その三 まずは探索から
太陽が頂点に上り、多くの生命がその光を存分に享受する中、木漏れ日一つない鬱蒼とした森があった。
その森の木々はうっすらと青白く発光し、森の中は薄暗い程度に収まっていると同時に、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出している。
そんな森の奥深く、急な斜面にぽっかりと直径二メートルほどの穴があいていた。
その穴は洞窟と言ってよく、薄暗い森の中でほんの少しばかり入り口付近の様子が分かるだけだ。
と、洞窟の奥の方で何かが動く気配がした。どうやらそれは黒いもやのようで、洞窟中から入り口付近の中空に集まりだし、大きな一塊となる。
しばらくその場で蠢いていたが、ぼやっとした人の形を成し徐々に薄れていった。
あと少しでもやが完全に消える、といったそのとき、人型は唐突に白く輝き、洞窟の奥まで明るく照らしたかと思うとすぐに収まった。
そのときには既に黒いもやは消え去っており、そこには一人の幼い子供だけがぽつんと残されていた。
*****
気がつくと俺は薄暗い何処かに立っていた。
ごつごつした岩に囲まれ、光が一方向からぼんやり入ってきている。
どうやらここは洞窟の入り口近くのところのようだ。
……ん? あれ? 裕福な家庭に生まれるって言ってなかった? おぎゃあって言う準備してたんだけど?
なんで洞窟なの? また何かやらかしたの? 俺もしかして魔物になっちゃった?
あわてて自分の体を確認してみると、人間ではあるのだが元の体とはちょっと違っていた。
なんというか全体的に小さいのだ。
もしや……と思い全身をぺたぺたと触ってみる。
────俺……子供になってるじゃん!!!!
しかも……素っ裸じゃん!!!
なんで?? 洞窟に子供の状態なの? これが特典? いや、絶対何かミスしてるよね?
よく分からなかったが、今更どうしようもなかった。文句を言いたくても、伝え方が分からない。
何故かはわからないが、寒くも暑くもなかったし、別段石が足の裏に刺さって痛い、ということもなかった。
済んだ事は仕方ない。今はおいておくとしよう。……うん。
ちなみに立派な男の子でした。
そんなことより、
「ここが……俺の生きる新しい世界か……」
これからどのように生き、どのような出会いがあるのだろうか。
わくわくすると同時に不安もわき上がってきたが、それはくすぐるようなものであった。
新天地に思い馳せることは楽しかったが、早々長くぼけっとしてはいられない。
アクィナスはこの世界には魔物がいると言っていた。まずは何よりも安全を確保したい。
となるとまずは、場所の確認からだ。まだここが洞窟の中である事しか分かっていない。
とりあえず洞窟の奥の方を見てみると、突き当たりが見え、どうやらそこから曲がっているようだ。対して洞窟の外は、木々が生い茂っており、おそらく森の中なのだろうと検討をつけた。
正直に言うと怖かったので、まだ一歩も歩いておらず、森の中か洞窟の奥、どっちに進もうか迷っていたのだ。
結局、迷った末に洞窟の奥に進むことにした。森の中に出て迷子になる可能性もあったからだ。洞窟の奥に危険があったとしたら、森の中に飛び出そうとも考えていた。
洞窟の曲がり角は入り口から三十メートルぐらいのところにあったので、すぐにたどり着くかと思っていたら意外と時間がかかった。
恐る恐る角から顔をのぞかせるとそこには、見る物全てに根源的な恐怖を与える太古の龍が今にも火を吹かんと大きな口を広げ────────
────ということはなく、何でもない突き当たりだった。
拍子抜けした俺は、森の方に行こうと思い踵を返した。
さて、森に到着────といっても洞窟出るだけだけど────したが驚いた。
木々の一本一本が青白く光っているのだ。驚いて手で触れてみたが、触り心地はなんともない普通の木だった。いつまでもその幽玄な光景に見とれていたかったが、そうはいかない。
周りを見渡しても木と、たった今出てきた洞窟しかない。頭上を見上げても、枝葉に隠され空も見えず、今が昼なのか夜なのかさえ分からない。探索しようにもどこへ行ったらいいのか分からないし、目印になりそうな物もない。適当に進めば迷うだろうし、魔物に出会うかもしれない。しかし、食べ物がなければ死んでしまう。
困った、これからどうしようか……。
……
…………
………………
……………………
よし! 洞窟に背を向けてまっすぐ進むもう!
これなら道に迷う事もないし! モンスターに会っても……逃げ切れるかなぁ……。
モンスターから逃げ切れるとは思えなかったが、洞窟に籠っていてもじわじわと死ぬだけだ。進むしかないだろう。
そう覚悟を決めた俺は、この世界での最初の冒険へと歩を進めた。
覚悟を決めて、歩み始めたがいいが周囲に全く変化はなかった。背後にあった洞窟が木になっただけだ。魔物どころか生物に合う事もなく、既に三十分ほど直進している。
一応、鳥の声や木々の揺れる音は聞こえるのだが、あとは静かだった。
代わり映えのしない景色にも飽き、そろそろ戻って別の方向に行ってみようかなぁとか考えていると、前方右の方からかすかに、キン! キン! といった甲高い金属音が不規則に何度も聞こえてきた。
もちろん経験した事のない俺に断言は出来なかったが、恐らく戦っているのだろうと思った。
人がいるに違いない!
そう思った俺はつい走り出してしまっていた。