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第30話 偽勇者現る!

 ヴィーア共和国にある街、『ヴィネヴィア』。

 そこのとある高級宿に、1週間ほど前から4人のパーティーが寝泊まりしていた。


「いやぁ、身なりを勇者っぽく整えて、この『王家の紋章』を黙って見せるだけでみんな信じてくれるんだから……『無言の勇者』を演じるのも楽でいいね」


 パーティーメンバーの1人である美男子は、宿で取った部屋に備え付けられたベッドに寝転がりながら、そんな感想を漏らす。


「儂らにも運が回ってきたのぅ」

「まさか、スタート王国の貴族様からこんな美味しい仕事を貰えるだなんてねぇ」

「勇者一行だと偽って、ただ遊びほうけてるだけでいいんだから、ホント楽な仕事だ」


 続いて、柔和な笑みを浮かべる初老の男、妖艶な色香が漂う豊満なボディの美女、ガタイが良くて見るからに強そうな蜥蜴族(リザードマン)の男の笑い声が聞こえだす。


 この4人は、とある貴族から偽者の紋章と金を貰い、勇者一行のフリをするという仕事を受けた。

 勇者を騙るなど畏れ多いことではあったが、いざやってみると案外バレないもので、1週間もするころには気持ちもすっかり大きくなっていた。


「さて、それじゃあ今日もカジノで豪遊しますか」

「軍資金もたんまりあることじゃしのぅ」

「宿代は踏み倒してるけどねぇ」

「なぁに、宿代の請求は、いずれ本物の勇者のとこにでもいくさ……俺たちがトンズラした後でな」

「あっはっはっはっ! 私たち、超小悪党ねぇ!」


 そうして4人は今日もカジノに遊びにでかけた。






「……なんだあいつら」


 宿を出て早々、偽勇者一行は謎の集団を目撃した。

 というより、あちらの集団が偽勇者一行をじっと見ていたのである。


 見たところ、その6人ほどで固まっている集団は、4人ほどが貴族のような身なりをしている。

 他2人のうちの1人である青年は、特に特徴らしい特徴もない平民服。

 もう1人は蜥蜴族(リザードマン)で、戦闘装備を着込んでいた。

 おおかた、貴族に使える下男と傭兵といったところだろうか、と偽勇者は想像する。


「あらやだ!? 超イケメン!」

「なんであんなケバいのよ……」

「ワシよりフサフサじゃと……っ!」

「……なぜ男」


 そんな謎の集団は、偽勇者一行に並々ならぬ熱い視線を向けている。


 これまでも、勇者を一目見ようと興味本位で会いにくる人はいた。

 が、流石にここまで堂々と見られることはなく、精々チラチラと様子を窺う程度のものだった。


 相手は大魔王とすら戦うことのできる勇者と、その一行。

 だから、おいそれと話しかけられないというのが、通常の民衆の心理である。


 さらに言ってしまえば、最近、勇者は大魔王を見事討伐したという噂もあった。

 これによって、勇者一行に不躾な視線を向けることは益々躊躇われていた。


 なので、ここまで自分たちを直視されることは、この1週間では初めてのことだった。

 偽勇者一行は戸惑いの表情を顔に浮かべる。


「……どうする? もしかして、勇者のファンかな?」

「……あなたは喋っちゃ駄目って言ってんでしょぉ」

「……コソコソ話でも、勇者が喋っているとあらば、儂らが本物か疑われてしまうからのぅ」

「……ここは慎重に場を切り抜けよう」


 偽勇者一行は円陣を組んでヒソヒソ話をした後、謎の集団の視線を意識しながらも、カジノへ向けて足早に歩き出す。


「あ、待って待って! そこの美男子なお兄さん!」


 すると、そこで謎の集団の1人である青年に声をかけられた。


「……っ」


 なにか用か、と偽集者は言いかける。

 しかし、それは自分が無言の勇者でないとバラしてしまうことになるので、なんとか思いとどまった。


「お主たち、儂らになんの用じゃ?」

「私たち、あなたたちみたいなのに構ってられるほど暇じゃないんだけどぉ?」


 代わりに、初老の男と妖艶な美女が青年に訊く。


「用というのは他でもない!」


 そこで青年はビシッと偽勇者一行を指さし、言葉を紡いだ。


「……アンタたちが最近この宿に泊まってる勇者たちで合ってる?」

「…………ハッハッハッ! なにを訊くかと思えば、そんなことか」


 青年の問いに、蜥蜴族の男が答える。


「当り前のことを訊くな。ここにいるお方が、あの『無言の勇者』に決まっている」

「へー、そうなんだ」

「随分とまぁ……命知らずな嘘をつくものね……」

「儂とそんな年も変わらんじゃろうに……どうしてフサフサなんじゃ……」

「……も、もしや……私は男だと思われていたのか……?」

「?」


 偽勇者一行は、青年たちの反応(主に青年と少女の反応)を見て首を傾げた。


 いったい、この者たちはなんなのだろう。

 そう思うものの、それを興味本位で訊くのも良くないという予感を抱き、偽勇者は黙考する。


「おい、貴様たちはさっきからなんなんだ。俺たち勇者一行に対して失礼なんじゃないか?」


 そこで蜥蜴族の男が怒り気味にそう言いだした。


「失礼なのはどっちよ!」

「……なに?」


 すると、白いフードを纏った少女が突然怒り出した。


「私たちは本物の勇者一行よ! それを相手にして随分なこと言うじゃない! 牢屋にぶち込まれる覚悟はあるのよね!」

「な……! ほ、本物……だと……?」


 少女の話す内容に、偽勇者一行は驚いた。


 まさか、本当に本物が来てしまったのだろうか。

 であるならば、捕まったら牢屋に入れられるどころでは済まない。


「どのような沙汰が下されるかは、ワシらにもわからぬ。じゃが、相当重い罪であるということだけは覚悟せい。偽者たちよ」

「ぐっ……!」


 偽物の『王家の紋章』を使ってまで、このようなことをしていたのだから、下手をすると死刑になる可能性だってある。

 偽勇者一行は、そこで自分たちの犯した罪の重さと初めて向き合うこととなった。


 この仕事を依頼してきた貴族は『なにも問題ない』と言っていた。

 そんな言葉にどれほどの信ぴょう性があったのかわからないものの、その仕事で支払われる報酬があまりにも高額であったため、偽勇者一行はつい魔がさしてしまったのである。


「……あ、あらあら、私たちが偽者ですって? それこそ失礼ってもんじゃない?」


 震える偽勇者一行の中、妖艶な美女だけは負けじと謎の集団に言い返した。


「私たちが偽物で、あなたたちが本物だっていうの? だったら、本物の勇者はどこにいるっていうのよ」


 見たところ、謎の集団の中に勇者はいない。

 であれば、こちら側にもまだ活路は残されている。


 そう思った偽勇者一行は、今の発言を後押しすることにした。


「勇者も連れずに本物を名乗るとは、お主らこそ本当は偽物なんじゃないかのぅ?」

「もしそうだったら大変なことになるな。お前たちこそ、罪に問われる覚悟はできてるんだろうな!」

「……あっ、その、勇者は俺です」

「「「「!?」」」」


 突如、下男だと思っていた青年が、自分こそが勇者であると言いだして、手を小さく挙げた。

 そのことに偽勇者一行は一瞬驚くも、さっきまでの青年の言動を思い出して、途端に笑いだいた。


「ブッハハハハハ! お、お前が無言の勇者だっていうのか?」

「無言の勇者なのに喋ってるし、ブフッ……もうちょっと考えて発言しなさいよ」

「じゃが、今はなかなか面白いジョークじゃったぞ……くく……」


 偽勇者一行の笑いは止まらない。

 無言の勇者を演じている美男子でさえ、声に出して笑うまいと必死にこらえている始末である。


「アルトのバカ……なんで喋っちゃうのよ……」

「お兄ちゃんに喋るなと言うのが無理な話だと思うのです」

「向こうにいる男性のほうがよっぽど『無言の勇者』らしいですわ……」


 青年の後ろにいた少女たち3人が呟く。

 すると、青年はアワアワと焦った様子で偽勇者一行に訴えかける。


「ほ、本当だよ!? いつものクセでつい喋っちゃったけど、俺、本当に無言の勇者だよ!?」

「はいはい、面白い冗談だと思うけど、引くタイミングはもうちょっと考えましょうね」

「それじゃあ、またどこかで会いまみえようぞ。喋る無言の勇者殿……くく……」


 もうここで話し続けることもあるまい。

 この謎の集団は、ただの漫才集団である。

 そう判断した偽勇者一行は、カジノへ向けて再出発する。


 ――そのとき。


「ハァ……ハァ……! あ! ゆ、勇者様! お助け下さい!」


 街を守る衛兵の1人が、偽勇者たちのところへ駆けつけてきた。


「ノワール教団と名乗る組織が街を襲撃してきました! 我々では手に負えません! どうか、我々にお力添えを!」

「「「「!?」」」」


 偽勇者一行の顔が青ざめた。

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