その七 吸血鬼の生態
あれからずっと何時間も歩き続けている。始めの頃はモンスターが出てこないかとビクビクしていたのだが、いつまでたっても何も起こらず、次第に緊張は解けていった。相変わらず視界は青白く光る木で埋め尽くされており、昼夜も分からず時間の感覚を奪われる。もう既に丸一日歩いたのではないか、そんな気さえしてきた。
ときどきコンパスを見ては進路を修正し、思案を巡らせながら歩く。休憩は全くとらず、食事も睡眠もしていない。これはこの肉体がそれらを必要としないのか、それとも血を吸った効果なのかは分からなかった。この世界の吸血鬼に聞いてみたいものだ。
「おっ」
などと考えながら歩いていると、森の少し先の方がずいぶんと明るくなっている事に気がついた。待ち侘びた変化に小躍りしたい気分だったが、慎重に歩を進めた。
近づくにつれて、その原因が分かってきた。空を覆い隠す様に大きく葉を広げていた木々が、奥に行くにつれ、その葉の範囲を次第に狭めているようだった。そうなるともちろん隙間から太陽光が差し込み、木漏れ日となり森を照らす。森の終わりが近いのかもしれない、青白い発光も収まりつつあるようだ。
だが俺は歩みを止め、その場で立ち尽くした。
おそらく俺は吸血鬼なのだと思う。もちろん予測でしかないが、これが最有力候補だ。
そして以前の世界で吸血鬼は多くの物語で描かれ──俺も幾つも知っている──大抵のものには致命的な弱点が描写されている。
日の光を浴びると灰になるのだ。
この世界の吸血鬼と、前の世界の吸血鬼とでは異なる事も多いだろう。もしかしたら俺は吸血鬼ではないのかもしれない。だが過信して堂々と日に当たり、灰になったら冗談にもならない。
幸い、木漏れ日の差す場所まではまだ遠く、視力が強化されているお陰で早期に気づく事が出来た。もしもこれが明け方の事だったら、気づかぬ間に逃げ場を失っていただろう。
コンパスを確認すると木漏れ日の方を指し示している。今更進路を変えるのも納得がいかず、あれこれ考えて最後に出した答えは、夜まで待つことだった。
未だにボルド以外の生物は見かけていないが、念のため木の上で休む事にする。青白く光る幹に手をかけスルスルと登り、手近な太い枝に跨がった。ナップサックは少し上の丈夫そうな枝に引っかけておく。
久しぶりに一息つき、体から力を抜いて背を幹に凭れかけさせ、ゆっくりと目を瞑った。
さやさや……と葉の擦れる心地よい音が耳をくすぐり、優しい風が頬をなでる。
こんなの……前世じゃ無かったなぁ……
再び目を開けたとき、そこは雲と青い空しかなかった。今度は子供の姿でだ。
……もしかしてまた死んでしまったのだろうか。
「やぁやぁやぁ、また来てもらって悪いね」
ゆっくりと背後を振り返ると、やはりそこにいたのは小さな神だった。
「おま」
「分かってる分かってる! 色々聞きたい事はあると思うけど、とりあえず僕の話を聞いてよ!」
言葉を遮られたのは気に入らなかったが、とりあえず話を聞く事にした。
「まずはごめんなさい。転生失敗しちゃった……」
そう言いつつ申し訳なさそうに頭を下げるアクィナス。
やはり失敗していたのか。
「頭なんて下げないでくれ。新しい命をくれたのはアクィナスなんだし、別にまだ死んではない……よな?」
「ありがとう……。それと今は寝ている君に話しかけてるだけで、死んでなんてないよ。夢の中って感じかな。本当はもっと早く話したかったんだけど、寝ている時の方が都合が良いんだ」
「そうか、安心した。ところで転生に失敗ってどう失敗したんだ?」
まだ自分は生きているという事に一先ず安心したが、やはり失敗という言葉が気にかかる。
「えぇとね……。転生の作業の途中に邪魔が入って、途中で放り投げちゃった感じかな……? いや、触媒化とか諸々の事は終わってるから安心してね。
ただ『いざ下界に魂を送らん!』って時に友達が急に遊びにきて……びっくりして魂投げ捨てちゃった」
「ちょっ……! 何してくれてんの!?」
この神はなんて事をするんだ! 人の魂を投げ捨てるだなんて……。
「ごめんごめん! でもほら、そういう事あるじゃん?」
もうこの神様には何を言っても無駄な気がした。
「まあ、そんなわけで投げ捨てた拍子に、何処か飛んでって適当な枠に収まったっぽいよ」
「お前絶対反省してないだろ……。まぁ、それはもう良いさ。
それで、結局俺は何に生まれたんだ? 吸血鬼になったのか? それとも別の何かなのか?」
「ん? 君の種族かい? ヴァンパイアなんじゃない? たぶん」
「なんでそんな適当なんだよ! 神様ならはっきり教えてくれ、死活問題なんだ!」
俺はつい声を荒げてしまったが、それに対してアクィナスは困ったような表情を浮かべている。
「うーん……。申し訳ない事に、君の魂に僕の力を纏わせたおかげでノイズがキツくてはっきりしないんだ。でもほぼ間違いなくヴァンパイアだと思うよ」
「そ、そうか。怒鳴って悪かった。だけど出来ればヴァンパイアの生態について教えて欲しい。このまま何も知らなかったらすぐに死にそうだ」
「そうだね……。元はと言えば僕が悪いんだし、教えてあげるよ。それに死なれると困るしね」
そう言うとアクィナスはヴァンパイアについて簡単に教えてくれた。
俺はアクィナスの話を聞き、それを頭の中で整理していた。
ヴァンパイアはその肉体の半分近くを魔力で形成しており、魔力の扱いに非常に長けている種族だ。
そのため人間よりも多くの魔力を保持しており、使用する魔法も強力である。
半分は魔力で出来ているので、生命力も高く寿命かなりも長い。
しかしその出生の特異性から数は少なく、基本的に正体を隠しているので遭遇する機会は少ないそうだ。
ヴァンパイアは自然に発生する事はなく、吸血された人間が極稀にヴァンパイアになる。吸血時にヴァンパイアが故意に魔力を流し込み、その魔力に体質が合う者だけが変化するのだ。
自然発生しないとは言ったが、俺は神の力の影響で例外とのことだ。
次にヴァンパイアの弱点だが、やはり日の光に弱いそうだ。日に当たると灰になる、というわけではないがすぐさま体を焼かれ、ひどい火傷を負うらしい。もちろん当たり続けると死ぬ。
直接当たらなければ多少は大丈夫なようだが、晴れた日の日中は出来るだけ外出は避けた方が良さそうだ。
別に教会や聖水といった聖なる物に弱いということはないとの事で安心した。
身体能力は思っていた通り、筋力や体力、耐久力などが人間より遥かに強くなるらしい。これらに加え、視覚、聴覚、嗅覚といった感覚器官も鋭敏になる。もはやほぼ全てにおいて人間を上回っていると言ってよさそうだ。
どうしてヴァンパイアになると身体能力が上がるのだろうか。それはその体質に大いに関係していた。
ヴァンパイアは体の半分近くが魔力で形成されていると言ったが、これにより肉体に影響を及ぼす魔法が馴染みやすく、常に身体強化の魔法をかけた状態になっているのだ。この魔法は無意識下で自身の魔力を消費して行われている。
大半の生物は魔力を使用しても、じっとしていれば空気中から魔力を吸収し回復する。
しかしヴァンパイアはそうはいかない。体が勝手に魔力を消費するのだ。空気中からの吸収量では回復に至らず、体内の魔力はじわじわとした減少を続ける。そして最終的に自らの肉体を構成する魔力を消費し、大きく弱体化してしまう。
それを防ぐためにヴァンパイアは、多くの魔力が含まれていると言われる血を定期的に必要とするのだ。
血を飲む事で魔力は大きく回復し、一時的に通常よりも強化の度合いが大きくなるらしい。
わざわざ相手が死に至るような量を飲まずともよいが、夢中になってしまい殺してしまう事もある。
血を飲みたいという欲求は魔力不足のときに強くなり、最低限そのときだけ飲めば言いそうだ。
あくまで血は魔力回復のために飲むのであって、普通の食事も取るが、その体質から必要とする量はかなり少ないらしい。
ヴァンパイアに関する話はこのぐらいであった。
まだ話は続いていたが、大した内容ではなかったので一度話を遮り、「ヴァンパイアに関する重要なことはそれぐらいか?」と尋ねたところ、「まぁ、そんなところかな? 他に何か聞きたい事があるのかい?」と返事が返ってきた。
ヴァンパイアにはまだ特徴はあるらしいが、細かいところは自分で調べよう。それよりも、俺にはどうしても聞きたい事があったのだ。
「頼む、魔法の使い方を教えて欲しい────」
本当に申し訳ありません。
設定が甘すぎるところあったので、深く考え直しているところです。
しばらくお待ちください。