第16話 勇者一行の力
翌朝。
俺は城内のとある一室で目を覚ました。
爽やかな朝だ。
俺は今まで夢を見ていて、起きてみたら自分の部屋だった……ということもあるかもしれないと思ったけど、それはなかったようだ。
部屋から出る準備を整えた後、隣にあるベッドのほうへ視線を向ける。
そこには、仲睦まじく寄り添っているヌルシーとフラミーの寝顔があった。
2人とも、可愛らしくスヤスヤと寝息を立てている。
ゲームをやっていたつもりが、異世界に飛ばされていた。
そんな昨日の出来事は、どうやら本当だったようだ。
まあ、それは別に構わない。
それよりも、今はもっと重要なことがある!
「やっぱり可愛いは正義だな!」
そう、それはこのラブリーな2人の寝顔についてだ!
なんて愛くるしいのか!
一種の芸術である!
これは絵画として後世に残しておくべきなのではないか!
どなたか、芸術家の方はいらっしゃいませんかー!
この異世界に芸術家の方はいらっしゃいませんかー!
「ん……んん……」
「おっと……」
いかんいかん。
物音をたてて、あやうく彼女たちを起こしてしまうところだった。
正直なところ、このまま2人の寝顔を永久に見続けていたいところではある。
が、俺は断腸の思いで、彼女たちから視線を逸らすことにした。
邪魔者は部屋から立ち去るべし。
バイバイ、俺!
「……よし、それじゃあ朝の散歩でもしてくるかな」
そして俺は、フラミーの巻き髪にバナナを仕込んで退室した。
早朝の城内って、どうなってるのかなぁ。
「……む、勇者か」
「おお……おはよう」
城内探索をしていると、朝日に照らされた庭園で1人(と数えていいんだよな?)のトカゲを発見した。
あれはクレアか。
アイツが視界に入ると、いまだにちょっと身構えちゃうんだよな。
別に怖いというわけじゃないけど。
「こんなところでなにしてるんだ?」
「……剣の鍛錬だ」
「大魔王は倒したのにか?」
「……戦士は、いかなるときでも己を鍛える……いつ新たな敵が現れるとも限らんからな」
「そっか」
真面目な奴だな。
これが真の戦士ということか。
「……勇者も、私と鍛練をするか?」
「いや、俺はいい。また今度誘ってくれ」
「…………そうか、残念だ」
誘いを断ると、クレアはやや声のトーンを落とした。
なんか、本当に残念がってるみたいだな。
……そういえば、クレアの強さってどんなもんなんだろうか。
ゲームでは、パーティーを解散したあと俺1人で効率良くレベル上げをしたから、結構ステータスにも差が出ていたと思うんだが。
そんなことを思いながら、俺はクレアに向かって『サーチ』を発動させた。
クレア・グクリア ♀
身体能力 151805
魔法能力 0
へえ。
魔法能力は0だけど、身体能力は15万か。
10万越えは俺以外だと初めて見たな。
まあ、それでも3倍以上の差があるが。
……ん?
「……なあ、クレア」
「……なんだ?」
「お前って……女?」
「……そうだが?」
「…………」
……初めて知った。
というか、ゲームでは性別とかなかったような気がする。
トカゲの性別が男か女かなんて興味ないし、その辺は見てもしょうがないと思ってスルーしてたのかもしれない。
そもそも、それ以前に『クレア』ってヨーロッパとかでよく使われてる女性名じゃん。
女じゃなかったら逆に変だったか。
「……貴様……もしや、私が男に見えると?」
「いや……そういうわけじゃないんだけど……」
どう見てもトカゲだから、俺には男なのか女なのかわからん。
でも、そんなことを面と向かって言うのは失礼だわな。
「……どうせ、私は胸も薄いしガサツな女だ……間違われるのも仕方がないのかもしれん」
「…………」
女の魅力があるかについて、ちょっと気にしていたようだ。
クレアは、俺が鍛錬を断ったときよりもガックリと肩を落としている。
「まあ……なんだ、そういうのが良いっていう人もいるだろ」
とりあえず慰めの言葉をかけてみた。
なんともまあ気の利かないセリフだけど、言わないよりはマシだろう。
「……なら、勇者はどう思う?」
「え?」
「……勇者は私のことをどう思う?」
いや、どう思うかと言われましても。
爬虫類だなとしか思いませんけども。
「……私は少々強くなりすぎた。故郷に帰っても、私に敵うオスはいないだろう」
「そうなの?」
「……そうだ。私に肉弾戦で勝てるオスは、おそらく勇者だけだ」
クレアはそう言うと、薄く開けた目で俺をじっと見つめてきた。
その視線を浴びた俺は、体を僅かに震わす。
「……なあ、勇者」
「な、なにかな?」
「……私と交尾をする気はないか?」
「全力でお断りします」
嫌な予感が見事に命中した。
この爬虫類はなにを言っているんだ。
流石の俺でも、爬虫類萌えはない。
トカゲ相手に性的興奮は起こさないし、起こせないぞ。
「というか、そもそも種族が違うんじゃ子どもなんてできないだろ」
「……前例がないわけではないぞ。人族と蜥蜴族の組み合わせでの繁殖は可能だ」
マジか。
誰だよそんなことを試した奴は。
俺よりよっぽど勇者じゃん。
「……勇者の子種であれば、強い戦士を生めるだろう」
「いや、だからそんなことしませんから。交尾なんてしませんから」
そういうことは美少女にでもなってから言ってほしい。
爬虫類のままでは、どうあってもノーサンキューだ。
「……残念だ」
クレアはそう呟いて、剣の素振りを始めた。
どうやら諦めてくれたようだ。
これでなお迫ってきたら、ぶん殴るしかないと思っていたから良かったよ。
「それじゃあまたな、クレア」
「……ああ」
そして俺は、クレアのいる庭園からそそくさと退散した。
「あ、イーナじゃん。おはよう」
俺がさっきまで寝ていた部屋に戻ろうかとしていたところで、イーナと出くわした。
なので、俺はさっきクレアにしたように『サーチ』を発動させる。
イーナ・フェンシス ♀
身体能力 83400
魔法能力 100593
イーナは魔法能力だけでなく身体能力もそれなりに高いといったところか。
まあ、ゲームでも魔法攻撃に物理攻撃にと、どっちも良いダメージを出してたしな。
「こんなところでどうしたんだ、イーナ」
「朝食の準備ができたから呼びに来たのよ」
「そっか。なんか悪いな、そんなことさせちゃって」
いつまでも城にいていいみたいなことは言われてるけど、いつまでも迷惑はかけられない。
早いとこ自分の住居を確保しよう。
「……それより、いきなり人に魔法をかけてくるなんて失礼じゃない?」
「え、わかったの?」
「あたしくらいになれば、自分の身になにか魔法がかかったなってことくらい把握できるわよ」
うそーん。
それじゃあ、あんま迂闊に『サーチ』できないじゃん。
人に不愉快な思いをさせてまですることでもないし。
手当たり次第に『サーチ』するのは控えとこう。
「それで……あの子たちは起きてるの?」
「俺の愛すべき妹たちのこと?」
「誰よそれ……」
「ヌルシーたちのことに決まってるじゃない」
「…………」
あれ。
イーナの視線が厳しくなったぞ。
なんでかな。
「……はぁ……あんたって、喋るとホント印象変わるわね」
「それって褒めてる?」
「褒めてるわけないでしょ……ああもう、あんたはもっと真面目な人だと思ってたのに……」
真面目って、俺(?)が無言の勇者って呼ばれてた頃の話か。
なんも話さなかったら、相手が真面目かどうかなんて判別できるもんでもないと思うんだけどなぁ。
「……でもまぁ、あの子たちを助けたことについては、よくやったと褒めてあげてもいいわよ?」
「え、そうなの?」
「うん……記憶はあやふやみたいで、変なことを口走るようになったけど、アルトは優しい心を持ったままなんだなぁって思ったし」
あら、なにこの子。
ツンデレなのかしら?
そんな下げて上げてをされちゃうと、ワタクシ、コロっといってしまいますわよ?
「イーナ、君に1つお願いがあるんだが」
「? なによ?」
「俺のことは是非お兄ちゃんと呼んでくれないか」
「死ねぇ!!」
「ファオゥッ!!」
やれやれ。
今日も良い日になりそうだ。
そうして俺は、イーナから渾身の右ストレートをお見舞いされつつ(それを華麗に回避して、ますますイーナを怒らせつつ)、爽やかな朝を満喫したのだった。




