第20話 VS一流のギャンブラー
その男は、ギャンブルにおいてほぼ負けナシの賭博師だった。
「(クックックッ……また勝ってしまった)」
今日もまた、スタート王国にある酒場にて開かれたポーカー大会で、並みいる強豪をことごとく打ち負かしていた。
時には参加料以上の物を賭ける者もいたため、男の懐は大会終了を待たずして非常に潤っていた。
これに大会優勝賞金が加われば、当分は遊んで暮らせるほどの額になる。
だが、男はそんな金になど興味はなかった。
「(どうやら、この国にも俺に勝てる奴はいなかったようだな)」
男はギャンブルに強かった。
それは、運が良いというわけでは決してなく、ただ、誰にも負けない巧みなギャンブルテクニックを有していたからこそ強かったのである。
己の表情や仕草を研究し、敵の心理を読み、さらにはイカサマなども駆使し、絶対に勝てるというタイミングを作りだす。
こうした技術を高い水準になるまで磨き抜き、男は常勝不敗のギャンブラーとして巷を騒がせるほどに成長した。
もはや、ギャンブルにおいて自分を負かせられる奴など存在しない。
このポーカー大会でも勝ち続けた男は、そんな確信を胸に秘める。
「(クックックッ………………ん? なんだ……さっき無一文にしたやつじゃないか)」
もはや優勝は自分で決まったと思った。
そんな男の前に、パンツ一丁のチンピラが立った。
「おうおうおう! さっきはよくもやってくれたじゃねえか!」
「よくもやってくれた、とは語弊のある言い方だな」
「なにぃ?」
「君とのギャンブルは、両者合意の上で行われたはずだぜ?」
「ぐぅ…………って、そんなことはどうでもいいんだよ! おいお前、ちょっくらここでリベンジさせろや!」
「……リベンジだと? 馬鹿も休み休み言え」
男は大きなため息をつく。
目の前にいるチンピラは、先ほどポーカーで勝負してみたところ、まったく相手にならなかった。
あれよあれよという間に全財産を巻き上げ、着ている服までも奪い取った。
あまりに弱すぎる。
そのうえ、もう巻き上げられるようなものなど命くらいしかなさそうに見える。
男はチンピラのリベンジを受ける気になれなかった。
「リベンジは俺がするんじゃない! こちらのお方がお前の相手だ!」
「……ほう」
が、勝負はチンピラの後ろにいた青年がするということで、賭博師の男は考えを改めた。
青年の実力がどれほどのものかはわからないものの、こうして連れてこられた者なら、少なくとも弱くはないはず。
身なりも、チンピラよりはよさそうに見える。
払える物があるなら、問題ない。
男は勝負を受けることにした。
「ぁ…………」
「?」
そこで、青年の口が僅かに開き、チンピラになにかを言おうとするようなそぶりをした。
が、すぐにその口を噤み、非常に悩ましげな表情を浮かべだした。
「(今の動きは少し気になるが、まあいい……コイツをこの国で巻き上げる最後の獲物としよう……)」
少し疑問に思いつつも、男は青年とポーカー対決を行うことにした。
レイダの酒場にて開かれたポーカー大会は、トーナメント形式と勝ち抜き形式を混ぜ合わせたようなルールで勝者を決める。
いくつかのグループに別れて行われるポーカーで、チップをすべて失ったプレイヤーは敗退となり、残ったプレイヤーが集まって、またポーカーを行う。
その際、すでに負けてしまったプレイヤーはもう大会に参加できないものの、新規プレイヤーが途中から参加することは認められていた。
後半になってから参加したほうが優勝しやすいルールではあるが、早い段階から参加して、他の参加者から多くのチップを巻き上げるのもアリとする者もいる。
酒場にいる大会参加者をことごとく討ちのめし、金貨にして千枚以上のチップを獲得したこの賭博師の男もまた、大会の序盤から参加したクチであった。
そして、そんな男がこの大会の最後に戦うこととなった青年もまた、良いカモであるとしか思わなかった。
「(……なんだコイツ、弱いじゃねえか)」
青年とポーカーを十数戦行い、男は心の中でため息をついた。
チンピラのつれてきた青年は、文字魔法によってコールやレイズといったゲームの宣言を行う、風変わりなプレイヤーだった。
けれど、風変わりなのはそれだけだった。
自分の手札が良ければ表情を明るくし、悪ければ暗くする。
そんな、ポーカーゲームに最も向いていないような人物だった。
最初こそ、それは演技なのかもしれないと疑った。
しかし、今では確信に近いレベルで『ブラフではない』と思うようになった。
あれは、嘘をついている人間の顔ではない。
一流の賭博師である男には、そういった人を見る目や嗅覚めいたものも鋭かった。
「(なのに…………なんでこうも勝てないんだ……)」
対戦相手はポーカーに向いていない。
であるはずなのに、チップを巻き上げることができない。
なぜなら……青年は自分より良い手が男にきているとき、必ず勝負を降りてしまうからであった。
運が良すぎる。
あるいは、これにはなにかしらのトリックがあるのだろうか。
そう思った男は、より慎重に周囲の様子を窺い、なにか見落としはないかと思案する。
「(イカサマをしているふうには見えない……コイツ、本当に運だけで……?)」
男は頭を悩ませる。
対戦相手である青年の思惑が読みきれない。
こんなことは、ここ数年では初めてのことだった。
「(だったら……こちらからイカサマをしかけてやろう……)」
埒が明かないと判断した男は、自分の服に仕込んでいたカードを使い、手札を良いものにすり替えた。
いくら相手が強運の持ち主であっても、それもずっとは続かない。
常に相手に負けない札を用意すれば、いつか必ず勝てる。
……と思っていたが。
「(!? お、おい……なんでそこで嫌な顔をするんだ……!?)」
男を見る青年の表情が険しくなった。
自分の手札を見てではなく、対戦相手を見て、表情を険しくしているのである。
「(まさか……俺のイカサマがバレた……のか……?)」
こんな表情を向けられるのは、イカサマを見破ったからである可能性が非常に高い。
が、男のイカサマテクニックは、これまで誰にも見破られたことがないほどに巧みであったため、にわかには信じられなかった。
「(く……勝負を降りやがっただと……!? 俺の手が良くなったからなのか!?)」
見破られたという確証が持てないものの、青年が勝負を降りたことで、男の疑念はますます増していく。
「(……もう一度だ……もう一度イカサマをして……相手の出方を見るんだ……)」
イカサマは、見破られれば即アウトの行為である。
勝負は強制的に負けとなり、そこで儲けたチップも没収される。
最悪の場合、命を取られることだってありうる。
イカサマはバレたら終わり。
にもかかわらず、男は自分のイカサマがバレているかどうか、確認をすることにした。
一流の賭博師であるというプライドが、彼をそうさせたのである。
男は再度イカサマを行う。
――すると。
「…………またか」
「!?」
青年の口からボソッと一言声が漏れた。
それを聞き、男はここでとうとう確信する。
「(俺のイカサマを見抜いた……だと……)」
男は表情に出すことなく、心の中だけで頭を抱える。
どうしてバレたのか。
どうして見抜かれたのか。
こんな、素人同然な奴に、どうして自分のイカサマが通じないのか。
悩み、悩み、悩み続けた。
「……そういえば、君の名前を聞いていなかったね。名前はなんていうのかな?」
男は苦し紛れに、青年に名前を訊ねた。
これは、自分のイカサマを見破ったのがどのような人物なのか知りたいがためのものでもあった。
「…………」
すると、青年は文字魔法を使って――『アルト』という文字列を宙に浮かべた。
その文字列を見た瞬間、とある人物のことが頭に浮かんだ。
「聞いて驚くなよ! 今お前と戦ってるこのダンナはなぁ、先日大魔王を討ち滅ぼした無言の勇者様なんだぜぇ!」
「…………!?」
無言の勇者といえば、男にも聞き覚えがあった。
なんでも、無言の勇者は言葉を話さず、なにかを伝える場合は文字魔法を使うらしい。
また、長らくこの世界に恐怖をもたらしていた大魔王を倒したという、比類なき戦闘力の持ち主である、と。
さらに、名前も『アルト』と言い、それはこのスタート王国において珍しくもあった。
同姓同名の別人である可能性は限りなく低い。
「(それじゃあ……俺が今戦っているのは……無言の勇者だっていうのか……?)」
男は無言の勇者と称される青年に視線を向ける。
そして、男はそこで、とんでもない事実に気がつき、心の中に恐怖を芽生えさせた。
「(待て……今、この無言の勇者は『…………またか』と呟いたぞ!?)」
無言の勇者が呟いた。
無言の勇者が一言、『…………またか』と呟いたのである。
自分の完璧なイカサマを見破った以上、目の前にいる対戦相手は絶対に凡人ではない。
自分のイカサマがどれだけ完璧であっても、大魔王を倒すほどの超人相手には通用しないレベルだったのだろう。
そのため、青年が無言の勇者なのだということは、男にとってはわりとすんなり受け入れられた。
だが、そうすると、先ほどの呟きが大問題となる。
無言の勇者は、イカサマを見て不快そうな声を呟いたのであるから、それが問題でないはずなどない。
「…………負けだ…………俺の負けでいい…………」
イカサマを見破られた以上、自分に勝ちの目はない。
そして、それ以上に自分の身が危ない。
自分は今、無言の勇者を怒らせている。
イカサマを仕掛けられて、無言の勇者は声をしてしまうほど怒っているのだ。
先ほどの呟きは、まさしく人が苛立っているときに発するものである。
そう思うと、男は生きた心地がしなかった。
地上最強の相手を怒らせて――男は死を予感したのである。
「(まさか……こんなところで俺のイカサマを破る奴が現れるだなんてな……俺もヤキが回っちまったかね……)」
男は無言の勇者に頭を下げながら、自分がここで巻き上げた金貨をすべて差し出した。
ギャンブルはするが、運に身を任せるようなことはしない。
そして、危ないと思ったらすぐに撤退し、被害を最小限に抑える。
常勝ではない。
不敗ではない。
けれど、皆は男を常勝不敗のギャンブラーと噂する。
それは、彼がそう噂されるに値する勝利と敗北を重ねてきたがゆえであった。
「(勇者アルト……君のことは覚えとくぜ……いつか俺が超えるべきライバルとしてな……)」
こうして、1つの酒場で行われたギャンブルは幕を閉じた。
すると、男はその後、勇者に負けたことをバネにして更なるギャンブルテクニックの研鑽を積むべく、5年にわたる山籠もりを敢行した。
――のちに、男は『賭博の世界にこの人あり』と謳われ、ギャンブルの神として崇められるようになるが、それはまた別のお話。
次回
金貨の価値




