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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
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0100 2018年(8) 日暮れまで

 探索の結果、僕は相当多くのことを忘れ去っていたようだと気付かされた。

 

 僕は小学生のころは結構成長が早かった(クラスでは背が2番目くらいに高かったし、まあ自分のことを頭が良いと信じ込んでいた)から、簡単にいえば子供っぽい同級生とはあまり話も合わず浮いてたように思っていた(し、そんな記憶もちらほらある)が、意外にクラス活動とかも中心的にやっていたらしい。自分でもびっくりだ。


 担任の先生からの一言メッセージには「一年間に心身ともに成長してびっくりしました。副委員長として、文化祭や運動会も、すごく頑張ってくれてありがとう!」とあった。

 記憶では、(後にして思えば)知識を鼻にかけた言動をして先生にも煙たがられていた気がしたのだけど、アルバムの運動会の写真では、担任の先生僕と委員長の宮島さんが並んで屈託なく笑っている写真が撮られてる。

 いや僕の性格で副委員長とかやってたっけ?確かに2学期にやったような記憶もある。考え込みすぎてまた少し鼻血が出た。


 ともかくも立ち直って、姉の夕食の用意を手伝う。

 今日は京ちゃん(榊さん)も一緒にごはんに誘ってみようよ?とまた姉がいらんことを言い出す。

 反射的にいいよ迷惑だと思うよ、と言い、また内心でもこんなみすぼらしい家に招くなんて、と落ち着かない思いがする(榊さんの家には、子供のころの誕生会で1回か2回行ったことがあるだけだが、とっても重厚な感じの家具があってすごくきれいに片付いた家だったのを覚えている。間取りはほとんど同じはずなのに、床に新聞が積んであったり読みかけの本がちらかってたりする我が家とはえらい違いだった)、どこかで榊さんも来てくれたら嬉しい、などという感情があり、勇気がなくて自分では誘えないけど、姉のこの突破力を頼りたい気もする。


    ※    ※    ※  


 子供のころの3歳違いは超えられないほど大きな距離で、姉は地平線を見渡す人生という冒険における頼もしい先達に思えたものだ。

 今はお互い30代で違いは相対的に小さくなっているはずなのに、未だに姉は手もなく弟(僕)を転がしてしまい、僕はこうして無理くりに丸め込まれて榊さんの家に固定電話を掛ける羽目になっている。


 「・・はい」


 思ったより暗いというか硬い声で電話に出られてひるんでしまったが、名乗ると「たかちゃん!?」とトーンが上がり、思ったより友好的であることがわかってほっとする。

 夕食に誘うと、そう思ってたの、と言って、20分後に行くね、手伝うよ、と言って電話が切れた。

 振り返ると姉がニヤニヤとしている。なんだかやられた気分だ。


    ※    ※    ※  


 今日の榊さんは薄いブルーのコットンの半袖シャツに長めの寒色系のフレアスカートで現れた。なんでもない服装だけどきりっとして見える。

 姉が如才なく、今日はスイス風、かわいーなどと言ってきゃらきゃらと談笑している。


 結局献立はなんていうことはない野菜炒めとみそ汁とごはんに榊さんが作ってきてくれた酢の物になる。

 詩織ちゃんも少しずつ僕の存在に慣れてきて、台所から押し出されて所在のない僕に、いろいろ自分のお気に入りの本とか見せて説明してくれる。

 うれしいしかわいいけどちょっと面倒だと思う僕はつまらない大人なのだろうかと考えて少し内心凹んだ。


 テーブルを部屋の中央に少し引き出し、母と姉と詩織ちゃん、僕と榊さんの順にテーブルを囲んで有夕食をとる。

 姉はご機嫌でアルバイト先のちょっと面白い事件や愛すべき困ったちゃんのお客さんの話などをして座を明るく浮き立たせる。

 話がよく分かっているかわからないけど詩織ちゃんもすごく楽しそうに足をぶらんぶらんさせながら笑っている。

 

 食後にみんなでトランプをする。

 母は居室にもどってしまったが、詩織ちゃんもできるものということで神経衰弱をする(もちろん手加減付き、詩織ちゃんは3回裏返していいことにしている)。

 ひととおり遊んだあとで、今日も送っていきなさい、と榊さんとドアから押し出された。


 昨日と同じように廊下を歩き、階段を下りる。

 なんか気詰まりになってしまって、僕は何でもいいからこの少し気まずい沈黙を破りたくて言葉を探す。


 「あのさ、・・」「隆ちゃん、・・」


 発言か被ってしまい思わず顔を見合わせる。ちょっと恥ずかしそうに喉の奥で笑った榊さんは、「どうぞ」と奥ゆかしく、少しいたずらっぽく先手を譲る。

 いや、先にどうぞ。私のはどうでもいいことだからいいよ先に。いやそういわないで、レディファーストだから。お願い先に言って、気になって眠れなくなるから。仕方なく先に声をかける。


 「後藤先生、って覚えてる?」


 「知ってる、あの先生でしょう?隆ちゃんが昔、命を救ったっていう・・。どうしたの?」


 「いや、覚えてるんだ、榊さんも。僕はすっかり忘れてて、でも最近葉書が来たから。」


 「忘れてるのがどうかと思うよ?去年くらいに私も小母様から聞いたけど、すごかったじゃない、新聞記者とか来て」


 「あ、そうなんだ。いや、本当にすっかり忘れてて。・・あとこの前の話だけどさ、よかったらどこか行く?遠出だったら、うちの姉に軽自動車とか借りられると思うけど」


 そういうと、榊さんは、一瞬びっくりしたように目を少し見開いて立ち止まり、そして嬉しそうに笑った。


 「うれしい!行こうよ。明後日の土曜日だったら、私、大丈夫。隆ちゃんは?」


 「毎日が日曜日だから、僕も大丈夫。だけど、車の方は、うちの姉が使わなければ、になるけどいい?」


 「どっちでも別にいいよ?車があればいろいろ行けるけど、なかったら京町とか、都通りとかに行けばいいじゃない」

 

 うん、ちょっと確かめとくね、と言ったが、榊さんは(僕は人の表情を読むのがすごく苦手なのだが、その僕から見た限りでは)とてもうれしそうだった。そう、なんだか申し訳なくなるくらいに。


 「ねえ、さっき言いかけたのは何だったの?」


 「えー、なんでもなかったんだけど、・・」


 「僕も気になって眠れなくなりそう」


 えー、いじわる、と言って笑った榊さんは、少し真面目な顔になって言った。


 「ほら、さっき電話を受けたとき、すごく私、変だったかも?と思って。すごく落ち込んでたというか、ちょっと嫌なことを思い出したりしてたから・・」


 何に落ち込んでいたのか、と聞きたい気がしたがこんなところで聞くのもなんだなと思った僕は、あ、そうだったんだ間が悪かったんだごめん、と言ったが、榊さん的には大事なことだったらしくて、既に部屋の前についていたが立ち止まって力説された。


 「もう大丈夫なんだけどさ、隆ちゃんだと思わなくて、あんな風に出ちゃったの。隆ちゃんだったから、びっくりしたけど、すごく元気になったの」 


 だからすごく暗い感じだったけど、隆ちゃんの電話が嫌だったんじゃないんだよ、と念押しされ、さらに、そうだよかったら携帯電話教えるからそっちに掛けてね、と言われる。

 名刺じゃなくてナンバーを交換するのは結構久しぶりな気がする。

 ワンギリして正しいか確かめ合ったあと、何となく別れがたくて顔を見合わせる。ちょっと寄って行かない、とかいう流れはさすがにないよな、あったらいいのにと思いながら、またじゃあ土曜日のことは電話するね、と言って、手を軽く挙げて別れようとすると、榊さんは、あ、ちょっと待っててすぐだから、と言って一瞬ドアに引っ込むと、手に小さな包みを持ってまた出てきた。


 「これさっき持っていこうとして忘れてたんだけど、よかったらみなさんで召し上がって。実はいただきものなの。ちょっと失礼かもしれないんだけど、私、一人だから食べきれないと思うし・・」


 地元で美味しいと有名な、高級洋菓子店の包み紙だった。


 「えー、いいの?ありがとう、でも、これすごく上等そうだけど、本当にいいの?今開けて少し分ける?」


 言ってからなんか失礼だったかも、というか、場にそぐわないことを言っちゃったかも、と思うことがよくある。今みたいに。

 でも、榊さんは気にした様子はなく、にこにこしながら押し付けてくる。


 「それ、知ってるでしょ?賞味期限が短いし、私一人で食べても太っちゃうし。だからお願い。あ、洋酒が入ってるのは、詩織ちゃんはダメかもしれないからちょっと気を付けてね」


 そうしてまた、高校生くらいでまだ遠慮しあってるカップルのようにじゃあね、バイバイ、おやすみなさい、と言い合って別れる。

 少し歩いてドアの音がしないことに気づいて振り返ると、榊さんはドアの前で、ドアを手で支えて見送ってくれていた。蚊が入るかもしれないと余計なことが頭によぎった僕が、両手で、中にどうぞ、とジェスチャーするのをみて、榊さんは片手でもう一度手を振ってからドアを閉めた。


 さっきの、榊さんのちょっとびっくりしたように目を瞠ってこちらを見上げた姿が思い出されて、なんだか年甲斐もなく胸に柔らかく暖かいようなくすぐったような感情がこみあげて、階段を2段飛ばしで軽々と上って実家に戻った。

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