第27話 王様が貴族にさせたそうにこちらを見ている
俺が異世界に来てから2週間ほどが経過した。
その間、俺は相変わらずの気楽な毎日を過ごしていた。
「ルッシー、お手」
「キュルゥ」
王宮で借りている自室にて。
今日も俺は、最近の日課であるドラゴンのしつけをこなしていた。
「おすわり」
「キュルゥ」
「ふせ」
「キュルッ」
「ちんちん」
「キュルキュルゥ」
フッ……完璧だ……。
2週間でこれほど言うことを聞かせられるようになるとは。
今日から俺はドラゴンマスターアルトと名乗ってもいいんじゃなかろうか。
「お兄ちゃんはパパをしつけるのが好きですね」
そんなことを思っていたら、俺のところにヌルシーが話しかけてきた。
パパというのは、もちろんこのドラゴンのことだ。
元はルシフェル・ドラゴネスという名前だったようだが、俺はルッシーと呼んでいる。
そっちのほうが愛嬌があっていいと思うからね。
ちっちゃなドラゴンの姿はとっても愛くるしいし、ルシフェルより合ってるだろう。
ちなみにだが、ルッシーは言葉を喋らない。
大魔王の生まれ変わりとのことだが、『俺にはわかってるんだぜ……ほら、喋ってみろよ……』とか語りかけてみても、『キュルゥ』としか言わない。
あざとすぎて愛くるしいぜっ。
まあ、生まれ変わりだからといって、記憶まで引き継がれているかは微妙なところだ。
これについてはまた後日にいろいろ試してみよう。
「この子は俺が立派なドラゴンに育てるんだ」
記憶とかその辺がはっきりするまでは、ルッシーは生まれたての小ドラゴンとして扱う。
どこに出しても恥ずかしくないドラゴンに育てるのが俺の当面の目標だ!
「さっきのしつけで立派なドラゴンになるかは疑問ですが、私も今の芸、やらせてみたいです」
「おぉ、やってみなさいやってみなさい」
ヌルシーは興味津々といった様子で、ルッシーに『お手』と命じる。
すると、ルッシーはちっちゃな手を彼女の手のひらにちょこんと乗せた。
あぁ!
なんて愛くるしい構図なんだっ!
可愛いと愛くるしいが合わさって最強に見えるっ……!
「あなたたちは、さっきからなにをやってるんですの……」
「お、フラミーか」
俺がヌルシーたちの様子に心を和ませていると、フラミーが声をかけてきた。
さっきまでどこかに行ってたみたいだが、俺たちと離れるのが寂しくて戻ってきちゃったのかな?
可愛いところもあるもんだぜっ!
「フラミーも一緒にどうだ?」
俺やフラミー、それにイーダやイーナ、クレアといったメンツは、このドラゴンが黒龍王の生まれ変わりだということをヌルシーから教えてもらっている。
王様とかにも言っていいとは思うんだが、まあ、念のため勇者パーティーの面子とフラミー以外には隠している。
教えたら、もしかしたらルッシーを殺処分されちゃうかもしれないからね。
それはちょっと可愛そうだ。
だけどそれは、万が一にもルッシーが国の中で暴れるようなことがあれば、俺がなんとかするしかないということでもある。
わりと責任重大だなぁ。
「遠慮しておきますわ。さすがに私も、黒龍王の生まれ変わりにお手をする度胸はありませんの」
「そっかー」
2人と1匹による微笑ましいじゃれ合いが見られるチャンスだと思ったのに。
ちょっぴり残念。
「それはそうとアルトさん。先ほど、国王陛下があなたを呼んでましたの」
「へ? 王様が?」
「執務室で待っているとのことですの」
なんの用だろ。
謁見の間でじゃなく執務室でとのことだから、個人的に話したいことでもあるのかな?
「というか、なんでフラミーがそんな伝言役を?」
「先ほどまで、私は魔族元老院の方々と国王陛下を話し合いを拝聴してましたの」
「へぇ~、フラミーってそういう話に興味あるんだ」
「当然ですわ。この会談は魔族と人間族の今後を決める重要なものなんですの」
わりとフラミーって、魔族の今後とかに耳を傾けられる素養があるんだな。
まだ子どもなのに、わりとビックリだ。
「場合によっては、お父様にも報告しなければならないのですから、私も真剣ですわ」
「お父様って、赤龍王のことだよね?」
「そうですの」
赤龍王は、他の四龍王である白龍王、青龍王、緑龍王と同様に、人間族と魔族の争いには不干渉な立場だ。
それでも、今回の和平交渉が上手くいったなら、赤龍王にも当然話がいくことになる。
このとき、その会談の様子をよく知る人物が身内にいれば、いろいろと強力も仰げそうだな。
なかなか責任重大じゃん、フラミー。
「魔族と人間族が争わなくなれば、ヌルシーもきっと奴隷から解放されますの」
「ほほぅ……そういうことか」
ヌルシーを旗印にして魔族が争いを再開する、というような可能性もなくはない。
だから、和睦のようなものが成立した後でも、人間族側は彼女をそのまま手元に置いておきたいと思うことだろう。
あくまで彼女が暗殺とかされなければだけど。
でも、もしかしたら奴隷からは解放されるかもしれない。
人間族と魔族の関係が改善されれば、フラミーみたいに客人みたいな扱いを受けられる可能性はある。
それを狙ってるから、フラミーはこうも会談に熱心なのか。
友達思いの良い子じゃないの。
くぅ……泣かせるねぇっ!
「フラミー……俺、君のことを今までツッコミ担当ドリルだとばかり思ってたけど、ちょっとだけ考えを改めることにするよ……」
「私、今とんでもない罵倒をされた気がしますの」
感激のあまり鼻をツーンとさせていると、フラミーはジト目で俺を見だした。
罵倒ではない。
今の発言は俺なりの褒め言葉だ。
これからも是非ツッコミ担当ドリルでいてくれたまへ。
……とまあ、冗談は置いときまして。
ヌルシーの立場については、俺も思うところがある。
彼女本人はあんまり気にしてないみたいだけど、奴隷のままっていうのは俺がイヤだな。
今後、どうにかできればいいんだけど。
とりあえず、その話を考えるよりも先に、王様のお話を聞きに行くことを優先しよう。
「それじゃあ、ちょっと王様のとこに行ってこよっか。ヌルシーも来る?」
「というより、私とお兄ちゃんは特に理由がない限りは一緒に行動する必要があるので、行くしかないです」
「それもそっか」
ヌルシーが人に危害を加えるようには見えない。
だから、見張らなきゃいけないということも、つい忘れてしまうな。
「ヌルシーも行くなら、私も行きますわ。陛下には粗相をしちゃ駄目ですわよ? アルトさん」
「はーい、わかったよお母さん。じゃなかった、フラミー」
「その間違いはわざとでも凄くイヤだからやめてほしいですの!?」
そうして俺たちは、王様のいる執務室へと向かうことにしたのだった。
「おお、来たか、勇者よ」
執務室にて。
王様は俺たちを歓迎するように微笑んだ。
「貴公を呼んだのは他でもない。今日は貴公に良い話があるのだ」
良い話?
いったいなんだろ。
「ああ、無理に喋らずとも良いぞ。以前と同様、余が一方的に話し、最後に勇者がイエスかノーで答えてくれれば、それで構わぬ」
王様は、どうも俺のことを勘違いしてるっぽいんだよな。
結構喋ってるところを見せたはずなのに、いまだにこうして『無言の勇者』への配慮をしてくれている。
それはそれで楽とも言えるから、別にいいんだけどね。
「ゴッホン……それで、早速本題に入るが……近々、貴公に貴族の位を授けようと思うのだ」
貴族の位?
それが俺にとって良い話なのか?
「えっ、アルトさん、貴族ではなかったんですの?」
「衝撃の事実ですね」
なんだ。
ヌルシーとフラミーは俺のことを貴族だと思ってたのか。
それはそれで、俺にとっては衝撃の事実だ。
「伯爵の位を用意した。これは、国を救ってくれた貴公への褒賞と受け取ってくれて構わぬ」
国の危機っていうのは、大魔王討伐の件だけってわけじゃないんだろうな。
アンデッドドラゴンの件や、魔族元老院の件なども含めたものなんだろう。
にしても、伯爵の地位ってどんなもんなんだろ。
爵位って確か、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番で偉いんだったっけ?
「元はヴェルディナンドの爵位だったものなのだが、それを貴公にと思ってな」
ああ……あの毒盛り大臣さんね。
それじゃあ、空いたポストに俺が入るってこと?
俺、政治なんてこれっぽっちもできないよ?
「心配せずともよい。この話は、ヴェルディナンドの業務を貴公に代わって行ってほしいというものではないぞ」
王様に俺の心配が届いたのか、片手を軽く振りながら言葉をそう付け足した。
「ヴェルディナンドの行っていた業務の大半は他の者に任せる。なので、貴公は伯爵と言う地位と、ヴェルディナンドが所有していた土地の所有権を手に入れるだけだ」
ん?
土地?
行政はやらなくていいみたいだけど、俺が伯爵の地位についたら土地の管理をしなくちゃならないの?
「ヴェルディナンドが管理していた土地は、一度余のもとに戻ってくる予定になっているのだが……勇者になら預けてもよいと余は考えている」
そうなのか。
王様はずいぶんと俺のことを買い被ってらっしゃるようだな。
「それで……どうだ? この話、受けてくれるか?」
「…………」
どうしようか。
少しの間、そう思う俺だったが……すぐに首を横に振った。
「ふ、ふむ……そうか……ま、まあ急な話ではあったからな……」
王様はそこで大きく狼狽しだした。
俺が話を断るなんて思っていなかったのか。
まあ、俺も多少は貴族の地位ってやつに揺らぐものもあったんだけどね。
お話はありがたいけど、俺は貴族ってガラじゃないでしょ。
貴族らしい振る舞いなんてできないし、土地管理もできない。
爵位を貰ったって恥をかくだけだよ。
だったら、下手に爵位なんて貰わないほうがいい。
俺はただの平民として過ごすよ。
「し、しかし……この場ですぐ決めてしまうのもよくはなかろう……先の話は、また後日に訊ねよう……」
俺の貴族入りを諦めてないみたいだな。
王様にとって、これはわりと重要なことだったりするのかね?
「ち、父上」
「む? おお、来たか、アレスティアよ」
と思っていたら、そこで執務室のドアがノックされ、1人の女の子――アレスティアが入室してきた。
……男装だったはずのアレスティアは、今日は豪奢なドレスと気合の入ったメイクをしていて、俺を見ながらぎこちない笑みを浮かべた。




