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第3話 VS国王様 ~そのとき勇者は喋った~

(おもて)を上げよ」


 ストラクタ大陸北端に位置するスタート王国。

 その国の王であるアレクセイ・ツァーレス・スタートは、謁見の場にて(ひざまず)く4人を見下ろしつつ命じた.


 『大賢者』ことイーダ・フェンシス。

 『天才魔法使い』ことイーナ・フェンシス。

 『ガルザスの狂戦士』ことクレア・グクリア。

 そして『無言の勇者』ことアルト。


 巷では勇者一行として知られている、人々の救世主たちがそこにいた。


「此度の働き、誠に大儀であった」


 アレクセイは顔を上げた4人に、労をねぎらう言葉をかけた。


 大儀とはすなわち、大魔王討伐の件に他ならない。

 勇者一行は1年前にスタート国を出発し、人の国を脅かす大魔王を見事討伐してきたのである。


「明日は勇者の大魔王討伐を祝し、国を挙げての宴を催すこととしようぞ」


 それに対し、国王が勇者達に向けて賞賛の声をかけるのは、至極当然の成り行きだった。


「(……勇者の様子が、ちとおかしく見えるな)」


 そんななか、国王は勇者アルトを見て、わずかな引っかかりを覚えていた。


 勇者召喚の大儀式によって呼び出された勇者アルトは言葉を話さない。

 普段は首を縦に振るか横に振るかで意思表示をするのである。


 それだけではどうしても伝えられない物。

 例えば『アルト』という名前などについては、魔法文字(マジックワード)を一言だけ宙に浮かばせ、周囲の人間に知らせてきた。


 また、勇者はあらゆる魔法を無詠唱で行える。

 そのため、一部の魔法使いからカルト的な人気を集めていたりもする。

 加えて、勇者はいかなるときも常に無表情、無感情であるとの報告がなされていた。


 つまり、勇者であるということ以外、ほとんどわからない。

 たとえ国王であっても、今まで勇者がなにを思っていたのか知る術などなかった。


 そんな勇者の様子が、今日は少し違う。

 跪くのがイーダたちより1テンポ遅れており、顔を上げるのも周りの様子を見てからだった。

 その行動は、これまでの人形めいたものとは違って、どこか人間くさいところがある。

 以前目にした勇者と印象が異なり、国王は戸惑いの感情を抱いた。


「……ゴッホン。さて、勇者よ。異世界から召喚され、見事我らを救った貴公には、余から褒賞を与えることとする。望むものがあれば、なんなりと申すがよい」


 しかし、世界を救った英雄であることには変わりない。

 国王は勇者に褒賞を与えることにした。


「とは言ったものの、貴公は言葉を語らぬのであったな。褒賞については後日、そこにいる大臣へ伝えよ」


 また、喋らない勇者に配慮し、この場で褒賞を決めさせるようなことはしない。

 スタート王国の現国王は、融通の利く長であった。


「陛下」

「……なんだ」


 そんなとき、静かに謁見の間へと入室した騎士団長を通して、傍に控えていた大臣が国王に小さな声で報告を行った。

 国王はその報告に耳を傾け、『ほぅ……』と静かに息をつく。


「わかった。通せ」

「ハハッ」


 国王の命を受けた大臣は、騎士団長に向かって指示を飛ばす。

 すると、謁見の場に1人の少女が連れてこられた。


 瞳は金色、さらりとなびく美しい黒髪を持つ少女だった。

 12、13才ほどといった見た目で、非常に整った容姿をしている。


 そして、スカートから細い龍の尻尾めいたものが見え隠れしている。

 国王はそれを見て、彼女は魔族の頂点に位置する種族――龍魔族であると判断した。


「こやつが大魔王の娘か」

「その通りでございます」


 国王の問いかけに、騎士団長は膝をつきつつ答えた。

 鎖で首と両手を繋がれ、玉座の前に連れてこられた少女は、大魔王の娘、ヌルシー・ドラゴネスであった。


「……息子ではなく娘であったか」

「我々の調べによると、大魔王、ルシフェル・ドラゴネスには一人娘しか存在しないようです」

「ふむ……」

「陛下! 見た目に騙されてはいけませぬぞ!」

「わかっておる」


 大臣に頷きつつ、国王は目の前で(ひざまず)かされている少女を見て不憫に思った。


 幼きこの少女に罪はない。

 そう知りつつも、王は王の職務を全うすべく、処遇を告げる。


「禍根は……残すべきではない。3日後、この者を公開処刑に処せ」

「ハハッ! 仰せのままに!」


 これが王のとるべき選択。

 これが王の下すべき決断。


 国王は、目の前でなにも言わず頭を垂れる少女に心の中で詫びた。

 なおかつ、それを表情に出さず、気丈な態度を振舞い続ける。




「……おい、ちょっと待てよ」




 ――そのとき勇者が喋った。



 勇者が、あの『無言の勇者』が、言葉を紡いだのである。


「「「…………ッ!?」」」


 その驚愕の事実に、国王は目を丸くし、大臣はあんぐりと口を開け、騎士団長は体を震わせ、周りで事の成り行きを見守っていた貴族たちから驚愕めいたどよめき声が聞こえ始めた。

 イーダ、イーナ、クレアの3人すらも、勇者を見ながらアワアワと戸惑っている始末である。


 もはや、この場に勇者を止められる者など存在しなかった。


「彼女は、なにか悪いことをしたのか?」

「い、いや……そ、そういうわけではないが……」


 そして、勇者の口調も驚嘆に値する。


 勇者は、王に対してタメ口を使っていた。

 スタート王国における最高権力者たるアレクセイ・ツァーレス・スタートを相手にして、タメ口で問いかけたのである。


 この事実に、普段なら大臣が『無礼である』と告げるところであった。

 だが、今回の相手は訳が違う。


 国王に物申した無法者は、大魔王を撃ち滅ぼした勇者。

 世界最強と言っても差し支えない。

 さらに言えば、今までなにがあっても無言を貫いていたはずの勇者が、王に向かって怒り混じりの言葉を吐いている。



 ――これは、国が滅ぶ。



 国王は、己を睨む勇者を見て、そんな予感を抱いた。

 手足が震え、顔から冷や汗が噴き出す。


「なら、処刑とか言うのは、よしてくれよ」

「ふ、ふむ……し、しかし……」


 勇者の要請に対し、国王は動揺を顔に出さぬよう必死に無表情を保ちつつ、頭を悩ませる。


 ここで勇者の願いを叶えることは、やぶさかでもない。

 大魔王を討伐した勇者の言葉はできる限り聞き入れよう、と国王は考えていた。

 それに元々、少女を処刑するのにも気が乗らなかった。


 しかし、目の前にいる少女は大魔王の娘。

 もしも生かしておいたなら、今後どのような災いとなるか、わかったものではない。


「こやつは大魔王の娘。国の災いとなりうる者だ」

「でも、まだなにもしていないんでしょう? 未来の罪を考えて罰を下すのが正しいっていうなら、人なんて全員処刑しないとじゃないか」

「うむ……」


 たしかに、勇者の理屈にも一理ある。

 極論めいた部分はあれど、その言葉の本質には、人の尊厳を守ろうとする真っ当な思いが込められている、と国王は感じた。


「だが、災いとなる可能性が高いのも事実。このままにしておくわけにはいかぬ」


 けれど、己は人ではなく王。

 国の不利益となりうるものであれば、その芽を摘み取ることもしなければならない。


 そう思った国王は、勇者にゆっくりと首を振った。


「……だったら、その災いが起きなければ問題ないんだろう?」

「? 確かにそうだが……」

「なら、この子が災いを起こさないよう、俺が見張ってるよ」

「!?」


 それでも食い下がった勇者は、こともあろうに、大魔王の娘を見張ると言い出した。

 国王の目が大きく見開かれる。


「それなら問題ないだろう?」

「う……うむ……それなら……あるいは……」


 目の前にいる者は、世界最強の男。

 大魔王の娘といえど、少女相手に遅れを取るような存在ではない。


 国王は、勇者の提案に一定の妥当性を見い出した。

 口元に蓄えられたヒゲに手をそえ、一考する。


「……よし、勇者アルトよ。貴公の提案は、大魔王討伐への褒賞として聞きいれよう。よいな?」

「ああ、別にいいよ。元々、褒賞なんて貰う気もなかったし」

「ほぉ…………なるほど……そうか」


 褒賞を貰う気がない。

 それを聞いた国王は、目の前にいる男が真に『勇者』という存在であるのだと再確認した。


 誰かのために戦える者。

 誰かのためなら国の王にすら歯向かえる者。

 そして、それに対する見返りを一切求めぬ、高潔な精神を持つ者。


 人として、こうありたいとする姿を、国王は目の前にいる男に感じとった。


「素晴らしい……余は貴公のことを高く評価するぞ」


 国王はこのとき、勇者を初めて真の勇者と認め、ともに今後も国の平和に尽力していきたいという気持ちを胸に宿した。


「……すみません、いきなり怒っちゃったりなんかして」

「構わぬ。だが、この娘を完全に自由とするわけにはいかぬな。ヌルシー・ドラゴネスは勇者の所有物とし、奴隷呪を刻ませてもらう」

「奴隷呪?」

「所有者の命令を絶対とする呪いだ。この娘は、所有者たる勇者と、国王である余の命令には逆らえぬようになる。これならば、ひとまずは問題あるまい」

「そ、そうなんですか」


 国王の説明を聞くと、勇者は苦い顔をし始めた。


 もしかしたら、勇者は少女を奴隷の身分に落とすことに、罪悪感を抱いているのやもしれない。

 そう思った国王は、心優しき勇者への評価を、さらに上昇させていく。


「いやなに。その娘が国に害を及ぼすようなことをしなければ、奴隷呪も使わずに済む。貴公が気に病むことではないぞ」

「は、はあ」


 国王が労わる言葉をかけると、勇者は気の抜けたような返事をした。


 しかし今の国王は、そんな勇者の態度など気にならない。

 人のあり方を体現した勇者の振る舞いに、ただただ感激するのみであった。


「ああ、あとそれと、宴というのもナシの方向で。なにか喋れと言われても無理ですし」

「ふむ、そうか」


 主賓がなにも言わずに場を切り抜けることは難しい。

 また、勇者が言葉を話せるとこの場で証明してしまった以上、勇者にはなにかしらのスピーチを行ってもらう流れになる。

 こう考えた国王は、勇者の憂いをなくすべく、祝いの仕方を改めることとした。



 勇者は、『喋れない』という理由で、宴を催すのを嫌った。

 これに対し国王は、勇者が喋ることは特別なのだ、と判断して聞き入れたのである。



 勇者の言葉は……誰かを助けるときのみ紡がれる。

 そう考えた国王は、勇者のことを無礼とは思わず、むしろ尊敬の念さえ抱いた。


「今日という日は、誠に良き日であるな」


 そして、最後に国王は気分良くそう言って、勇者一行を謁見の間から下がらせたのだった。

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