修羅場in保健室
その瞬間、堰を切ったように、初火の口から言葉が溢れ出す。
「ごめんねお兄ちゃん!
お兄ちゃんがそんなにつらい思いをしていたなんて気づかなくて……。
でもわたしもお兄ちゃんと距離をとるのはつらかったんだよ?
だけどお互いもう高校生なんだし、今のままじゃいけないと思ったの……これがわたしたちのためになると思ったの!
本当は、今まで通り『お兄ちゃん』って呼びたかったし、毎日一緒に登下校したかった!
できればお昼御飯も二人で食べたいし、休み時間も二人でいたい!
家でも学校でも通学路でも! いつも一緒にいたい!
でも、そんなことはできないし…… お兄ちゃんはそれでも平気そうにしてたから、それでいいのかなって。
お兄ちゃんがいいならそれでいいのかなって……。お兄ちゃんがそれでいいならわたしだってそれで構わないと思ってたよ?
でもそうじゃないなら……我慢できないほど妹に飢えててクラスの女の子に妹の真似事をさせるほどつらかったなんて。
気づかなくてごめんね、お兄ちゃん」
「………………」
……そういえば、初火に『お兄ちゃん』と呼ばれるのはもう一か月ぶりくらいになるか。
そんなことよりこの場をどう穏便に済ませるかだ。
水萌は再び意識を浮遊させているし、それに気づいて初火はやってしまったという風に視線をバタフライのように泳がせている。
なんで嬉しいはずの週末の朝からこんな修羅場に追いつめられることになったのだ。
……自業自得かもしれないが。
しかし、言葉を吐ききってか初火は少し落ち着いてくれたようだ。
これならとりあえず問題を後回しにはできそうだ。
「それじゃあ今晩だけど、それについて二人でちゃんと話そうか」
学校で話す内容でもないし時間もかかるだろうから、と陽火。
「うん、今晩……絶対に。言いたいこともいっぱいあるし」
……あれだけ言ってまだあるのか。背中にゾクリとするものが走った。
「じゃあ、仕事あるしまたね」
そう言って初火は静かに保健室を後にした。
ひとまず張りつめた居心地の悪い空気が緩む。
「大丈夫か?」
ちらと横を見ると水萌が再び呆けていた。……返事がないただの抜け殻のようだ。
「水萌―?」
「へ? ああ、うん」
もう一度声をかけるとようやく意識を取り戻したようだ。しかし、その顔には焦りの色が浮かべられ落ち着いた様子はない。
「驚いたか?」
水萌は無言で首を縦に振った。
「……やっぱり、変わってなかったんだね」
鳴り響いた予鈴が意識を取り戻させるまでのあいだ、しばらくの間二人は言葉もなく立ち尽くしたままだった。
「そろそろ教室に行こうか。脚、平気?」
「うん。へーき」
HRのため二人は教室へと向かった。
追記するとぼくはこのとき仕事のことなど微塵も覚えていなかった。