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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
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2018年(3) 退院

 それから手続は淡々と進められた。病室に戻されたが、同室の男は既に退院したのか、それとも別室に移されたのか、姿がなかった。

 3日ほどたってから、僕は再度最初の男性医師にメディカルチェックを受けてから退院することができた。


  ※  ※  ※


 退院した後、アパートに帰り着く。入り組んだ路地の奥にある西日の入る安アパートの自室に入ると、西日で炙られた草のような匂いが、熱気とともに体を包んだ。


 窓を開け、退院時に渡された現金払い報酬で復活させることができた(それまで止められていた)携帯電話で実家に電話をする。電話口でお金が入手できたこと、一度実家に帰ることを伝えると、気弱になった母が涙ぐんでいるような気配がした。そういうのには慣れてないんだよな、と思って早々に電話を切った。


 引き続き携帯電話で飛行機を予約した。昼過ぎに到着する便となるが、空港からの移動を考えると夕方になりそうだな。まだ体力が戻りきっていないのか、ひどく疲れを覚えて、上げてあった煎餅布団を引き、横たわる。問題ないはずの頭の手術跡が微かに痛んだ。


  ※  ※  ※


 この夢(?)がどういうシチュエーションなのか、最初は全くわからなかった。ひとつには、はじまりがあまりに日常的すぎて、ほとんど記憶になかったからだ。

 学級活動の時間、略して学活の時間の一場面だ。小学校では4年生以上の生徒は文化祭で何かのテーマで発表をする。舞台発表や教室でのパネル発表とかもあるが、まあしょぼいものだ。僕も小4のときになにをやったかなんて、もうほとんど覚えていない。

 

 小4なんてまだまだジャリガキなので、まともな話になろうはずがない。学級委員長の宮島さんはそれでもがんばって議論のかじ取りをしようとするが、受け狙いの提案をいくつか担任の教員(今にして思えば、結構セクハラ・パワハラのひどい嫌な奴だった)がつぶしてしまうと、もう手を挙げる者もなく。


 たしかこのあと、なんか先生の腹の虫が悪かったのか、「自分たちでやりたいことも決められないのか」みたいに理不尽に叱られて、理不尽にも責任を追及されて、委員長も泣いちゃったんだよな。むしろ委員長頑張ってたのに。まあちょっとうざったいくらい正義感が強いところもあって、気に入った女子へのえこひいきが目に余ってた担任に逆らったこともあったから、あんまり仲が良くなかったんだろうな。


 どうせ夢の中と思っていたが、あまりにこれから先の展開がうんざりするものだったことを思い出して、僕は手を挙げた。


 「はい、ナガシマ君」


 委員長がちょっと警戒の色を見せながら当ててくれた。この頃の僕は、ちょっと頭がいいけど周りの空気が読めてない、総合的にみて平均的な範囲を出ない小学生男子。ろくな案も出てこないって思ってるんだろうな。まあそうかもしれないけど。


 「進め方について提案があります。4-5人ぐらいのグループで10分くらい話し合ってもらって、案を3つくらい、必ず出してもらうことにしてはどうでしょうか。重なる案もあるかもしれないけど、それも含めて書き出してみて、そして投票で上位3つくらいに絞って、その中から、委員会が実現可能性のあるものに決めるというのでいいと思います。」


 学級会はあるけれども、実際にはまともに意見を出したり引っ張ったりしていけるのはそれなりに人望のある学級委員(学級委員長の宮島さん、副委員長の溝畑くん、書記の谷津くん、会計の飯野さん)とその友人メンバーなんだよね。最終決定はポピュリズムで流されそうな全員の投票でなく、委員で決めてもらっていいと思うんだ。


 「・・異議ありませんか?いい案だと思いますので、最初に班、給食を食べるときの班で話してもらって、そして10分話して、それで案を書いてもらって決めたいと思います。・・」


 机も向きを変えてグループにするみたいだ。そこまでしなくてもねーと思ったけど、考えてみたらたしかこの学活の時間の次は昼食だったっけ。やっぱり宮島さんは4年生にしてはすごい気の回りようだな。僕も自分の机の向きを変えていると、隣の女子が話しかけてきた。えくぼが可愛い子だったな。お絵描きが好きで、ノートに落書きした絵を見せ合いっことかしていたっけ。


 「ナガシマ君すごいね。なんかこの前もそうだったけど、大人みたい。」


 いやそうでもないよ、と適当にごまかしはじめるうちにひどく眠いように意識が薄れはじめた。今回もリアルな夢だったな、リアルすぎるなと、教室の前方に貼ってある時間割表の右上端が少しはがれてめくれているのを見ながら思った。

 

  ※  ※  ※


 目が覚めるともう日はほとんど沈んで空には晩夏の夕焼けが広がっていた。きしむ体に鞭打って起き上がると、わずかに残っていた素麺をゆでる。あのとき、結局演し物は何に決まったんだっけ。宮島さんも先生に怒られなくて済んだのかな。あれ、怒られなかったような気がする。僕は何か妙な違和感を感じながら素麺をすすった。


 

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