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(仮)あの日の蝶を追いかけて  作者: logicerror
第1章 過去への扉
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1988年5月(1) 明晰夢

 何度も見ている夢は、これはあの夢だな、と夢の中で思うこともある。その日の夢も、始めはそういう夢だと思っていた。


 5月くらいの小学校の教室だった。

 僕の座る窓際の席の外からは、暖かい日差しが差しこんできてかすかに眠い。

 先生が落ち着いた声でごく初歩的な天体に関する知識を繰り返し解説している。

 私立中学校を受験する生徒はおろか、平均的な生徒にすら基本的過ぎて真面目に聴くに値せず、他方で底辺の生徒たちには難しすぎて真面目に聴くに値しない、そういう内容だ。


 「そういう、場所が一定しないで動く星の事を「わく星」といいますね。『わく星』の『わく』とは、惑う、というこの字です。場所が一定しないから、そういう名前に・・」


 このたどたどしい説明で、僕はこれがあの夢だ、と気付いた。

 というのも、この夢は僕が小学5年生のとき、現実にあったある事件に関する夢だったからだ。

 それはかなり凄惨な事件で、僕のトラウマの一つとなっていたからだ。


 そのことに気付き、僕はさあっと血の気が引く思いがした。 

 陽が入っていて、顔に日光がを感じるのに、肌が汗でぬれたように冷たく感じる。

 軽い脳貧血のように、視界がモノクロに見え、頭を支えきれず机に突っ伏した。

 手が震えて鉛筆が落ち、派手な音がした。身じろぎしたついでに当時流行っていたカンペンケースまで落としてしまった。


 「おい、永島、どうした?顔色が悪いぞ?」


 一連の急な動きにクラスメイト達の目が動き、先生まで気が付いてしまった。

 この教師は気分屋でえこひいきもあるように感じていて(もっとも、先生としてはまじめで従順な生徒と話も聞かない反抗的な生徒で扱いが違ってくるのは、当然だと今では思うが)、当時はあまり好きではなかったが、今日はたまたま機嫌が良かったようだ。


 「気分が悪いんです。」


 あの夢だ、と気付いたときほどではないが、気分が悪い。暖かい午後のはずなのに、肌に触れる空気がすうすうする。


 「歩けるか?・・宮島、お前ちょっと永島を保健室まで連れて行って来い」


 僕は学級委員長の宮島由美子といっしょに授業を免除され、階段を下りた。

 宮島さんというのはまあ典型的な優秀で性格も良いお姉さん肌の子だった。

 良く考えるとあの当時は、こんな風に途中退席して保健室に行くことがあったが、つきそいの学級委員等は授業を受けられなくても大丈夫だったんだろうか。

 

 保健室は旧校舎の1階の端にある。小学生5年生の頃の僕の教室は3階の端で、保健室の2階上にあたる。

 保健室のドアをあけるが、中には誰もいなかった。たまたま養護教諭は席を外しているらしい。そして僕はその理由に心当たりがあった。


 「永島くん、ちょっと横になってたら?熱を測ろうか?」


 宮島さんが覗き込んでくるが、熱はない貧血だと思う、と答えてベッドにもぐりこむことにした。

 気分もよくなったし戻ってていいよ、という。優等生の級長さんを授業から長く外すわけにもいくまい。宮島さんはお大事にね、と言って帰っていく。

 この当時、男子と女子の間はなんというか殺伐としてたというか、ちょっと喧嘩腰なのがデフォルトだったのだが、そういえば宮島さんはその貴重な例外だったなあと思いだす。多分少し早熟で、同級生男子も子供に見えてたんだろうな。


 この夢は変だ。今までもこのことを夢に見ることはあった、・・しかしそれはいつも映画のように同じ筋書きを同じようにたどる夢だった。

 今日の夢は変に現実的で、いつもと違う展開が起きている。


 この夢の原型だった小学校5年生の頃、僕は窓際の席で外を見ていて、屋上から飛び降りた人を目撃したのだ。

 窓の外を通過する人、それが数秒後地面にぶつかったぐしゃっという音、そして窓際の席から下を見下ろしたときに見た、地面にうつぶせに横たわる人の頭の付近の黒々とした染みとねじくれた手足がトラウマになり、それから幾度となく悪夢にうなされることになった。

 しかし、今日は。


 ・・僕は保健室のベッドから起き上がった。


 保健室は教室の真下に当たる。そして僕の教室の座席の位置から、落ちてくる人の場所の特定もできる!

 時間はあまりない。自殺者は授業終了のチャイムに背中を押されたように飛び降りたはずだ。時計をみると、もうほとんど終了時刻だ。あと1,2分といったところか。


 僕は寝ていた布団を乱暴に丸めて抱えて、とりあえず上履きのまま外に出る。

 上を見上げるが、その位置からは人影は見えない。


 僕は汚れるのを承知で布団を広げる。しかしこの程度のことで人が落ちて地面に衝突する勢いを殺せるわけもない。保健室に戻って敷マットレスを剥いでくるか。いやそれはこの小学生のちからでは無理だ。あるいは大声を上げて投身をけん制。むしろ慌てて飛び降りそうだ。途方に暮れる一瞬、頭の中にふと別の考えがよぎる。

 

 ―――これ、夢だよな。だったら、―――


 目的は本当の意味で投身自殺を止めることじゃない。これは夢の中の話で、トラウマを上手に逸らせばいいだけだ。だとすると。

 僕はぴょんと保健室の窓をジャンプして入る。物理的には到底無理な話だが、都合のよく願望が実現していく夢の中では簡単な話だ。重い敷マットレスを片手でちょいと剥がすのも、物理的にはおかしいはずだがその重いマットレスを片手に持ったまままた窓から飛び出すのも、それをぽいと広げるのも。

 

 チャイムの音が鳴る一瞬。日が陰った。

 僕は直感のままに、布団とマットレスの山をちょいと微調整し、最後に手に持っていた枕を動かす。ごくごくかすかなひゅうという音がして、手の先に衝撃が走った。何かを変えた、変えてしまった、と、そう思った。

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