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その四 初めての……





 走り出して二十分ほどが経過した。


 ……いや、遠すぎだろ、とか子供にそんな体力ある訳ないだろ、とかいう突っ込みは止めて欲しい。俺もそう思っているんだ。ただし速度は子供並みだ。

 なぜか足の裏も痛くないし、これがアクィナスの言う特典ってやつかな?


 しかし、せめて服……いや下着だけでも欲しかった。

 いや……ほら、あの、素っ裸で走ったら……子供と言えど……アレが…………ねぇ?


 ずっと走っていたせいでくだらない事を考えていた。いや、重要だ。

 その間も金属音はなり響き、近づくにつれどんどん大きくなっていたが不意になりやんだ。


 勝負がついたのかもしれない。

 早くしないと立ち去ってしまう!! 急がないと!


 俺は自分の身の危険を忘れ、心持ちスピードを上げた。


 これ以上早く走ると、この体に慣れてなくて転ぶんだよ……。











 音が鳴り止んでから五分ほど過ぎたころ、唐突に森が少し開けた場所──といっても相変わらず空は見えない──に出た。

 急いで身を木の陰に隠し、広場の様子を窺う。


 草花は踏み荒らされ、地面の所々が赤く染まっている。明らかに戦闘の跡だ。

 しかしそこには人影はなく、モンスターの死体という物もなかった。


 なおも木に隠れながら広場を観察すると、辺りに良い匂いが漂っている事に気がついた。

 嗅いだ事はある気がするのだが、何故か思い出せない。なにやら腹に染み入るような感じだ。

 この匂いは何だったか、と記憶を探りつつも観察は忘れていない。


 すると血痕が点々と一方向に続いていることに気がついた。


 逸る気持ちを抑えつつ、今度は慎重に木に隠れながら血痕を辿る。






 ────血痕を辿るにつれ、匂いは強くなっていく────




 そして、ついに血の持ち主を発見した。



 それは三十代ぐらいで筋肉隆々の、厳つい顔をした男だった。地面に座り、木にもたれかかっている。

 いや、厳つく見えるのは、傷の痛みに耐えているからだろう。よく見ると腹部の防具に大きな穴が開いており、そこから血が流れている。


 つい駆け寄ろうとしてしまったが、まだ傷を負わせたヤツがいるかもしれない。

 注意深く辺りを観察してみたが、目の前で死にかけている男以外の気配はしなかった。


 安全と判断すると、すぐさま木の陰から飛び出しその男に近寄った。


 ────傷口は見ないようにして。






「……大丈夫ですか!?」


 大丈夫な訳ないだろう。と思ったが、それ以外にかける言葉が見当たらなかった。


「!!  ……天使か…………」


 男は目を見開いたかと思うと、変な事を言い出した。


 こんな大の男に天使と呼ばれるのは何か嫌だったが、よくよく考えると素っ裸の三、四歳ぐらいの子供がこんな幻想的な森の中で死にかけの男の前に現れるなんて……そう思っても仕方ないよなぁ……。


 ん? 神様に頼まれてこの世界に来たんだから、神の使いって意味で天使で合ってるのか。


 ……しまった。人が目の前で死にかけてるのに、何のんきな事を考えてるんだ。あまりにも非現実的で現実逃避をしてしまったようだ。


「な、何か治療する物はないんですか!?」


 慌てて聞いたが、男は一言。


「もう……駄目だ……」


 見ると最初見たときよりも顔は青ざめ、出血は緩やかになっていた。鼓動が弱まり、吹き出すことも出来ないのだ。

 だが話す事はなんとか出来るようで、男は再び口を開く。


「なぁ……天使…様よぉ…。俺ぁ……あいつに………一太刀入れてやったんだ……。右目に……ズバッとなぁ……ゴホッ…! 誰も……やつに傷一つ…つけられなかったん……だぜ? おかげで、腹に穴が…開いたがなぁ……ゴホッゴホッ……! ………あいつ…目を潰さ……れると、逃げたんだぜ……。あいつ…がよぉ…ゴホッ!!」


 男は苦しそうな顔に笑みを広げつつ、自慢げに語りながらも血を吐いている。もう話す事も限界なようだ。

 だが俺は何も出来ない。男の話を聞く事しか出来ない。


 なおも男は続ける。


「なぁ………俺ぁ…………天国に……行けるかぁ……?」


 俺はこの人の事を全く知らない、今さっき会ったばかりの他人だ。

 ……だが答えは一つしかない。


「行けますよ……間違いなく…」


「そうかぁ……ありがとよ……坊主…………」


 そういうと男は静かに息を引き取った。







 男が息を引き取った後、俺は震えていた。


 人の死を目の前で、ましてやこれほど大量の血なんて見た事などなく、とても恐ろしくなった。

 さらにこの屈強そうな男を死に至らしめた存在が、まだ近くにいるかもしれないのだ。


 ────こんなに強そうな人間でも、簡単に殺されてしまうんだ。そんな世界で俺は生きていけるのか? そもそもこの森から生きて出られるのか?


 恐怖で半ばパニック状態になり、正常な思考が出来ず、どんどん負の方向へと思考は進む。


 ついには、俺は立っている事が出来なくり、男の横に座り込んでしまった。











 ────そのとき、あの香りが一際(ひときわ)強く鼻を突いた。




 その香りは、すぐ真横から漂ってくる。


 俺は横を向き、男を見る。今は穏やかな顔をしている。




 ────間違いない。この男だ。



 


 その香りは男から強く発せられ、俺の鼻と腹をこれでもかと刺激してくる。


 だんだんと────頭が痺れたように──ぼうっとしてきた。




 なにか…からだがおかしい。

 





 ────どうして──こんなに腹が────────減るんだ────?



 ────どうして──こんなに喉が────────乾くんだ────?






 ────どうして──こんなに────────この男が────────────────




















 ────俺は男の首筋に、ゆっくりと牙を突き立てた。










 初めての人間、初めての死、初めての……でした。


 彼は現在、聴覚が鋭くなっているのでかなり遠くからの音でも聞こえますが、本人は気がついていません。

 おかげで現場に着くのに時間がかかってしまいました。

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