第10話 VS第一王女様 ~勇者の力は誰がために~
スタート王国第一王女であるアレスティア・ツァーレス・スタートは驚いた。
それはアレスティアの父にしてスタート王国の王、アレクセイ・ツァーレス・スタートが珍しく人を褒めたためである。
「勇者アルトは真の勇者だ」
国王はアレスティアに、そう告げた。
謁見の間にて職務を終えた国王の機嫌が、いつもと比べてとても良かった。
アレスティアがそのことを王に訊ねた結果、そんな答えが返ってきたのである。
「会ってみれば、わかるであろう」
会えばわかる。
国王はそれだけを言って、再び職務に戻っていった。
「会ってみれば……か」
アレスティアはそれを聞き、いてもたってもいられず、勇者アルトがいるという部屋に赴く。
けれど、部屋に勇者の姿はなかった。
近くにいた使用人に、勇者の所在を問う。
すると、城下町へ行ったという情報がもたらされた。
こうして、アレスティアは勇者に会いたい一心で、城を抜け出した。
1人で城の外を歩くことは今までなかったが、その日は勇者が戻ってきた影響か、城の警備が手薄になっていた。
そのため、第一王女の行動は、誰にも見咎められることがなかった。
結果、アレスティアは町の片隅で暴漢に囲まれることとなる。
アレスティアの身なりは金を服につけているのと同義であり、こうなることは、ある意味必然であった。
だが、そこへ1人の青年が助けに入る。
青年はアルト――勇者アルトと名乗った。
「(助けてもらったゆえ、あまりこのようなことを思いたくはないが、勇者の名を騙るのは如何なものか……)」
暴漢に襲われているところを助けにきたのだから、目の前にいる青年は正義感溢れる高潔な精神を持つ者なのだろう、と最初は思った。
しかし、極悪非道な暴漢をそのまま逃がし、あまつさえ、すぐバレてしまうような嘘をついている。
これを見て、この者の評価を改めざるを得ないだろう、という気持ちがアレスティアの心に芽生える。
そんなとき、ドラゴンが襲来してきたとの叫び声が上がる。
青年はこれを耳にし、傍に控えていた少女を背負って町の外へ駆け出していった。
「(まさか、ドラゴンと戦う気か……!)」
ドラゴンが来たという方角へ走った青年の様子を見て、アレスティアは驚愕する。
普通、ドラゴンを相手にして怯えない人間はいない。
ドラゴンは、人の敵う存在ではない。
町を襲ってきたというのならば、立ち向かえるのは極少数の精鋭騎士だけである。
だというのに、青年はあえてドラゴンのほうへ向かっている。
それはすなわち……あの青年こそ本当に勇者なのである、ということではないだろうか。
『無言の勇者』は言葉を話さない。
が、絶対に話さないのかと問われれば、断言し難しい。
アレスティアは勇者について、あまりよく知らなかった。
いくつか腑に落ちない点もある。
けれど、今の行動を見る限りでは、あの青年が『無言の勇者』で間違いはなかったのだろう。
そう思ったアレスティアは、己の眼の濁り具合に自嘲するような薄笑いを浮かべる。
「(こんな眼で、果たして勇者を見極められるかわからぬが……やってみるとしよう)」
こうして、アレスティアは勇者を追うようにして走り出した。
「もしや、その少女が先のドラゴンか?」
ドラゴンが襲来し、その巨体があったところにいた勇者たちと赤髪の少女を見て、アレスティアはそう訊ねる。
勇者はその問いを肯定し、目の前にいる少女が今回の騒動の発端であることが確定した。
「そうか……では皆の者、その少女を捕らえよ。これから裁判にかけるゆえな」
「「「ハハッ!」」」
なのでアレスティアは、その場にいた衛兵に命令を下した。
勇者が迅速に動いたおかげで、被害はゼロに抑えられた。
けれど、龍魔族の少女は町に混乱をもたらした。
彼女には、なにかしらの処罰を加える必要がある。
アレスティアは町、ひいては国の平和のため、そう発言した。
「待てよ」
が、そこで勇者が衛兵の行動を止めに入った。
それを見たアレスティアは、大きく目を見開く。
目の前にいる青年が勇者であることは理解した。
青年はドラゴンを相手にして流麗かつ圧倒的な剣技を放った。
この場へ来る途中、アレスティアはそれを遠目であったものの目撃していた。
あれほどの剣技は見たことがない。
少なくとも、ただの人間が放てるような代物ではない。
加えて、青年の持つソレは、まさしく勇者の剣。
そう分析したアレスティアは、青年が勇者を騙っていたわけではなかったのだと判断せざるを得なかった。
「なぜ止めるのだ、勇者アルト」
しかし、勇者の思惑は理解できない。
アレスティアは眉をひそめつつも、その真意を青年に問うた。
「この子はなにも悪くないだろ。彼女がいったいなにをしたっていうんだ」
そこでなされた返答は、少女に罪があるか否かについてだった。
「町を混乱に陥れた。おそらくは、ここへ飛んでくる道中で通り過ぎた町の民も、大騒ぎであっただろう」
ドラゴンが飛んできたとなれば大事である。
勇者ともなれば見慣れた生き物かもしれないが、ドラゴンといえば生物の頂点。
普段は山奥に住んでいるが、一度人里に下りてきたら、Aランク以上の冒険者、傭兵、あるいは騎士が数十人規模の徒党を組んで討伐に向かう。
それだけの騒ぎになるというのに、龍化の魔法が使える龍魔族を野放しにしておける筈もない。
なので、アレスティアは勇者に納得してもらえるよう説明した。
「でも、それだけだろ?」
「む……まあ確かに、そのようなのだが……」
けれど、今回は騒ぎになったというだけで、特に実害があるわけではなかった。
害があったとすれば、それは民衆を驚かせたということだけだった。
「君は、どっかの町で悪さとかした?」
「そんなの、するわけありませんの。私は友達を助けに来ただけですの」
「……とのことですの。今回の一件、許してあげてほしいですの」
「人の口調を勝手に真似しないでくださいませんこと!?」
少女はここへ来る道中で、なにか悪さをしたというわけでもない。
それなら、情状酌量の余地があると言える。
「ほら、町を騒がせちゃったこと、ちゃんと謝って」
「う……ま、まあ、私の軽率な行動でお騒がせする事態となってしまったのでしたら謝りますわ……ごめんなさい」
「……というわけだ。俺も初めはドラゴンを倒そうと思ってたけど、こうして謝られちゃったら許すしかないでしょ」
どうやら、勇者は今回の一件を不問にしてほしい様子だった。
被害は限りなくゼロに等しい。
騒ぎになったといっても、それもすぐ沈下するだろう。
であるなら、少女の行動に大した罪はない、とアレスティアは考える。
……が。
「……その者は龍魔族であろう? ならば、国の中で暴れられでもすれば多大な被害が出る。このまま見過ごすわけにはいかぬ」
相手は世界最強の一族として恐れられている龍魔族。
少なくとも、国の中では龍化しないよう、なにかしらの枷を付ける必要がある。
王女は国のためを思い、少女を捕縛することを譲らなかった。
「それなら、ヌルシーのときみたいに、俺がこの子を見張るよ。それなら問題ないだろう?」
「なに? 貴公が?」
勇者の提案を聞いたアレスティアは『確かに、それならば……』と小さく呟く。
ドラゴンを圧倒していた勇者が見張るというのなら、それはこの世で最も堅牢な枷となりうる。
そして、勇者は自分から枷となる役目を請け負い、少女を守ろうとしている。
「!」
そう理解したアレスティアは、そこでようやく勇者がなにを考えて行動しているのかを察した。
「(……なんということだ。余はなんと浅はかな王女であったのだろう)」
勇者は……敵にすら情けをかけられる青年なのだ。
町で暴漢に制裁を加えず見過ごしたのも、龍魔族の娘を庇うのも、すべてはその懐の深さゆえにできる行いと言える。
アレスティアは勇者のことをそう評価し、そこでやっと自身の抱えていた勇者への違和感を解消させるに至った。
「(ということは、もしや……無言を貫いていたはずの勇者が言葉を発したのも……余や少女を助けるために仕方なく……?)」
さらに、アレスティアは勇者とのやりとりを思い出し、勇者が喋った理由をそう結論付ける。
勇者は人を助けるため、穏便に済ませるため、自らのポリシーを曲げた。
今まで無言を貫いてきたものの、目の前の危機に際して、勇者はあえて口を開いた。
大魔王を倒すほどの者が、無闇に力を振るうことなく、言葉によって和を作ろうとしているのだ。
であれば――この勇者である青年は、どれだけ博愛精神に満ちた人なのだろうか。
「(勇者は……すべての者を救おうとしている……しかも……勇者の力を使わずに……!)」
アレスティアはそう考え――勇者の行動に感服し、尊敬の念を抱いた。
「勇者アルトよ……貴公はなんと素晴らしき男だ……貴公の提案、余は喜んで受け入れよう……」
「は、はあ……どうも」
アレスティアは決断を下す。
勇者のあり方に感銘を受けた王女は止まらない。
「余はスタート王国の第一王女……ゆえに、本来は頭を下げることなど、あってはならない」
王族が頭を下げては、国の威信に関わる。
そのため、王族の1人であるアレスティアも、今まで頭を下げた経験など父相手に数回程度しかない。
「だが……神に選ばれし貴公になら、問題ないだろう」
世界には、王より尊い者が存在する。
それは神。
神を相手にするのであれば、たとえ王族であろうとも、頭を下げられる。
ならば、その神が遣わした勇者はどうか。
その身は人であるものの、神のすぐ下、つまり、王と同等かそれ以上の尊さを持っていると言えるのではないだろうか。
そう思ったアレスティアは、勇者へ向けて深々と頭を下げた。
「我らを救っていただき……心より感謝する」
アレスティアは、勇者アルトに最大の感謝を送った。
それは、これまでの生涯にしてたった1人にしかしなかった――王女自らが膝を屈し、頭を下げるという行為によって。
父上の言っていたことが、よくわかった。
頭を下げて、どこか清々しささえ心の底から沸き出てきたアレスティアは、城内で機嫌のよかった父の様子を振り返る。
そして『あのときの父も、こう感じていたのだなと』思い、フッと微笑を顔に浮かべたのだった。




