第2話 勘違いする者たち
突然、さっきまでプレイしていたゲームと同じ状況に立たされた。
まったくもって意味がわからない。
もしかして、夢でも見てるんじゃないか?
頬でもつねってみよう。
「……あー……俺、生きてるなー」
痛かった。
どうやら、夢ではないらしい。
じゃあ、ここはどこなんじゃい。
夢でなければ、俺はゲームの中に入ってしまったとでもいうのかね?
「アルト! ここにいたのね!」
「……?」
背後から、女性の声が聞こえてきた。
振り返ってみると、そこには白いローブを着た金髪の少女が走ってくる姿があった。
「おお……アルト殿……1人で大魔王を倒してしまわれたのですな……」
「……流石だな」
さらには、黒いローブを着た白髪白ヒゲのご老人と……鱗のようなものが灰色の肌に貼りついた二足歩行のトカゲっぽい生き物もやってきた。
勇者って、俺のことか?
状況的に、多分そうだと思うんだが……。
それで、彼女たちはいったい誰だ。
特に最後の1匹。
お前はマジでなんなんだ。
普通にビビるわ。
「えっと……あなたたちは……?」
「…………え?」
「なん……じゃと……?」
「……馬鹿なっ」
俺が訊ねると、目の前にいる3人(2人と1匹か……?)は驚いたという表情をした。
どうやら、彼女たちからしたら、俺は知人のようだな。
だが、俺には見覚えなんて全然ない。
「あ、ああああ……アルトが……喋った……聞き間違い……?」
「も、もしや……アルト殿は今まで大魔王に呪いをかけられていて……?」
「……ありうるな」
……あれ?
なんか、別のことに驚かれてない?
「あの……すいませ――」
「う、うわああああああああああ! あ、アルトが喋ったあああああああああ!!!」
「ほ……ほっほっほ! これはめでたい! アルト殿が喋りおったぞ!」
「……やったな」
「…………」
なんだこれ。
なんで俺、喋っただけで喜ばれてんの?
「アルト! も、もっと喋ってみなさいよ!」
「いや……もっとって言われてもな……」
「ふむ! 声は小さいが、勇者らしい澄んだ声音じゃ!」
「……悪くないな」
「…………」
……そろそろ俺、怒っていいかな?
喋っただけで喜ばれるとか、どういう状況だ。
こいつらは俺を馬鹿にしてるのか。
「それで、あなたたちは誰なんですか?」
わけのわからないことで大喜びをしている少女たちに向かって、俺は若干キレ気味に問いかけた。
「え……? アルト……もしかして、アタシたちのことがわからない……?」
「わからない」
「そんな……」
俺が正直に答えると、少女は澄んだ水色の瞳を潤ませて、ご老人のほうを向いた。
……少し強く言いすぎちゃったか?
怖がらせてしまったのなら、悪いことをしたな。
女の子には優しく接しなさいっていうのが家訓だったのに。
「お爺ちゃん……アルト、アタシたちのことを覚えてないって……」
「ふむ……おそらく大魔王は……アルト殿から言葉と引き換えに記憶を奪ったということなのじゃろう……」
「くっ……なんということだ」
「タダでは死ななかったってことね……」
「…………」
……怖がって目を潤ませたわけではないらしい。
それに、どうやら俺は、この3人を知っていて当然っぽい雰囲気だな。
俺は記憶喪失じゃないはずだが、根掘り葉掘り聞かれるよりも、そう勘違いしてくれていたほうがいいか。
呪いってなんじゃいって思うけど。
「えっと……アタシの名前はイーナ・フェンシスよ」
「ワシの名はイーダ・フェンシス。イーナの祖父じゃ」
「……クレアだ」
3人は、それぞれ自己紹介をしてきた。
これに対し、俺も自分の名前を言おうとする。
が、記憶喪失であるなら、それをするのも不自然かと思いなおして黙り込む。
……というか、今の名前には聞き覚えがあるな。
イーナ、イーダ、クレアといえば、俺がゲームでメインでパーティーを組んでいた仲間たちの名前だ。
スタート王国の天才魔法使い、イーナ。
イーナの祖父であり、スタート王国の筆頭魔法使いでもある大賢者、イーダ。
蜥蜴人族の中で最も強い兵である狂戦士、クレア。
この3人は、俺がゲームで仲間にできるキャラクターの中から厳選したメンバーだ。
まあ、それも魔王城の最後らへんまで、という但し書きがつく。
それにしても、こいつらはリアルだとこんな姿をしていたのか。
ゲームでは荒いドット絵だったから、名前を出されるまでわからなかったぞ。
「それで、あなたの名前はアルトよ」
「アルト……か」
ア○スとロ○がまざっている訳ではない。
俺の本名が天咲有人だから『アルト』と名付けたってだけだ。
安直ではあったが、今の状況的に、変な名前をつけなくて良かったと思える。
「しかし、困ったのう……アルト殿が記憶喪失となると……陛下になんとご報告すれば良いか……」
「困ったわね……もしみんなに知られたら一大事よ……」
「…………」
陛下って、あれか。
スタート王国の王様のことを言ってるのか。
勘弁してくれ。
この状況を受け入れるのだけで一杯一杯なのに。
そんな偉い人と会いたくなんてないぞ。
「……勇者は言葉を喋らない……それが共通の認識なのだから、特に問題ないのではないか?」
「む……確かに、そうやも知れぬな」
と、そんなとき、イーダたちは納得したようにウンウンと頷きだした。
「アルト殿が記憶喪失であることはワシらのみの秘密としよう。よいな?」
「ええ、わかったわ!」
「……了解した」
なんだか、話が勝手に進んでいくな。
俺が記憶喪失だと、なにマズいことでもあるのか?
「アルト殿も、自身に記憶がないことを口外せぬよう、気をつけるのじゃぞ。もしそれが何者かに知られでもすれば、アルト殿を巡って内乱が起こる可能性があるのでな」
「な、内乱?」
おいおい。
なんか、物騒なセリフが出てきたな。
今の状況からして、俺は大魔王を倒した勇者という立ち位置なのだろう。
ということは、もしかしたら俺は、この世界で最強の存在なのかもしれない。
だから、そんな俺の記憶がないと知られれば、ちょっとした騒動になる……ってことか?
「アルト殿にはもうしばらくの間、今まで通り『無言の勇者』として振る舞ってもらうぞい」
「ようするに、あんまり喋っちゃ駄目ってことよ」
「はあ……まあ……それで面倒なことにならないのでしたら」
というか今『無言の勇者』とか言われなかったか?
俺って、この世界じゃそんな名称で呼ばれてんの?
どうして――。
……あっ。
そういえば、ゲームをプレイしていたとき、主人公である勇者は一度も喋らなかったな。
某有名RPGシリーズのオマージュだと思っていたが、この世界では勇者が喋らないせいで、そう呼ばれるようになっていたのか。
つまりこの世界は、俺の知るゲームとは微妙に違った、リアル的な部分が混ざった世界だということになる。
やっぱ、これって夢じゃない……のか……?
「皆様! 遂に大魔王を撃ち滅ぼしたのですな!」
「?」
俺がこの世界についての考察を行っていると、白い甲冑を着込んだ兵隊が集団で部屋の中に入ってきた。
「おお、団長殿。よくぞ参られた」
その騎士のような連中の1人である大男が俺たちに近づいてくる。
すると、イーダが軽い調子で片手を挙げた。
どうやら知り合いのようだな。
さしずめ、スタート王国の騎士といったところか?
「大魔王討伐の結果でありましょう。外の魔族どもが蜘蛛の子を散らすように逃げていきましたぞ」
「ほっほっほっ、そうかそうか。なら、この場はお主たちに任せても平気じゃな?」
「お任せください!」
「ふむ、ならワシらは一足先に帰還するかのう」
イーダと大男がそんな会話をし、俺のほうを向いた。
「それでは勇者様、また王都でお会いしましょう!」
「…………」
とりあえず、俺はなにも喋らず、大男を見送った。
声を返さないのは失礼かと思ったけど、今の俺の対応としては、これがベストだろう。
「さて、では一度、王都に飛ぶとするかのう」
「? 飛ぶ?」
飛ぶ、と言い出したイーダに反応して、俺は疑問の声を上げた。
なにか飛行機のようなものでもあるのか?
「こういうことじゃよ」
イーダはそう言うと、手に持った杖を掲げて『すぅっ』と息を吸い込む。
「『ワープ』!」
「!?」
そして、イーダが『ワープ』と唱えると、大広間にいた俺たちは瞬間移動を果たした。
目の前には、大きな城が見える城下町がある。
薄暗い建物の中から明るい外へと急に出たせいで、日差しが若干眩しい。
なるほど、『ワープ』か。
それはファイナルクエストにおいて、かなり有用な移動魔法だったから、俺もよく使ってたな。
……もしかして、今の俺も魔法とか使えたりするのか?
どうやって使うんだろう。
そう思って、俺はイーダに、初級回復魔法である『ライトヒール』を頭の中で念じてみた。
すると、イーダから緑色の光が降り注いだ。
なんか、ちょっとだけ元気になったように見えた。
「……アルト殿。『ワープ』を使ったワシを気遣ってのことかも知れぬが、今のワシは健康体じゃぞ?」
「あー、いや、元気を取り戻させようと思いまして……髪の辺りとか」
「……回復魔法は、死にゆくものにかけても効果はないのじゃ」
「……ごめんなさい」
俺はジト目で見てくる生え際のきわどいご老人に頭を下げた。
く……なんて無慈悲な世界なんだ……!
回復魔法は育毛に使えないなんて……!
神はこの世にいなかった……!
髪だけに……!
……寒い冗談は置いといてだ。
たとえ回復魔法だろうと、不躾に人へするもんじゃなかった。
でも、魔法は使えたな。
「……フフッ」
「あ、アルト? どうしたのよ?」
「ん? いや、なんでもない」
ちょっと、魔法が使えて嬉しくなっただけさ。
俺は自分が魔法を使えるとわかって、ワクワクしていた。
「いや……まてよ……?」
もしかすると『ブレイブスラッシュ』も使えたりするのだろうか。
ドット絵では剣のエフェクトしか見られなかった、あの十五連撃を、実際にやれたりするのだろうか。
やっべ。
テンション上がってきた。
「アルト……顔がにやけてるけど、ホントにどうしたのよ?」
「おっと、失礼」
精神状態が顔に表れてしまっていたようだ。
可愛い女の子の前でニヤケ面をするのはマナー違反だよな。
危ない人と思われかねない。
「そろそろ城の中へ入るぞい」
「……そうだな」
と、俺が顔の表情を引き締めていたら、イーダとクレアが城ヘ向かって歩き出した。
「待ってよお爺ちゃん! ほら、アルトも早くっ!」
「!」
2人の様子を見たイーナが、俺に腕を絡めて引っ張り始める。
そんな彼女の行動に、俺は一瞬ドキッとした。
彼女は俺より身長が20センチくらい小さい。
けれど、育つところは育っているようだ。
わりと大きくて柔らかな膨らみが腕に当たる。
けしからん。
もっと当てなさい。
弾力がわかるように、こうグイグイっと……。
……と思っていたけど、俺よりイーナのほうが速く歩いていて、そこまで強くは胸の感触を味わえなかった。
でも、いい経験をした。
Thank you Oppai!
そんなこんなで、俺は鼻の下が伸びそうになるのを堪えつつ、足を城のほうへと進めていった
さて、初めて会う王様はどんな人かなぁ。
次回
VS国王様