0080 1988年5月(3) 文化祭
この前みた明晰夢ほどは明晰というか現実的ではないけど、ただの夢にしては妙にリアルという夢をみることもあるなあ、と僕は思う。それほどこの時代に思い入れはないはずなのに、どうしてこんなに特定の時代についての夢を見るのか。この時代の記憶を貯めておく(?)脳の部位に治験の影響があったのだろうか。記憶というのは一種の電気信号の回路みたいなものとして蓄えられているとして、そこの回路に短絡ができたとか。
おそらくは放課後の小学校の教室。この顔ぶれは、5年生だな。以前に見た、あの落下を止めるという明晰夢のときと同じか、少し後の季節かな。
向かいに座って文化祭実行委員のメンバーたちに話をしている一木くんは、すごい秀才のはずだ。このあとこの公立小を卒業後、多賀島という辺鄙なところにあるものの全国レベルの中高一貫進学校として有名なラ・トゥール学園に入学し、たしか旧帝大の医学部に進学して医師になっていったはずだ。あまり大きな体格ではないが、俊敏でエネルギッシュ、機転も利いて冷静沈着で人当たりまでもいいという、まあ今にして思えば救急外科医として理想的な資質をこのころから持っていたのかもしれないな、などと思う。
「でさあ、この材料の紙だけど、どう考えても今のペースじゃ足りないから、これをあと2巻。あと、ペンと絵具、筆も追加が欲しいよね。」
もうすでに準備は始まっているらしい。なんだったかなこの年のテーマ。
「暗幕がたりるかなー。買うんじゃなくて、どっか別のクラスから借りたいよね。・・・先生に言って借りてきてもらう?」
「どのくらいいるの?ちょっと通路とか壁とか組んでみないと。」
「いっかい組んでみる?」「今?」「今は無理だよー、机の中にみんないろいろ教科書とか道具箱とか置いてるじゃない」
ああ、これはあれだ。お化け屋敷か何かだったかな。じゃあ言ってみるか。
「机とか、組んで壁にするのはいいけど、ちゃんと固定しないと危ないじゃない?だから、ガムテープも必要じゃないかな。ガムテープっていうか、しっかり巻いたら養生テープでいいと思うけど。」
「養生テープ?」
ああ小学生ではまず使わない単語だよな、と僕は思う。
「ガムテープとか、すごく強力だけどすごく剥がしにくいじゃん?養生テープって、ちょこっとはがしやすいやつでさあ、一時的に貼ったりするのにいいんだよ。上に登ったりしなければまず大丈夫だと思うし。あれなら、通路の角とかだけ机にして、間はロープとかにした方が自由度高いよ?」
みんながこっちを向いている。学級委員長の宮島さんが頬を緩めた。
「ナガシマくんすごーい、よく知ってるね。先生に言ったらわかるかな?」
「多分ね、多分。いや僕もあんましらないけど」
「ナガっち、なんかテレビの人みたいー。「ぼく」とか言っちゃって!」これは佐伯さん、パワフルで小さな太陽みたいな感じの女の子だ。変なところの突っ込みがはいったな。そういえばアクセントとか標準語(東京弁)じゃないか。
「昨日、@@@@@のあれみてたら影響受けたかも。まあだからさあ、地図組んで机だけで壁作るならすごい大変だけど、角だけ机で組んで、テープで上下固定して、倒れないように竿か何かで連結して暗幕かければ、壁の中にエキストラいれられるじゃない?それでさ、・・」
思いついたいろいろをふかしてみる。一木君や宮島さん、ちょっと勉強はできないけど正統派な健康優良児で性格もわるくない大暮くんなどもいろいろ思いついたことをリストに書いていく。楽しいな、本当もこんな感じだったらよかったのに、と思いながら宮島さんに視線を向けると、どこかびっくりしたような感じで見返す目線とぶつかった。