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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
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2018年(2) 経緯

 僕がこんな怪しい実験の被験者になったのは、家族のためにまとまった金が必要だったからだ。そしてそう、本業ではそんなまとまったお金が得られなかったのだ。

 僕が仕事もできないクズというわけではないし、別に仕事ができないというわけではないが、実に、この2018年の経済状況が驚くほど悪いのだ。


 10年ほど前の政権交代以降、外国発の経済危機に対しても、社会を長らく覆っている高齢化という死の影にも、国は全くの無策だった。当初は熱狂的に国内外で支持された政権交代も、その後、化けの皮がはがれてしまった。だが再びの政権交代で、再び民自党に政権が移り、一定の対症療法が部分的には効を奏したものの、この国の「老い」という根本的な問題への治療には手が及んでいない。そして新聞や政治学者は前の政権交代で「夢の実現」とか「革命」とかあおった手前、護民党政権時は「前政権の負の遺産」と責任転嫁し、再びの民自党への政権交代後の今ではまた字の読み間違いとか細かい言葉の揚げ足取りを熱心に行い、「失政」と批判するのに忙しい。だが数年で同じ政策を違う政党が出しただけで風見鶏のようにくるくると見解を変えるその態度をみて、だれも信じられないという静かな失望が水に落ちたインクのように広がっている。そしてさらに、結局だれが政権を担当してもダメなんだ、というさらに大きな絶望も、少しずつ広がっているように感じられる。


 僕は本業があるだけ恵まれていたが、それでも十分とはいえず、週末には日雇いの副業を入れていた。そんなとき、実家に帰っていた姉が病気だと連絡を受け、その治療代金や実家の家族の生活費を工面するためにこのような実験に参加することになったのだ。


 ※ ※ ※


 小一時間くらいたったころだろうか。廊下に足音がし、ドアを空ける音がして、また誰かが入ってきた。複数人だ。


 足音は近づき、頭から袋が外された。僕は声を挙上げたりせず、外した男を見上げた。屈強な男性看護師のような服装をした男が、僕の目を覗き込んで、「落ち着きましたか?」と聞いた。僕が黙って頷くと、手足のバンドを外し、立ち上がらせてくれた。


 「ちょっと別の医師の診察を受けることになります。」


 そう男は言って、僕を誘導した。僕は暴れる気もなく、言われるがままに、その男性看護師ともう一人の護衛だか守衛だかといった感じの男に前後で挟まれる形で部屋を出、廊下を歩いた。

  

  ※ ※ ※


 診察室ではいつもの医者でなく、眼帯をして、夏なのに手首までのグレーのセーターと黒いタイトスカートの上に白衣を羽織った女医の問診を受けた。


 女医はビジネスライクながらもきびきびと対応し、僕の体調を心配してみせたが、守衛の手荒な扱いの非は決して認めなかった。そして僕の鋭鋒が鈍ると(といっても性格柄、あまりその手の非難とかは不得意なのだが)、特に異常はないか?夢などは見ていないか?とまた確認したので、やりこめられた不満を込めて、何かあるのか?と聞き返してやった。


 「あると言えばあります。治験内容のためと思われますが、治験者の多くが昔の記憶を夢で見ているのです」


 「それでその人たちは?ちゃんと無事生きてるんですか?」


 「ああ、秋月さんから何か聞いたのね?他の方は退院したのよ。それ以上のことは申し上げられないわ。個人情報だし、実験結果はまだ秘密にしておく必要があるんです」


 「僕も自分のことだから知りたいんです。早く出て家族を安心させたいし」


 「この後、2、3日データを取って異常がなければ退院できるように取り計らいましょう。でも退院後の定期検診に必ず来てください。後、手術の場所が場所だから、何かあった時のために、しばらくの間はどこかご自宅と職場以外のところに出張とか旅行にいらっしゃるなら、場所と期間と連絡先を必ず教えて下さい。」

 

 「実家に帰ります。それで治験の報酬もお願いします」


 「明日の午前中には振り込むようにしましょう。一部か全部を現金払いにするなら、事務担当者に後で行かせますので、そう伝えてください。ご家族と連絡するのも取っ構いませんが、治験の合意書どおり、治験内容については一切口外しないようにお願いします。」


 女医は少し色の薄い、切れ長な目でじっと値踏みするようにこちらを見つめながら答えた。何というか、人間味のない対応ながら、話が早いのと、説明がーー真実かどうかはともかくーー安心感を与えるように明確だったため、研究所に対する気持ちのササクレはかなり穏やかになった。


 「あなたが「主任」ですか?近く異動されるのですか?そうなったらどなたにいろいろご連絡すればいいのでしょうか」


 「そうですが、異動とは?」


 「さっき、倉庫に入れられてたときに、研究所の方の話が聞こえていました」


 「・・そうですか。そうなったらまたこちらからご連絡しましょう」


 心なしか、女医の冷たい氷の鉄面皮に揺らぎがみえたようだった。


 しかしそのまま話は終わり、僕は元の病室に戻された。部屋を出ていく僕を、女医の温度の低い凝視がじっと追っているのが気になった。

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