俺が信用ならないということか!
なかなか良い判断だ!
「よし、それじゃあ行きましょうか、イーナさん」
「なんでいきなり敬語で話すのよ……」
こうして俺は、俺より保護者感のあるイーナと一緒にヌルシーたちのあとを追ったのだった。
「おほほほほ、わざわざあなたたちのほうから出向いてくるなんて、殊勝な心がけですね」
部屋について早々、インフィーは上機嫌な様子で笑いながら俺たちを迎え入れた。
「せっかく私たちのもとへ来たのですから、これから5人でお花摘みにでもいきませんか?」
「雪の中でも綺麗なお花が咲いてるところがあるんっすよー!」
お花摘みって、おトイレとかの隠語じゃないんだね。
本当にお花を摘みに行きましょうってことなら、ヌルシーたちに行かせてあげていいんじゃなかろうか。
「ぬ、ヌルシーちゃん……一緒にどぉ?」
「みんなで外を散歩するのも良いと思うっすよー!」
レイニーとウィンディーもヌルシーたちを誘っている。
あらあら。
わりと仲睦まじいイベント発生の予感。
そういうことなら、お邪魔虫な勇者は退散してもよろしくてよ?
「いえ、お断りさせていただくのです」
「あ、あら……そうですか……」
と思っていたのに、ヌルシーはその誘いをあっさり断った。
「せっかくウィンディーさんがオヤツ用にアップルパイを作ってくれましたのに……」
「そういうことなら行ってあげないこともないです」
行くんかい!
思わずズコーって滑りそうになったぞ!
俺だけじゃなくてフラミーやイーナもズコーってなってるし!
「ちょ、ヌルシー!? 私たちはこの後すぐスタート王国に戻るんじゃなかったんですの!?」
「ハッ……そうでした。お菓子の誘惑に惑わされて、ついインちゃんの計略に乗るところでした」
お菓子をあげるとホイホイついていっちゃいそうで怖いな!
流石にその辺は後でしつけておかないとだね……。
とはいえ、ここでインフィーたちの誘いを断らせるのは、やっぱりちょっと勿体ない気がするな。
「5人分作ったから、ヌルっちたちがこないんじゃ食べきれないっすよー」
「むむむ……しかし……ここで一度決めたことをひっくり返すのは――」
「いいじゃない、ヌルシー。フラミーと一緒にこの子たちと遊んできなさいよ」
俺が喋ろうか悩んでいると、代わりにイーナがヌルシーたちの背中を押してくれた。
流石はイーナさん!
俺の言いたかったことを的確に代弁してくれるね!
「私たちの帰りが1日くらい遅れたって、どうってことないから」
「で、ですが……ううむ……」
「ヌルシー、ここはイーナさんのご厚意に甘えてもいいんじゃありませんの?」
「ラミちゃんまでそう言うのですか……」
ヌルシーが葛藤している様子だ。
眉間にシワを寄せて『ぐぬぬ』と悩むような表情をしているぞ。
悩む姿も可愛いとか、彼女は俺を萌え死にさせる気なのか。
「……わかりました。せっかくディーちゃんがアップルパイを作ってくれたんです。無駄にしてはバチが当たるというものです」
「おほほほほ。なんですか、結局ついてくる気になったのですか。ですが、それもまた良いでしょう」
そしてヌルシーが首を縦に振ると、インフィーは再び上機嫌そうに『おほほ』と笑い声を出した。
「決まりね。それじゃあ私たちはお爺ちゃんたちのところに戻ってるわ。なにかあったら遠慮なく声をかけてね」
「はい、了解です」
「それじゃあ行ってまいりますわ」
こうしてヌルシーとフラミーは、インフィーたちと一緒にお花摘みへと向かったのだった。
「私が見たカンジ、あのインフィーってことは別にヌルシーのことを嫌ってなんてないわね」
自分たちが元いた部屋へと戻ってしばらく経った頃。
イーナが俺にそんなことを伝えてきた。
「あ、やっぱりイーナもそう思う? 俺の見立てでは、あの子はツンデレと見たね」
「ツンデレってなによ……」
この世界にはツンデレという概念がないのか。
俺が元いた世界でも、そんな単語が出たのはつい数十年前くらいの物だし、しょうがないね。
「まあ、あの子は多分、自分がグループの中心にいないと気が済まないってタイプの子だから、その辺でヌルシーと上手くいかないところもあるかもしれないけどね」
「そこは私も同感よ」
イーナもそう思ってたか。
インフィーはあのレイニーやウィンディーって子たちを纏めているかのように振る舞っていた。
それに、ヌルシーがその2人の興味を惹くと、それを妨害するようなこともしていた。
これらのことから、インフィーという子がどんな子なのか、おおよその見当がつく。
「とはいえ、あの子もなんかヌルシーたちと仲良くしたがってたっぽいから、大丈夫でしょ」
「ええ、そうね」
インフィーがグループの中心になりたがっていることとは別にして、彼女はヌルシーたちを自分のグループに入れたがってもいた。
それは、彼女がヌルシーを嫌っているならやらないようなことだ。
ヌルシ―は前に仲間外れにされたって言ってたけど、それは昔の話なんだろう。
これまでのやりとりを見る限りでは、どっちかというとヌルシーがインフィーを嫌っているようなカンジに見えたし。
いじめたほうは気にしなくても、いじめられたほうはずっと根に持つ的なアレなのかな。
なんにせよ、ヌルシーはもうちょっと社交性を身に着けていったほうが、今後のためにはなるでしょうよ。
そのためには、インフィーたちと一緒に遊ぶのも悪くないと俺は思う。
「……勇者が保護者をしている」
「なんとも不思議なものじゃのう」
クレアとイーダが変なことを言っている。
なんだよー。
俺だって保護者役くらいできるんだぞー。
保護者っていうか、お兄ちゃんだけどね。
「まあ、とりあえず俺たちは、このお屋敷の中でのんびりしてよ――」
――と、俺がそう言った直後。
屋敷の外で大きな爆発音が轟いた。
「た、大変です!」
すると、俺たちのいた部屋に龍魔族の人がやってきた。
「ノワール教団と名乗る怒った様子の集団が、町を襲撃しに来ました!」
またかい!




