表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
6/19

2018年(4) 帰郷

 空港で手荷物を受け取って外にでると、まだ真夏のような強烈な陽射しが射しつけるとともに、むわっと湿った熱気が体を包んだ。

 僕の実家のある多賀島県は、日本でも南西に位置していて、一般には温暖な地域だ。夏にはとても暑くなるのは、今も昔も変わらない。もっとも、温暖化のせいなのか、ここ最近、体感的には東京の方が、夏はすごく蒸し暑い感じがするのだけれど。


 もう5年くらい郷里には帰っていなかったが、手順は覚えていた。空港から多賀島市内行きのバスに乗る。1300円というバス料金は、前回帰省した時から少し値上がりしたように思える。バスの窓から見る家並みは、真夏のような陽射しの下で、どこか干からびて元気なく見えた。台風に耐えるための古い瓦屋根の家が多いからかもしれない。


 市内のバスターミナルでバスを乗り換え、実家に向かう。実家は多賀島市の中心街からバスで15分ほどの団地だ。1970年代に多賀島市の中心からみて西~北側の丘陵に造成されたいくつかの団地のひとつで、現在は住人の高齢化に伴いやや寂れはじめていたが、市内から比較的近いこともあり、まだそれほど人気は落ちていないはずだ。

 空港からバスを乗り継ぐ。バスは相当に年季が入っていて、ガタガタと揺れる。東京の鋭角的な四角張ったバスと違って丸っぽいデザインのバスだ。夕日に照らされた街はほこりっぽく乾いて見えた。乗り方は高校の頃と変わっていなかった。後ろ乗り前降り、降りるときに運賃支払いだ。小銭がないときは運賃箱の横の自動両替機で両替する。古い運賃箱には、ICカードの読み取り機が後付けで付けられていた。

 バスの乗客は少ない。中高年の女性がほとんどだ。また一人、背を丸めながら丁寧に運転手に礼を言い、バスのドアステップを下りていく。鼻筋の通った端正な横顔ながら、少し疲れたような重い足取りは、彼女の重ねてきたであろう決して容易でない年月を想像させた。


  ※    ※    ※


 団地とはいっても、いわゆる市営住宅ではない。市営住宅に近接しているが、高台から市内を見下ろせる位置にある、少しだけ瀟洒なミドルグレードくらいのマンション群の一つが僕の実家だ。もっとも、今となってはやはりかなり雨風にさらされてやや古びているのは仕方のないところだ。メンテナンスはそれなりにしっかりしていて、塗料の塗り替えもなされているが、昔は屋根と壁とできれいなツートンカラーだったのだが、今は経済性を重視してぼやけた無難なクリーム色一色になってしまっている。


 「ああ、お帰り。大変じゃなかったね?」


 もう夕刻になって実家にどりつき、久しぶりに会った母は記憶にあるよりさらに老い込んでいるように感じられた。まだ近い距離なら買い物などもできるし、頭もはっきりしてるけど、少し腰が痛くて週に3回、お風呂の介助とかで来てもらってるの、・・と笑う顔は少し年齢不相応な若やぎがあった。


 「お姉さんは?今出てるの?調子はどんな?」


 「今、パート出おるよ。・・ほら、詩織ちゃんも。」


 「こんにちは」


 姉の子である詩織ちゃんが控えめに挨拶する。おとなしい子だ。姉の夫は、詩織ちゃんが生まれてまもなく会社の仕事での事故で亡くなった。その式に出たのが、5年前になる。

 本人には告知していないが、姉も相当に重篤な病に罹っている。

 幸雄さん(姉の夫)の保険でお金も出たけれども、もちろん足りないから、生きるためには働きに出ないといけないってパートに出てるの。そう、エチゴヤデパートの地下食品売場。それでももういろいろとお金が要ってねえ、・・。そう母は言って、深刻な話にもかかわらず笑みを浮かべた。


 何もいらないからね、食べてくるかもしれないから、と言ってあったのに、どうやら気をまわして準備してくれていたらしい夕食を食べる。プラスチックトレー入りのお刺身のパックは、ささやかながらの贅沢さを醸していた。年金と姉のパート収入だけでは生活も厳しいはずなのだろうが、家の中は調度品なども古びてはいたが、きちんと片付いていた。


 ドアフォンが鳴った。母がどこかいそいそと通話し、ドアを開ける。


 「今日もありがとねー、・・ちゃん。・・・が来てるの。よかったら、・・」


 「・・そうですか。でも・・」


 「・・だから、・・だし・・」


 何か小声で囁きかわす声が聞こえた後、食堂のドアが開いた。


 「京子ちゃんよ。昔はよく遊んだがね?」と母。


 「隆ちゃん、覚えてる?榊です・・」


 僕は思わずがたんとちゃぶ台に膝を当てながら立ち上がってしまった。週に何度か介助にきてもらってる人、というのは、どうやら榊京子という僕の元同級生らしい。


 榊さんは僕の実家と同じマンション群の別の棟で、事実上一番近い同級生だったので、よく病欠のときの届け物を頼んだり頼まれたりした。小学校から高校まで同じ学校であったにもかかわらず、同じクラスになることはなく、小学校低学年のときを除けばあまり遊ぶこともなかったのだが、覚えていてくれたらしい。

 

 エプロンをもじもじと引っ張っている榊さんを、少し元気になった母がいっしょに食べていけば?と誘っている。いや、ちょっと僕もこんな格好で、しかも(心づくしの母の料理ではあるが)こんな食事で恥ずかしいんだけどな・・。


 「久しぶりだね。隆ちゃんはあまり変わらないね」


 そう笑って、(ちゃんと座るわけでなく)ちゃぶ台の端にちょこんという感じでしゃがみこんだ。僕は地味な方だったし、ちゃん付けで呼んでくれる異性は、この(さして接触もなかった)幼馴染くらいのものだった。


 「もしかすると、お手伝いに来てもらってる・・?」


 「そう、週3回。」


 「もし良かったら、食べていく?」


 「ありがとう、仕事してからにするね。後でね?」


 榊さんは、高校生の頃までは、頭も良くて育ちがよい半面、あまり笑ったりせず、どこか生硬で近づきがたい印象だった。今は、怜悧な顔立ちは昔の面影を残しているが、いろいろと体型も含めて柔らかくなり、人当たりもよくなっているようだ。


 「仕事はもういいから、・・」


 母が何か言っているが、榊さんは生真面目に仕事を主張するようだ。僕は手遅れだと思いながらも、少し散らかった、所帯じみたビニールのまだら模様のテーブルクロスのかかった卓上の調味料や周囲の小物を片付けなどしてみるのだった。


2021/4/8)若干、修正しました(年など)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ