第35話 ドラゴネスの少女たち
白龍王の屋敷で一泊した俺たちは、道案内役の龍魔族の兵士を引き連れ、険しい雪山の道のりを超えて『毒の大地』へとやってきた。
ここは白龍王を初めとした龍魔族も滅多に足を踏み入れることがない場所なのだとか。
まあ、常に毒の霧が立ち込めてる場所であるとのことだから、それも仕方ないのかね。
というようなことを考えながら、俺たちは暗黒神が封印されているという祭壇を捜索した。
ノワール教団からの情報によれば、毒々しい色をした大樹の根本近くに隠し地下通路があるらしいけど……。
「……これか」
防寒服に身を包んだクレアが声をあげた。
目印がわかりやすかったから、地下通路を見つけるのも簡単だったな。
地面から鎖のような物が僅かに見えている。
その鎖を引っ張ってみると、下には階段があった。
「降りてみるとするかのう」
早速、俺たちはそこを降りてみる。
すると、その奥には古びた遺跡のような空間が存在していた。
「ふむ、どうやらここは『ワープ』で直接移動できる領域のようじゃな」
そうなのか。
だったら、もしかしたらノワール教団はここをアジトにしていたのかもしれないな。
『ワープ』で来れるのなら、白龍王の目も誤魔化せるだろうし。
「気味の悪いところね……早く調べて外に出ましょ」
「……そうだな」
俺もイーナとクレアの意見に同意だ。
地下に毒の霧は入ってこないみたいだけど、壁に描かれた絵とかがジクジクと精神を蝕んでいきそうな気配がする。
SAN値が削れるってカンジだ。
なので、俺たちはそこでの調査を手早く終えることにした。
といっても、主にイーダとイーナが働いてくれて、俺とかはただそれを見ていただけなんだけどね。
地下の最深部に大きな門があったので、イーダは結界を張っていた。
聞いてみると、それはこの地下空間への『ワープ』をできなくするのと、門の奥に封印されているであろう暗黒神を絶対に出させないようにするための結界なのだとか。
流石は大賢者様だ。
「これで問題ないじゃろう。この奥にどんなものが封印されているのかはわからぬが、要は出させなければいいだけじゃしのう」
暗黒神さん涙目だなぁ。
これでもう、暗黒神なんていう物騒なものがこの世に出てくることはあるまい。
一件落着だ。
そんなこんなをして、俺たちは外へと戻ってきた。
さらに、そこで念を押すことにして、地下へと続く通路も魔法で壊させてもらった。
ノワール教団みたいに変な団体が地下に潜ることも、これでできまいて。
「よし、それではまた白龍王のとこに行くとするかのう」
「またインちゃんに会わなければならないということですか……ちょっと面倒ですね」
「白龍王には今回の件をきちんとご報告しなければなりませんし、面倒でも行きますわよ、ヌルシー」
そうして、俺たちは来た道を引き返して白龍王のもとへと戻った。
「ふむ……暗黒神なる者の祭壇があったか……」
白龍王の屋敷にて。
俺たちは、『毒の大地』にて発見した祭壇についてを白龍王に伝えた。
「あそこは長年、死んだ未開の地として、誰からも見向きされなかった場所だったのだが……よもや、本当にそんなものがあったとはな……」
一応、俺たちが前回ここを訪れたときも、白龍王にはノワール教団から仕入れた情報を伝えてはいた。
でも、それは白龍王にとって半信半疑の内容だったらしい。
とはいえ、今回それがあるということを突きとめたのだから、白龍王も信じざるを得まい。
不気味な地下遺跡は、俺たちに同行した龍魔族の兵士も目撃しているわけだしね。
「ご安心召されよ。祭壇にはワシが新たに結界を張り、通路もアルト殿が壊した。暗黒神なるものの脅威がこの世に降りかかることなどないじゃろうて」
「そうか……であれば、儂も安心して夜を眠れるというものだ」
白龍王はそこでホッと息をついていた。
安心したっていうのは本当みたいだな。
「だが、念のため、あの地については今後、儂ら龍魔族がきちんと管理しよう」
「それが賢明ですな」
今までは放っておいたけど、これからはちゃんと目を光らせますよってことか。
それなら、なおのこと安心だね。
「『毒の大地』まで行ってきたのだから、相当疲れているだろう? 今日も儂のところで休んでいくといい」
「お心遣い、痛み入りますじゃ」
そうして俺たちは、今日もまた白龍王の屋敷に泊めてもらうことにした。
暗黒神については、わりとあっさり解決したなぁ。
もしかして裏ボスかなにかかと思って身構えてたけど、なにもなくて拍子抜けしちゃった。
まあ、なんだかんだで平和が一番だから、これがベストなんだけどね。
「おほほほほ、今日もヌルシーさんたちがいらっしゃいますね?」
前回使わせてもらった部屋へと移動する途中、ヌルシーの天敵であるというインフィーと出くわした。
この子、もしかしてヌルシーのことが好きなのかな?
わざわざこうして顔を見せにくるんだもん。
きっとそうに違いない。
「今日も厄介になりますので、よろしくお願いするのです、インちゃん」
「だから、インちゃんはやめなさいといつも言っているでしょうに……」
ヌルシ―はヌルシーで、インフィーのことを頑なに『インちゃん』と呼んでいる。
これはもう相思相愛と言ってもいいんじゃないだろうか。
うん、きっとそうに違いない。
「……あら? 後ろにいるのは…………もしかして、レイニーとウィンディーですの?」
と、俺がヌルシーたちの関係を確信し始めていたところで、フラミーがインフィーの後ろについてきていた女の子たちへと視線を向けた。
知り合いなのかな?
見たカンジ、彼女らも龍魔族みたいだけど。
昨日は見なかった子たちだ。
「せっかくヌルシーさんとフラミーさんが我が家を訪れたのですから、彼女たちも誘うのが礼儀というものでしょう?」
インフィーは扇子をパタパタさせながら、後ろにいた2人の少女たちを前に出させた。
「お、おおお……お久しぶりですぅ……」
「やっほー! 元気にしてたっすかー!」
そして2人はヌルシーたちに声をかけた。
「私はいつも元気です」
「レイニーとウィンディーもお元気そうでなによりですわ」
やっぱりお知り合いのようね!
それなら、ヌルシ―たちの保護者としてご挨拶しなくっちゃ!
でも、今の私のメイク大丈夫かしら?
いきなりのことで、つい油断しちゃってたわっ!
「お兄ちゃん、紹介します。こっちの青髪の子はレイニー・ドラゴネスで、こっちの緑髪の子はウィンディー・ドラゴネスです」
手クシで髪を手早く整えていると、ヌルシーが龍魔族の子を紹介してきた。
あらやだっ。
お恥ずかしいところを見せちゃったわねっ。
それじゃあ、私もご挨拶のほう、させてもらっちゃおうかしらっ!
「レイちゃん、ディーちゃん。こっちの人は『無言の勇者』と呼ばれていて、今は私のお兄ちゃんをしてもらってる人です」
と思ったら、俺の紹介もヌルシーが進んでやってくれた。
きっと、俺が喋ると2人を驚かせてしまうという配慮からだと思う。
いつの間にそんな気の利く子になったのかしら。
あとでご褒美をあげなくちゃだわね。
アイテムボックスにはヌルシー用のフルーツパフェが100個ストックされてるんだから、ご褒美あげ放題よ!
「アルト……さっきからなんか挙動がおかしいからジッとしてなさい……」
隣からボソッと指摘の声があがった。
ごめんなさい、イーナさん。
可愛い子を見ると、ついテンションが上がっちゃうんだ。
いや、もちろんイーナさんもお美しいですよ?
目の前にいる少女たちも可愛いですが、あなたも彼女たちに負けず劣らずの可憐さを持ってますよ?
「な、なんで私のほうをジッと見てんのよ……いや、なんでなのかは言わなくてもいいけど……」
イーナに熱い視線を送ってみると、彼女はプイッとそっぽを向きだした。
なんで顔赤くしてるんですかね。
俺に見られるのがそんなに恥ずかしいんですかね。
そんな反応をされたら、もっと見つめたくなっちゃうじゃないですか。
「こ、ここ、この人が……あ、ああの『無言の勇者』ですか……」
「えっ、でも『無言の勇者』って言えば、最近黒龍王を倒したって話じゃなかったっすかー?」
おっと、今はイーナじゃなくて、レイニーとウィンディーについてだったな。
2人とも、俺とヌルシ―を見ながら首を傾げている。
今の俺たちの関係がよくわからないってカンジなんだろう。
「ヌルシーさんは勇者の奴隷に成り下がったんですよ。その首輪が証拠です」
「ああ……」
「そういうことっすかー……」
俺に対するレイニーとウィンディーの視線が冷たくなった気がする。
ちょっと待ちたまえ。
変な妄想はやめるんだ。
確かに俺とヌルシ―はご主人様と奴隷という関係かもしれないが、それ以前にお兄ちゃんと義妹な関係でもあるのだ。
そこは勘違いしちゃいけないよ。
「確かに私は奴隷の身分になりましたが、でもいいのです。お兄ちゃんは私に優しくしてくれますから」
ああっ!
ヌルシィー!
君はなんていい子なんだ!
あとでアイテムボックスの中にあるパフェを全部あげよう!
「お、お兄ちゃんが……優しく……」
「なんか、そこはかとなくえっちい香りがするっすー……」
えっちくないよ!?
皆さんちょっと想像力逞しすぎだよ!
「あまり邪推するものではありません。ヌルシーさんが奴隷になったといっても、ご主人様はあの『無言の勇者』なのですよ?」
「そ、それもそうですね……」
「なんだ……ちょっとドキドキしちゃったっす!」
俺が焦っていると、インフィーは口元を扇子で隠しながらフォローをしてくれた。
まさか、この子にフォローされるとは。
もしかして、この子って良い子なんじゃないの?
うん、きっとそうだ。
そうに違いない。
絶対そうに違いない。
「ふふん、私とお兄ちゃんのことをもっと知りたいのなら、今夜あたりに聞かせてあげてもいいですよ?」
「ええ!? や、やっぱりヌルシーちゃんは私たちより早く大人の階段を……っ!」
「是非聞かせてほしいっす!」
「ちょ!? みなさん!?」
ヌルシ―の話にレイニーとウィンディーが食いついたところで、インフィーが驚きの声をあげた。
あんまり意味深なことを言うもんじゃありませんよ、ヌルシーさん。
それと、レイニーさんとウィンディーさんも食いつき凄く良いですね。
興味津々じゃないですか。
「ぬ、ヌルシーさんのことなんてどうでもいいでしょう! 2人とも、今日は私と遊ぶために遠路はるばるこの地へ来たはずですよ!」
「ひ、ひぃぃぃ……ごめんなさいインフィーちゃん……怒らないでぇ……」
「むぅ……ヌルっちの話も興味深いんすけどねー……」
どうやら、彼女たちの中ではインフィーがリーダ的立場であるみたいだ。
女の子グループはいろいろあるって聞くけど、この子たちもそうなのかな。
だったら怖いねぇ。
「いきますよ! レイニーさん! ウィンディーさん!」
「そ、それじゃあまたね……ヌルシーちゃん……フラミーちゃん……」
「ばいばいっすー!」
そんなことを思いながら、俺はインフィーたちが通路の奥へと歩いていくのを見守った。
「アルトさんに補足しますが、レイニーは青龍王の娘で、ウィンディーは緑龍王の娘ですわ」
彼女たち3人の後姿を見ながら、フラミーがこっそりそう伝えてきた。
青龍王と緑龍王といえば、白龍王と赤龍王と同様、四龍王って呼ばれてる龍魔族じゃん。
てことは、四龍王はみんな同い年くらいの女の子が娘としているってことか。
黒龍王の娘であるヌルシーも合わせると、戦隊ヒーローとか組めそうな感じだ。
いや、女の子なら戦隊ヒーローじゃないか。
例えるならプリ○ュアとかかな?
5人はドラキュア!
ドラキュアファイブ!
「アルト……一言も喋らずに我慢してたのは褒めてあげてもいいけど……これからは表情もなんとかできるように努力してちょうだい……」
ヌルシーたちが悪い組織と肉弾戦を繰り広げる様を幻視していると、隣からまたもイーナによる指摘の声があがった。
イーナちゃんったら。
ワガママな子ね。
注文が多いったらありゃいないわ。
でも、そんなイーナちゃんも可愛いわよっ!
「だ、だからなんで話しかけると私をジッと見つめてくるのよ!」
再び俺が熱い視線を向けると、イーナは怒るようにそう言って、今日泊まる部屋のほうへとズンズン歩いていった。
難しいお年頃なり。




