その一 雲の上と神様
俺は気がつくと雲の上に寝転がっていた。目の前に広がる空は青く澄み渡っており、太陽が照りつけていたが不思議と眩しくはなかった。
背中に感じる心地よい感触に別れを告げ、立ち上がって周囲を見渡す。
どこまでも青い空と白い雲だけが続いていた。
ここは何処だろうか。雲の上です、なんて一人でやり取りしてなんとなく空しくなってしまった。
「こんにちは」
突然、背後から子供の声が聞こえたので驚いて振り向くと、黄金に輝く腰ほどまである長い髪と頭上に広がる青空のような瞳を持ち、白いローブを着た美しい男の子がいた。
「あ、ああ……こんにちは」
不意に声をかけられたのと、男の子があまりにも美しかったため、気圧されてちょっと不自然な返事を返してしまった……言っておくがそういった気はない。
そんな思いを知ってか知らずか、彼はそのソプラノボイスを再び響かせた。
「僕はアクィナス。ようこそ、僕の……部屋? ……部屋でいっか。……ごほん! ようこそ! 僕の部屋へ!」
「部屋? ここ……ぇえ? 部屋?」
「ああ、ごめんね。部屋って言っても仕切られてる訳じゃなくって、この空間全てが僕のモノなんだ」
言っている事はなんとなく理解できたが、子供の戯れ言と切り捨てることは出来なかった。実際に二人は雲の上にいるんだし、何よりこの子の放つ言葉からは何とも言えない力が感じられた。
「……なるほど、そうだったのか。お邪魔しております」
「どうぞどうぞ。好きにくつろいでね!」
戯けた調子で頭を下げると、アクィナスも笑って合わせてくれた。
なんとなく人柄が掴めてきたので本題を切り出してみよう。
「ところで君は誰なんだ?」
「僕かい? 僕は君たちが言うところの神様さ!」
「ええっ!?」
「まぁまぁ、今から説明するから落ち着いて聞いてね?」
アクィナスの話をまとめると、神様は何人もいてそれぞれが幾つかの世界を管理しているらしい。神様には神様を縛るルールもあるそうで、基本的に世界に対して大きな力を使ってはいけないそうだ。逆に言うと小さな力はいつでも使えるようで、ときどき神託を行ったり、奇跡をおこしたりするそうだ。
ちなみにいたずら好きな神様も多いようで、リモコンを隠すのが趣味の神様もいるとのことだ。
……絶対に許してはいけない。
話を戻そう。それで、このアクィナスは、三つの世界を管理しているそうで、そのうちの一つが俺たちの世界だ。あと二つあるのだが、その内の一つが近いうちに世界崩壊の危機になりそうな、ならないような気がするらしい。
なんだその曖昧な……とは思ったが、世界崩壊なんて滅多になく自信がない、としょんぼりした顔で言われると突っ込む事は出来なかった。
ちなみに、アクィナスに敬語は止めてほしいと言われたので、友達のように話している。というかもう友達だ。
「その世界はアーステールって名前で、いわゆるファンタジーの世界なんだ。人間、獣人、エルフ、ドワーフ、妖精、魔物……他にもたくさん住んでるし、魔法と呼ばれるものもある」
なるほど、ファンタジーの世界を救って欲しいと神に召喚される。
つまりあれじゃん!! 俺勇者じゃん!!
これは楽しそうだテンション上がってきた!
俺はわくわくしながらもアクィナスの話の続きを聞くことにした。
「で、君には僕の力を発するための触媒となって欲しいんだ」
「えっ、触媒? ここは『君に世界を救ってもらいたいんだ』とか言うところじゃないの?」
「君は英雄になりたいのかな? だったらそれでもいいんだけど、そうすると君を縛り付けちゃうからさ」
なるほど……冷静に考えてみれば、英雄となると、国や義務、多くのものに縛られてしまう。
アクィナスは俺のためを思って考えてくれたのか。ちょっと残念だが、その気持ちは素直に嬉しく思った。
「そうか……ありがとう。でもアクィナスが直接行ったらダメなのか?」
「僕が長時間いると世界に影響与えちゃうからね、それは神のルールに反するんだ。
……それに僕がうっかり世界壊しちゃうかもしれないし」
「え、なに? 世界ってうっかりで壊れるもんなの?」
「いやその……僕が神に成りたての頃、先輩からの引き継ぎで初めて世界の管理を任されたんだ。初めてだからさ、もの凄い張り切るじゃん?」
「あ、ああ……」
「とりあえず、その世界の様子見ようと思って分身体で顕現したんだ。初めて自分が担当する世界を見てテンションが最高潮になっちゃって思わず走り出したんだけど、それがまずかった。
思いっきり素っ転んで、力が暴発して大爆発が起こったんだ。
すぐにフォローしたおかげで、なんとか世界崩壊までは行かなかったけど、物体も生命も死滅してほとんど何も残ってなかった」
……なにも言えねぇや。
「ちなみにそれが今の君の世界」
「マジで!?」
「ちなみにその爆発はビッグバンって呼ばれてる」
「マジで!?」
宇宙誕生の秘密が、こんな理由だったなんて……。
「とにかく! そんな理由で! 僕は世界に行く事が禁止されてるの! だから触媒になって!」
「分かったから怒らないでくれ!」
「えっ? いいの? 行ってくれるの?」
そんなきらきらした目で見つめないでくれ。目覚めたらどうしてくれるんだ。
「行ってもいいんだが、その前に幾つか聞きたい事があるんだ」
「好きなだけ聞いて!」
「まず、こっちの世界の俺はどうなる? もう戻って来れないのか?」
何はともあれこれが一番重要だ。戻って来れないんじゃ、家族や友達が悲しむと思う。たぶん。
「戻るも何も、君もう死んでるよ?」
……ん? 聞き間違いかな? とんでもないことを聞いた気がする。
「いや、君はもう死んでるんだよ。記憶が混濁してるのかな?
大学の帰りに足を滑らせて……打ち所が悪くてそのままぽっくりと」
ああ……言われて思い出した。
ちょっと荷物が多くって両手がふさがってたんだ。初冬で油断してたのもあって思いっ切り滑った気がする。
「ああ……やっちまった……」
その後、後悔やら家族への申し訳無さから立ち直るのにしばらくかかった。
「……よし! もう大丈夫だ」
おれは しょうきに もどった!
「ほんとに大丈夫かい?」
アクィナスが心配そうに尋ねてくるが、もう大丈夫だ。なんとなくは整理がついた───ことにする。
「ああ、ありがとう」
「なら良かったよ。……まぁそんなわけで君は元の世界に戻ることはできないんだ。ごめんね」
「いや、いいんだ。ところで、次の質問をしたいんだが。
どうして ────俺を選んだんだ?」
処女作です。まだ慣れてないので、文体がころころ変わったり、どこかで矛盾点があるかもしれません。
お読みいただき、ありがとうございます。
アクィナスは、他の神に黙ってちょこちょこ世界に現れては遊んで帰っています。