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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
14/19

0130 2018年(11) 父との話

※人によっては鬱展開と思われるようなくだりが後半の父の話の中にあります。読み飛ばしても構いません。

 母を墓地まで迎えに行く。姉が時々乗っているという白い中古の軽自動車は、坂道ではクーラーを切らなければ全くスピードが出ない。母は申し訳なさそうな顔をしていたが、熱中症等のことを考えると無理せず連絡してくれた方がありがたい。むしろ行きのときから送ってあげるべきだったかもしれない。


 車中で父の話を聞いた。持病の高血圧のためか、調子が悪いらしい。まだそんな齢でもないのにね、だけど、・・・という母のぽつぽつとした語りをを聞くに、どうも父は生命の火が消えかかっているような風情なのだそうだ。早めに会いに行くべきなのかもしれない。


 ※  ※  ※

 

 家に帰って素麺を食べる。

 母は体がもともと強くないが、特に何か持病が発症しているというわけでもなく、榊さんに手伝いに来てもらっているといっても、要は力仕事的なもの(重いものの買い出しとか、入浴関係とか)を任せたりしているだけなので、素麺をゆでる程度はもちろん可能なのだ。

 それどころか、生姜と小葱の刻みと干海苔を添えたりという小技までなされた、久しぶりの「うちの素麺」を食べることとなり、僕はまた少年時代の夏を思い出していた。


 昔は休日になると父がドライブや遊びに出たがり、皆で中古の国産車に乗って出かけたものだった。今の自分が仮に結婚して子供ができたとして、そんな体力があるかどうか。休日になると洗濯をして、少し元気があれば銭湯にいって公立図書館に行くくらいだろうか。婚活をする元気もないし。父も結構な年齢だったはずなのだが。


 ※  ※  ※


 その後、どういうわけか僕は簡単なお土産(僕が母のいる実家にと思って持ってきたものだが、そんなのいらんから持っていきなさいと言われたもの)を持たされて、急に父の家を訪れることとなった。

 父の家は少し道の狭い界隈にあり、駐車場も見つけにくい。そこで僕は少し離れた、区画整理の済んだ一帯のコイン駐車場に姉から借りた自動車を入れ、歩いて父の家に向かった。


 赤いトタン屋根、金属でできた外掛け階段、廊下には古い二層式洗濯機やほこりの積もったビールケース、もはや使われてはいないだろう子供用自転車などが乱雑に置かれた、2階建ての古いアパートが父の現在の住居だった。川沿いにあって西日がきつい。数戸は住人がいないのか、ちらしや郵便物がドアの郵便受けに詰め込まれたまま色あせている。


 先に電話をしていたため、インターホンを鳴らすとすぐに父が出てきた。かつては恰幅も良く、精力的で大きな声でしゃべり、良く笑っていた父は、今は縮んでしなびたようになってしまっている。しかし、大きな手や、曲がってはいるが高い背丈、広い肩幅が、かつての父の名残をとどめていた。


 ゆっくりとした小さな声で父は訪いとお土産の礼を言い、古い冷蔵庫(おそらく貰い物か、中古品なのだろう)から出した麦茶をふるまってくれた。飲み終わると話もなくなってしまう。しかし父は、今日はいつもと違い、自分から何か話し始めた。


 「最近、夢を見る。昔の夢だ。」と父は言った。


 僕も最近見るよ、といっても良かったのだが、何か父の様子がいつもと違い、何かを伝えたがっているように思え、僕はじっと聞き入った。


 ※  ※  ※


 父の話。


 ―――最近、昔のことを良く夢に見る。ほら、まだ信金に勤めてたときのことだ。あの頃は羽振りがよかったな、信金でもボーナスが年に3回も4回も出たりしてたな。


 でも変だった。どう考えてもそんな値段がするはずもないような土地が、ただ土地ってだけの話で、飛ぶように売れていくんだ。買っていく側も、もちろんちゃんと使うことを考えているやつもいるにはいたよ、・・だけどたいていは、ただ転がすだけなんだ。どんな土地でもいい、とにかくちょっとうまそうな話をくっつけて買う、そして次の買い手に売る、次の買い手だって似たようなもんさ、本当にそれにそんな値段が付くのか、なんて真剣に考えちゃいない。どうせ次の買い手が買うんだから。おかしかった。金がどんどんじゃぶじゃぶ出て行って、じゃぶじゃぶ入っていってたんだ。


 不動産鑑定士ってのがいるだろう。あれは、もともと、ちゃんと土地を値付けして、変なバブルにならないようにしようっていうのが本当の役割だったんじゃねえかと思うんだ。でも不動産鑑定士の先生も、そんな高い取引が現実に成立しちゃっている以上は無視はできねえ。だって自分だけ収益還元法とかで計算して低い値段付けても、高い値段つけてくれる先生に仕事取られちまうもんな。


 みんなが、ほらタビネズミとかっていう動物があるだろう、どんどんどんどん暴走して同じ方向に歩いていって、そして海に入って全滅するまで歩くのが。あれは動物だけじゃねえ、いや人間のほうがよっぽどひでえ。今でもあるんだろうけどな。みんな横目でみてさ、他の奴らが何やってるか、ってことが一番大事なんだ、自分の中での正しさとか、誰も考えてないんだ。誰かがちょっとずるをする、それが咎められなかったら、自分たちもちょっとそれに上乗せしてずるをする、その繰り返しさ、そのうちみんなが絶対行っちゃいけない方向に走り出すんだ。


 それが急に逆回転した。ほら、大蔵省が総量規制ってのをやりだしたりしたのがいけないって話があるが、でもなあ、あんな変な相場が続くはずがねえんだ。大蔵省の役人さん、いい人は本当にいい人がいたけど、いけ好かない奴はいけ好かなった、でも頭がいいってのは確かなんだろうよ、すごく難しい試験も通るんだから。でも、その大蔵省の役人さんですら、うまく着地はさせられなかったんだろうさ。でもブレーキ踏まなかったらどうなってたんだろうね。そのままずっと世界一の経済国家になるまで進んでたなんて、絶対思えねえ。もっとひどい状態になってたんじゃねえか。それこそ、海ン中にみんな入るまで走ることになってたんじゃねえかな。


 俺が辞めたのは、そのせいだったんだ。もっといえば、急に怖くなったんだ。

 始めは紙の上の数字だった、それがそのうち、変に重たいノルマを課せられて、どんどんどんどん貸し出しして、そしてそれが真逆にいくんだ、どんどんどんどん剥がして回収していくんだ、そして二階に登って梯子外された人たちが突き落とされるわけだ。


 もちろん欲の皮の突っ張らかったやつらもいたよ。でもあの頃は誰もみな何かしら調子に乗ってたしな。でもそうじゃない、少なくともそんな重たい責任とか負わされるべきじゃないような、ごく普通の人たち、本当ならささやかに幸せに暮らせてたはずの人たちが、ツケを払う羽目になってたんだ、いつの間にか。金だけじゃねえ、命でもツケを払わされたんだ。


 毎日日付が変わるまで残業して、それも最初はどんどん貸せ貸せってのが、どんどん戻せ戻せって、掘った穴を埋め戻すような仕事だよな、いやもっとひどいんだけどな。上のやつらなんてもう信じられねえ、いままで竹刀で机をばんばん叩いてちんたらやってんな、土地があれば貸せばいいんだよって言ってたやつらが、まるで逆のことを言い始める。しかもそれがお咎めなしなんだ。なんなんだろうな、って思ったぜ。


 もちろん辞めたのは、そんなことが原因じゃねえ。もっとみみっちいことなんだけどな。

 信金だって、金貸しなんだ。同情はするな、したとしても飲みこまれるな、ってよく先輩たちからも聞いたもんさ。でもなあ。


 仕事でお付き合いのあった呉服や生地なんかの店の家がな、心中事件起こしたんだ。一家が死ぬ前にな、夕ご飯食べませんか、って話が来てさ。普通はそんなの行かないんだが、なんか予感がしたんだ、どうにかしないといけねえって。


 土地をごっそり担保に入れて、連帯保証人にまでなってたんだ、それでその家の主人の兄弟か何かが事業に失敗してさ、全部とられるってことになってたんだ。いや、兄弟の方の事業は何だったかな、宅地開発か何かじゃなかったかな。ほれ、あの墓地公園の先の団地のなりかけみたいなのがあるだろ、あれだったかな。


 とにかくそれで店、家、屋敷、貯金、全部取られることになりそうだってんで泣きついてきたんだろうね。でもねえ、お願いします、って言っても無理だろ?ごめんなさい、無理なんです、っていったらもうそのことについては何も言わなかったんだよ、その人。普通に楽しそうに話してたんだ。それで、なんとか当てがあるのかも、って思ったんだ。俺の目、節穴だよな。


 そのとき、その人とのご飯のときな。息子を連れてきててさ、まだ小学校に上がる前だったかな、小さくてかわいいのな。日頃は大したもの食べてなかったのに、急に美味しいものがいっぱいあるところでなんでも注文していいって言われて、すごくメニュー写真みて悩んでたな。お前はもう中学生だったか、でも同じような時があったからな。かわいかったときがな。


 いや、大した店じゃなかった、ラーメンも出るファミレスみたいなところだったさ。そしてラーメン選んでさ、今日は一人で全部食べたいって言って。いつもは誰かと分けて食べてたんだろうな。いいよっていったらすごく喜んでさ、熱いのをフーフー吹いて、顔真っ赤にして食べるのな。食べ終わって食後のアイス食べて、お腹もいっぱいになったのかだんだん目が細くたるんとなって幸せそうに赤い顔して寝ちゃってさ。寝ちゃったですね、じゃあまあここらへんで、って帰っちまったんだ。


 その日のうちだよ、一家心中したのは。もしかして無理心中だったんじゃねえかな。少なくともその子はなあ。奥さんは知ってたのかもしれない、一番きれいに見える、お気に入りの服を着て、ネックレスを付けてたって聞いた。車で海に飛び込んだのさ。ブレーキの跡はなかった。後で警察が来て話を聞かれたよ。


 男の子は、・・最後まで幸せな夢を見たままだったのかねえ。借金取りとかが家にきて、子供心にもなんかよくないことがあるって思ってたんだろうさ。それが久しぶりににぎやかなお店にきて、好きなもの食べて。大好きなお父さんも、なんか最初は難しい話してたけど、その後は気のいいおじさんと楽しそうに笑って。おまけのガチャも引かせもらって、そんでちゃっちいおもちゃももらってさ。ほら、チョロQって言ったっけ。なんか発条(ばね)で走るちっちゃなミニカーだよ。くるまの玩具が好きで、当たって大喜びしてたな。眠ったまま抱きかかえられて帰るときも、そのおもちゃだけは離さなかったな。


 辞めたのはその3か月後くらいだったか。残業しているときに、急にそのおもちゃのことがな、頭を離れなくなってな。もうたまらなくなって涙が出て止まらなくなったんだ。人の家の話だってのによ。だけど、似たような話がたくさんあったんだ、あの頃。もう限界だって思っちまった。

 お前たちには本当に悪いことをしたと思ってる。大学行くのも大変だっただろう、済まなかったな・・。


  ※  ※  ※


 父は声を詰まらせ、アイロンのかかっていないハンカチ(昔、見た柄だったように思う)を目に当てたが、その後、首を振って、「つまんねえ話、したな」といった。そして僕もお返しのようにぽつぽつ話す近況をうんうん、と目元に笑い皺を寄せて聞いていた。


 西日が古いアパートを赤く染めた。もうそろそろ帰りな、と父は言って、駐車場まで送ってくれる、といった。そんな遠くまで送ってもらわなくても、と僕は言ったが、どうせ銭湯にいくんだ、ついでだよ、と父は言った。


 自動車に乗り込んだとき、どうしても何か今言わなければという衝動に駆られた。くるくるとドアガラスを下げて、タオルとシャンプー類を入れたかごを持って見送りで立っていた父に、僕は言った。


 「あのさ、結婚することになったらさ、僕が、」


 父はちょっとびっくりしたように「えぇ?」と運転席の外から身をかがめて耳に手をあてた。


 「だから、僕がもし結婚することになったら、式に来てくれる?」


 父は笑って、結婚する予定があんのか?あったら行くさ、必ずな、と言ってくれた。予定はないけど、ちゃんと身体に気を付けてね、元気でね、と僕が言うと、父は心配するな、まだまだ大丈夫よ、と言って笑った。何か言いしれない不安と、今日、久しぶりに昔の父と同じように心の広い父に接した気になった喜びとがないまぜになったまま、またね、と大きな声で言って、車を発進させ、窓から手を振った。駐車場から出た小道を曲がるまで、バックミラーには、わきにプラスチックのかごを抱えたまま、こちらをずっと見やって動いていない父が写っていた。


 ※  ※  ※



2021/4/15)若干、修正しました(年など)。

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