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第26話 勇者召喚の儀

 勇者召喚の儀。

 スタート王国の南西部にある古代遺跡にて、その儀式の手順が記された石版が発掘された。


 そんな出来事があってから1年の月日が経過した頃。

 国王、アレクセイ・ツァーレス・スタートは『大賢者』ことイーダ・フェンシスに命じ、城の一室で儀式を行わせた。


 イーダと孫のイーナ・フェンシスを含めた5人の魔法使いは、特殊なインクを用いて床に複雑な模様の魔法陣を描き、その上で輪になるようにして立つ。

 そして5人は、それぞれが担当する詠唱を順番に口にしてゆく。


「――『勇者召喚』!」


 10分にもおよぶ詠唱は、イーダによる最後の言葉で締めくくられた。

 すると、その瞬間に部屋の中心から強烈な白色光があふれ出し、イーダたちを呑みこんでいく。


「く………………おお……どうやら、成功したみたいじゃのう……」


 徐々に弱まっていく光の中、イーダは部屋の中心に今までいなかった人の気配を感じとり、口元をニヤリとさせる。


 勇者召喚の儀は成功した。

 我々の呼びかけに応え、神の代行者たる勇者が、ついに目の前に現れた。


 イーダはそう確信して、瞑っていた目をゆっくりと開いていく。


「……ほっほっほっ、この者が勇者か。悪くない顔つきじゃ」


 部屋の中心に立つ見知らぬ青年。

 それを見て、イーダはそんな感想を漏らした。


 スタート国では珍しい黒髪黒目。

 それ以外は特に目立った印象を受けるような青年ではなかった。

 けれど、イーダにはその青年が並々ならぬ力を秘めた存在であると一瞬で看破できた。


 ただ……。


「お初にお目にかかる。ワシはお主をこの世界に呼び出した魔法使いのイーダじゃ。お主の名は?」


 イーダが声をかける。

 しかし、青年は黙ったまま、表情を少しも変えずに立ち尽くしていた。


「……? どうしたのじゃ? もしや……ワシらの言葉がわからぬのか?」


 勇者として召喚された者は、類い稀なる資質と、意思疎通を行うのに十分な語学力を持っている。

 古代石版の文献には、そう記されていた。


 なので、イーダは勇者が言葉がわからないはずがないと思っていた。


「召喚方法に、なにか綻びでもあったのかのう……」


 もし勇者に問題があるとすれば、それは召喚のやり方に問題があるのだろう。

 そう思ったイーダは、頭の中で勇者召喚に用いた魔法陣に不備がなかったか、今一度精査し始める。


「! おじいちゃん、勇者様が……」

「なんじゃ? …………っ!」


 と、そのとき、勇者である青年の目の前に、『アルト』という文字が浮かび上がった。

 これは、魔力にて意志を伝える魔法文字(マジックワード)に他ならない。


「アルト……それがお主の名前かのう?」


 イーダが問いかける。

 すると、青年は首を縦に振って答えた。


「(はて……もしや、勇者は喋ることができぬのかのう……?)」


 そんな青年の様子を見て、イーダは心の中でそう思い、首を傾げた。


「素晴らしい。イーダよ、よくぞ勇者を召喚してくれた。褒めて遣わす」


 そうしていると、傍で勇者召喚の儀を見守っていた国王が、上機嫌な様子で青年のほうを向く。


「勇者アルトよ。貴公はどのような目的で我がスタート王国に呼ばれたか、わかるか?」


 国王の問いに、青年は首を横に振る。


「……そうか、では、そこにいるイーダとイーナに詳しい事情を聞くが良い。その後、再び余の前に姿を現すがいい」


 ここでアレコレと詳しい説明をしていられるほど、国王も暇ではなかった。

 国王は勇者召喚の儀の成功を確認すると、そそくさと部屋をあとにした。


「ふむ……どうやら言葉が喋れぬようじゃが、ワシらの言葉を理解できないわけではないようじゃな」


 これまでの様子からして、勇者は言葉が喋れないと思っておいたほうが良い。

 そう判断するも、言葉が理解できないわけではないのなら問題はないだろう、とイーダは考え直す。


「おじいちゃん、どうする?」

「そうじゃな、ひとまず、勇者……アルト殿を客人の部屋に案内してもらえんか? ここで立ち話をするのもなんじゃしのう」

「わかったわ」


 イーダは孫のイーナに城を案内させることにした。

 それは、青年と最も歳の近そうなイーナであれば、打ち解けるのも早かろうと思っての気配りだった。


「ワシはもう一度、魔法陣に不備がなかったか調べる。その間、アルト殿を頼むぞい」

「お安い御用よ。さ、いきましょ……ええっと……アルト」


 こうして、スタート王国に『無言の勇者』は召喚された。






「あなた、全然喋らないのね」


 来客専用の部屋に青年を案内した。

 そこでイーナは、いくら話しかけても首を縦か横にしか振らない青年に、煮え切らない感情を抱いていた。


「まあいいわ……喋らないのか喋れないのか、わかんないけど……あなたが勇者であることには違いないもの」


 多少コミュニケーションを取るのに難があるとはいえ、目の前にいる青年が勇者として召喚されたことには違いない。

 勇者が大魔王を倒してくれれば、それでいい。


 イーナは、青年の人間性などは考えないことに決めた。


「……って! いきなりなにやってんの!?」


 そう思った直後、勇者は部屋にあったタンスの中身を調べ始めた。

 突然のことで驚くも、イーナはその行動になにかしらの意味があるのではないかと思い、それを止めずに見守ることにした。


「……薬草?」


 青年は、タンスの中にあった救急箱から薬草を取り出した。


「(どこか怪我でもしてるのかしら……?)」


 見たところ、別に怪我とかはしていないように見える。

 であれば、なぜ青年はタンスから薬草を取り出したというのか。


「えっ」


 突如、青年は目の前に現れた空間の歪みに向かって、その薬草を放り投げた。


 あれは、勇者だけが扱えるという伝説の魔法『アイテムボックス』なのではないだろうか。

 そして、その『アイテムボックス』を使って……勇者は薬草をネコババしたのではないだろうか。


 これから起こるであろう戦いに備えての行動なのかもしれないが、それは流石にいかがなものか。

 イーナは青年の一連の行動を見て、頭を悩ませた。


「(なにを考えてるのか全然わかんない……助けておじいちゃん……)」


 薬草をネコババしたあとも、なおもせわしなく部屋の中を物色する青年を見ながら、イーナは早くおじいちゃんが来るようにと心の中で願った。


 そんなこともあり、イーナは初めの頃、勇者アルトに対し『変な人』という評価をつけたのだった。

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