こんな夢を観た「赤ちゃんを押し付けられる」
フード・コートでハンバーガー・セットを食べている。そこへ、ベビー・カーを押した母親がやってきた。
母親は、わたしの隣の席にベビー・カーを停めると、
「さぁて、買い物にでも行ってくるかな」と言う。どうやら、赤ちゃんを置いて出かけるつもりらしい。
「あのう、赤ちゃんから目を離すのは危ないですよ」つい、口を出してしまった。
「あら。でも、そうは言うけど、ベビー・カーを引きながらなんて、買い物できないじゃない。困ったわね。そうだ。それじゃ、あなた、この子を見ててくれない? ほら、いかにも子供が好き、って顔をしてるし」
「えーっ、そんなのこっちが困ります」思いがけない展開に、わたしはびっくりする。
「そんなこと言わないの。どうせ、そこでファスト・フードなんか食べてるだけなんでしょ? いいじゃないの、ちょっとくらい。すぐに戻るんだからさ」早口でまくしたてられ、反論する間もなく、押しつけられてしまった。
「参っちゃうな。余計なことを言うんじゃなかった」後悔してももう遅い。母親はさっさとショッピング・モールへと行ってしまい、あとにはわたしとベビー・カーに寝かされた赤ちゃんだけが残される。
ふいに、赤ちゃんがむずがり始めた。
「ほーら、ほらほら。泣かないの。泣いちゃダメでちゅよー」ベビー・カーを覗き込んで、わたしは必死にあやす。ミルクが欲しいのだろうか。それとも、おむつかなあ……。
ぐずぐずと泣き声を洩らすので、とりあえず抱き上げる。
「はいはい、はぁーい。べろべろっ、ばぁ。いい子でちゅねー。どうちちゃったのかなー」
生後半年くらいだろうか。頭の毛も生えそろい、顔立ちもはっきりしている。長い睫毛にピンクの産着の、可愛らしい女の子だった。
軽く体を揺らしてあげると、次第にご機嫌になってきたらしく、ぐずるのを止めた。真っ黒な瞳でわたしをじっと見つめている。急にこの赤ちゃんが愛おしく思えてきた。
赤ちゃんを見つめ返し、にこっと微笑む。
すると、どうしたことか、赤ちゃんの鼻の下に、ヒゲが生えだす。
「えっ?」
ヒゲはどんどん伸び、ついには先っぽのくるっと丸まったカイゼル髭になった。
「どうしてっ? 赤ちゃんなのにっ。女の子なのにっ!」
赤ちゃんは、分別のついた面立ちでいきなり話した。
「あんた、あたちのこと、汗とミルク臭いって思ってるでちょ?」
わたしはギョッとする。
「あの……いいえ、別にそんなことは」思わず言い淀む。
「ウソおっちゃい。まあ、いいわ。それより、頭の後の手をどけてちょうだい。あたち、もう首はちゃんと座ってるんだから」
「あ、はい」わたしは後頭部を支えていた手をそっと外した。なるほど、だいぶ、しっかりしているようだ。
「いいわ、それで。あたちを押しちゅけられて、すっごーく、迷惑だと思ってるでちょ? だけど、あたち、自分のことぐらい、面倒見られるんだから」赤ちゃんは言う。さっきはぐずっていたのに。「あたちね、こうちてゴロゴロちてながらも、あれやこれや、色々と考えてるのよ。特にウチュウなんて、興味深いわね」
「宇宙?」わたしは聞き返した。
「そうよ、ウチュウ。ビッグ・バンって、あんたちってる?」
「宇宙が始まったっていう、大爆発のことですよね?」
「うん、それ。みんなは、あれがたった1回きりのばくはちゅだと思ってるけど、あたちに言わせると、それは間違いなの。きっと、立て続けに起きてるはじゅよ」
「そ、そうなのっ?」聞いたこともないような説に、わたしは仰天した。
「鉄砲の弾みたいなもんよ」赤ちゃんはもっともらしく語る。「パンッて火薬が破裂して、弾が飛びだちゅの。あたち達は今、その弾にしがみついて飛んでるところ。あとからあとから、弾が打ちだちゃれてくるんだからっ!」
「へえー……」妙に説得力があるのは、その口調のせいなのか、それとも豊かに変化する表情のおかげか。
その後も、自分で考えたという奇妙な学説を次から次へと持ち出しては、真剣に説く。世界中には、目に見えない歯車がいくつも絡みあっていて、小石がわずかに動いただけで、銀河のどこかで星が1つ消滅するとか、一目惚れは遡ること数億年、アメーバだったころにそのきっかけがあったなど、夢物語だとしても、頭がついていけないことばかり。
「そんなことを、あたちは日頃、ミルクを飲みながら考えてるの」赤ちゃんは満足そうにうなずく。
しゃべり疲れたのか、目もとがとろんとしてくる。心持ち、体温が上がってきた。だんだんと重くなってくる。
「おねむかな……」わたしは赤ちゃんをベビー・カーに下ろした。もう、すやすやと寝息を立てている。
立派にそそり立っていたカイゼル髭は、いつのまにか、きれいさっぱりなくなっていた。




