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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
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0180 2018年(16) 日曜日(1)

 実家に戻ると、早速姉から質問攻めがある、・・と思っていたのに、姉はなんだか結構そっけない感じだった。

 さすがに明日(月曜日)に手術、入院なので、そちらの方に気がとられているのだ。


 姉の入院については、予定では、「もし順調に進めば」なのだが、経過をみながら2,3日、長くても週末までには退院できるのではないか、ということだった。

 そして今日、その準備をすませてしまう必要がある。

 僕は当面、入院までの介添えだけだし、ある程度準備は済んでいるということなので、今日そこまで大きな準備はないが、入院中はたとえば姉の着替えなどを持っていき、洗濯物を回収したりしないといけないし、詩織ちゃんの世話も入る。

 詩織ちゃんは、姉の入院中、僕と母と、そして榊さんとでお世話することになる(姉が既に依頼していたらしい)。

 僕の休みについてはまだ十分に残っている。詩織ちゃんについては、本人の気晴らしにどこかに連れて行ってもいいかもしれない。あまり日頃行くことがないだろう、少し遠くの公園とか。

 できれば榊さんも、誘えたらいいな。姉の軽自動車を使っていいという言質はとってある。


 そういうわけでその日の残りは入院に必要なものリストを再確認したり、必要なものリストに入っていない小物を揃えたり(髪ゴムの予備とか目薬とか歯ブラシの替えとか、たいしたことないものなのだが)、詩織ちゃんを近所の公園に連れて行って遊ばせたり(遊具にはあまり興味なさげで、アリの行列を熱心に観察していた)で、なし崩しに過ぎていった。

 榊さんからのラインに気が付いたのは、もう日が傾き始めたあたりだった。


 ”昨日はありがとう。隆ちゃんとお話しして楽しかったよ。”

 ”今、忙しいかな?もしお手すきの時間があったらお昼か、お茶でもいかがですか?”

 ”お姉様の御仕度とか、いろいろあると思うから、都合がついたときで大丈夫だよ。お邪魔してごめんね。”


 3つに分けて送られたメッセージのタイムスタンプは5時間以上前。お昼の前というか朝方だ。

 僕も現代人にもれずスマホ中毒気味なのだが、ラインはあまり使わない(交換する相手がいない。言わせんな、ぼっちなんだ)のでサイレント通知にしていたし、何よりリアルでいろいろ気を取られていて、見るのを忘れていたのだ。

 ちょっと悩んで、いまさらながらメッセージを送信する。


 ”準備とかで携帯をみれてなくて、遅くなりました。すみません。”

 ”お誘いありがとう。是非行きたいです!”

 ”でも、今外出中で、もう少しだけかかりそうです。”

 ”6時すぎか、夕食後になってもいいでしょうか。それか、もし榊さんのご都合がよかったら、明日とか。”

 

 メッセージを打つとほとんどノータイムで既読がついて返信が来た。


 ”やっぱり忙しかったんだね。ごめんなさい。”

 ”お姉様が第一だと思うから、お姉様と隆ちゃんたちのご都合を優先してあげてくださいね。

 ”私は明日午前、隆ちゃん家に行くよ(笑)。あと、午後3時以降も空いてます。でも、今日も、できれば少しだけでもお話ししたいな。”

 ”いつも12時くらいまで起きてます。気が向いたらまたラインください。”

 ”でももちろん明日でも大丈夫だから、絶対無理しないでね。もし今日は無理そうなら、ライン送らなくて大丈夫だよ。”


 ほとんど間を置かずに返信が返ってきた。全くの想像だけど、僕からの返事を待っててずっと待機で退屈してたんじゃないだろうか。

 なんとなく胸がきゅうっとなるのを感じて、ぽちぽちと返信を返した。


 ”もしかすると今日、榊さんの予定とかつぶしてしまったかもしれません。申し訳ないです。”

 ”僕も榊さんの声が聞きたいたいです。ただ、姉も入院は初めてで、詩織ちゃんも心細いかもしれないから、寝付いてからでも大丈夫でしょうか。9時半か10時くらいでも。”

 ”それか電話でも掛けます。”


 またも既読がついた後、返信があった。

 ”もちろん大丈夫です。うれしい!”

 ”電話もいいけど、近くだからよかったら10分だけでも会いたいな。”

 ”ノンカフェインの工芸茶があるからよかったら試してみようよ。”

 ”また教えてね。待ってます。”


 3番目のメッセージの後には湯気の出ている急須のスタンプがついていた。僕も嬉しくて、顔がにやけるのを感じて、頬を引き締めた。


 「何かいいことあったの?榊さんとか?」


 さきほどまで小さなメッシュケースに服や細々したグルーミングキットをまとめて、カバンに詰め込んでいた姉がめざとく顔を寄せてきた。少し色の薄い瞳が笑いを浮かべている。

 全く化け物染みた勘の良さだ。


 「まあそんな感じ」


 「私たちのことはいいからさ、今日も行ってあげたら?私も詩織と水入らずで過ごすからさ」


 「うん、晩御飯の後でちょっとだけ行ってくるかも。でも日付変わる前には帰るつもり。遅くなるかもしれないけど、一応カギは持っていくし、そっと家に入るから。」

 

 「気にしないでいいのに。よかったら今からでも夕食に連れて行ってあげたら?」


 姉は言い募る。


 ──この前、榊さん、外食とかほとんどしないって言ってたよ。お金がっていうより、友達が家庭もちになっちゃったりして機会がないんじゃないかな。質素な生活してるみたいだし、寂しいんじゃない?良い女が寂しがってるって、隆くんみたいな一般人が「落とす」千載一遇の機会なんじゃない?


 そう笑う姉は、あいかわらずだが。

 その顔は、やっぱりすごく頬が痩せてしまっている気がして、僕はあいまいに笑みを浮かべて目を逸らした。


 母は日曜版の朝日新聞に掲載されているパズルを解いているようで、ちびた鉛筆を手に考え込んでいる。こちらもすっかり白くなった髪が年齢を伝えてくる。小学校だったころはあんなに精力的だったのに。

 でもまあ、僕もそう思われてるのかもな。自分ではあまり20台のころと変わっていない気もするのだが、如実に萎びていってたりするのかもしれない。

 僕はそう考えながら、居間に下げてある鏡をそれとなく見やるのだった。

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