0140 2018年(12) 土曜日
父と話した次の日は、榊さんと出かける日だった。。家に帰り、電話で榊さんと待ち合わせの時間や場所について打合せた。出かける前に姉が僕の服装についてぎゃあぎゃあと騒ぎ、お土産の持参を主張するなどの修羅場を経たが、何とか解放されて姉の自動車を借りて運転し(姉はこれも朝のうちに洗車場で磨き上げておくべきと主張していた)、急に短時間、仕事が入った榊さんを、仕事上がりに迎えに行く形で、待ち合わせ場所として指定された住宅街に向かっていた。
待ち合わせの公園横の大きな通りのクスノキの並木の陰に駐車する。ほとんど待たないうちに、榊さんが来た。自動車から出て手を振ると、小走りに走ってきて、ごめんね、急に予定が入っちゃって、と言った。いえいえ、そんなことないよ、と答える。
榊さんは、今日は白いジーンズに濃い紺のブラウス、清潔だがごく普通の、星のマークのついている紺のスニーカー、日除けにすこしつばの長い帽子という感じで、良く似合っているものの、特に張り切っておしゃれをしてきたという感じでもない。ほらそんなに気合いを入れることもなかっただろうと心の中で姉に言い返しながらも、榊さんの荷物(少し大きめの、市内の有名な老舗デパートの紙袋を持っていた)を受け取り、助手席を空けて案内した。あまり待たなかったものの、エアコンを切った車内はもはや外気温とほとんど同じだ。エンジンをかけると、ようやく車内が冷え始める。
「それで、どうしようか、とりあえずお昼とか食べて相談しない?」
ほとんど何をしようか、という事前の相談はしていなかったので、はっきりいって無計画だ。何をしようかと相談するのも、僕くらいの年代の男には情けない感じがしなくもないが(マニュアルであろうとどうあろうと、男が女の子をリードすべしというのが僕らの年代の考え方だったのだ。今はそんな時代でないんだろうけど)、こちらはもう多賀島を離れていて長く、リードできるとも思えない。要望があったらそれにあわせて、なかったら個人的には美術館にでもいってみない?と提案するつもりだった。
※ ※ ※
運転中、多弁になるか寡黙になるかというのは人の性格が出るのかもしれない。僕は比較的多弁というわけではないが、運転に注意が注がれるので、却って気安く頭に浮かんだことを言いやすくなる。ほら、一対一で向かい合うとすごく緊張するじゃないか。
だから適当に、今日の仕事について、疲れた?とか、大変だね?とか、暑くない?冷房もうすこし利かせようか?とか、そういった泡のような軽いよしなしごとを問いかける。
何も話すことがなくて黙りこくってしまう時間が多いんじゃないか、と危惧していたのだが(前にも書いたように、榊さんと僕との関係は、今は穏やかなものだと思うが、昔はそれほど友好的でもなかった、あえていえば軽く無視しあってたようなものなのだ)、意外に榊さんも聞かれて嬉しそうにそれでねー、とか、仕事の忙しい不満などをつらつらと言ってたりする。そしてそれに突っ込みをいれる。意外に楽しい。
近場の駐車場の広い(※重要)ショッピングモールに立ち寄り、簡単に昼食をとって、少し買い物などしてからドライブしないか、というところまで話がまとまる。車を走らせてくるくると立体の屋内駐車場に上がり、駐車してエレベータに向かう。荷物は置いてて大丈夫かな。
3階建てのモールで、2階・3階にレストランなどがちりばめられている。2回の少しきれいでお洒落な、チェーン店でなさそうな感じの、落ち着いたイタリア料理店に入る。多めのパスタをシェアすることにして、その他に軽食をとる。歩きだったらワインも美味しそうなのにね、と言ってみる。
「ワインって、重たい赤ワインがみんな好きっていうよね。僕子供だからよくわかんないけど。」
「あら私も子供よ。赤ワイン、飲める?私は飲むと頭が痛くなって・・」
「ああそれもあるよね。飲んでるときは、ちょっと渋くても、濃ゆーい感じがしても、見栄をはってああ美味しいとかいってかぷかぷ飲んじゃうけど、ワインってすごく残る感じがする。」
なんだか自分がいつもより少し多弁な感じがする、浮かれている感じかもしれない、馬鹿にされないかな。なんか誤解される気もする。でも榊さんも、少なくとも表情は嬉しそうで、メニュー選びや会話も楽しそうだ。まあいいじゃないか、と気持ちを切り替える。
ウェイターさんが恭しく運んできてくれた小さめのピッツァを分け、パスタを取り分ける。
「こんな風に外に出るとよく知り合いに会ったりする?」
「いや、あまり合わないよ?もちろん、向うがこっちを見かけてて、何も言わないこともあるし、その逆もあるけど・・。そういえば、私、3組の高木君みたよ、この前」
「確かお医者さんになったんじゃなかったかな?今じゃ高木先生なんだっけ。すごいよね」
「そう、スーパードクターらしいよ?」
高木君というのは医学部に進学してお医者さんになった、結構僕らの高校での有名人なのだ。テニス部で対外試合でも結構良い成績を収めて、いわゆる文武両道という感じだった。
「なんか話した?」
「私そんな高校時代に仲良かったわけでもないし・・。奥さんみたいな人もいて、ああよかったね、って感じ。あとさ、田丸さん覚えてる?ほら、バレー部だった、あの背の高い子。勤め先の社長さんの息子さんと結婚したって、・・」少し結婚した同級生などの話が続く。
「うらやましいね。」
「私はいいな、うらやましいなと思う寂しい身分だけど、隆ちゃんは、何か話があったりする?」
「いや、まったくないけど・・。榊さんも、僕と歩いてるのとか見られて、勘違いされたら困ったりしない?」
「隆ちゃんと?いや、別にいいよ、そう思われたりなんかしたら、ちょっとうれしいかも。」
「いやそれは僕の方がうれしいけど、榊さんの方は困るみたいな。」
社交辞令だよね。社交辞令には社交辞令で返してさっと終わらせるのがいいかななんて。
「そんなことないよ。隆ちゃんも高校時代すごくもててたんだよ、私の周りにも好きだった人とか多かったし」
具体的に名前を教えて、と言いたくなったところだが、なんとなく「そんな、珍獣扱いだったでしょ」と流す。僕は、少し痛い中二病みたいな自意識過剰を高校まで引きずっていたので、本当にあのころの言動にあまり自信がないのだ、というか、思い出すとときどき赤面というかぎゃっと叫んで駆け出したくなることがあったりするというか。
ちょっと榊さんはもの言いたげな感じもあったが、食後のコーヒーとお茶の選択をウェイターさんから求められて、なんとなくうやむやになってしまった。
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せっかく来たんだから、ということで簡単にモールの中の店をみる。女の子の買い物は長くなっちゃうから、30分だけね、とか自主規制ラインを引いた榊さんは、嬉しそうに服をみている。あまり高い服なんて着てもしかたないの、仕事の関係で少し汚れたりしてもいいような、動きやすくて、すっきりした服がいい、と言って、熱心に見ている。
僕の知る限り、高校までの榊さんはどちらかというと深窓の令嬢めいた、少しかっちりした服装が多かったような気がする。長めのフレアスカートとブラウス、ローファーとか、ピアノを習い事にしてる人っぽいというか、そんな感じだ。
今回帰省してからは、確かにごく簡素な、ユニセックスな感じのものが多いかなと思った。
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結局少し自主規制ラインを超えて(試着とかしてると、どうしても超えてしまうのだ)、1時間少しして、東京へのお土産も少し買ってからモールを出た。
せっかく自動車があるんだから、市内のスポットじゃなくて、郊外に行ってみようということになり、僕の提案した美術館案も取り入れられて、高嶋美術館という少し郊外にある私立美術館にいってみることになった。中世絵画の企画展をやっているようだ。
木々の間を抜ける道路を軽自動車で走る。セミの声は、もうそろそろ晩夏っぽいな、と思った。脂ぎったアブラゼミのジージージーという声や、ツクツクボウシのリズムに乗った声ではなくて、なんというかカナカナカナ・・という感じの声になる。
2021/4/15)若干、修正しました(年など)。




