××小説
三時前に、少し口が寂しくなったのでお菓子かなにか食べようと思い立った。
そうすると妹による外出自重命令が出されているので、初火を起こして一緒に行こうと言う選択肢が有力になる。
頁を繰る手を止め、後ろで寝ている初火をチラッと見る。
……初火は起きていた。ぼくの手元を凝視する様に体を起こしていた。
「あっ、おっ、お兄ちゃんおはよー」
耳まで真っ赤にした初火が白々しく挨拶をしてくる。
「あぁ、おはよう……。顔赤いな、初火。また熱でてきた?」
どうしよう。見られなかった体で話を進めるべきだろうか?
「ふぇっ? そっ、そうだね! 暑いね! 暑いから脱ぐね! ちょっと待ってて、すぐ脱ぐから!」
そう言って初火はパジャマのボタンに手をかける。
「ちょっ! 待て初火、違うんだ!」
こんなことを知られたら、ぼくの人間としての尊厳がフェードアウトしてしまう。
「えっ? えっ? 違うの? ……あっ! お兄ちゃんが自分で脱がしたいなら、そっちでもいいよ? お兄ちゃんの好きなようにしてくれていいんだよ? 愛があるならわたし、なんだって受け入れるよ? 優しくしてくれるなら、わたし他に何も望まないから!」
「落ち着いてくれ初火、誤解なんだ!」
「えっ? 着たままの方がいいの?」
そういう問題じゃないのである。何で着たままなんてマニアックな事知ってるんだよ。
「あのな、これは友達から借りてて。別にぼくの趣味ってわけじゃないんだよ」
「…………しゅん」
シュンとしてしまった。いやはや、こんなコトするんじゃなかった。反省。
「あー、そうだ。ぼくちょっとお腹空いたから下に行くんだけど、初火は?」
「……ここに居る」
「そ、そう? じゃあ行ってくる」
ううむ。キチンと弁解しないと遺恨が残りそう。どうしよう。棚からお菓子を取って、一緒に食べようと初火の部屋へUターン。
左手でドアノブを握り、右手でノックするという時間短縮法をとる。
「初火、入るぞ」
返事を聞く前に、すでにドアノブを捻ってんですけどね。
「だめっ! 入らないでっ!」
動きが、世界が止まる。はっきりとした拒絶の言葉。しかし、もう遅い。ぼくは既に扉を開けてしまっていた。
「あー……」
ベッドに腰掛けた初火の左手には置き忘れた小説が、右手は下腹部に伸びていた。反省。今度からはちゃんと返事を聞いてから開けよう。ぼくは、そっと扉を閉めた。
そして部屋の外から、
「初火、それ借り物だから汚しちゃダメだよ」
と、告げた。核心的な追い討ちである。
「~~~~っ!」
部屋からは、声にならない声が聞こえた。
初火は部屋でお楽しみなようなので、ぼくは自室へ戻りお菓子を食んでいた。
「いやー、溝が深まりそう……」
苦笑いしつつ、そっと初火の部屋がある方の壁に耳を当てる。
我ながら悪趣味である。が、まぁ微かに聞こえる程度だしセーフということにしよう。この状況で続けてる初火も初火だし。
声が聞こえなくなったのは5時前。二時間も何やってんだよ。ぼくも初火も。かなみさんが呼びに来ることを警戒した結果だろう。
壁から耳を離し、座椅子に腰かける。するとコンコンとノックの音が響いた。
「はい」
返事をしても部屋の外の人物(恐らく初火)は何も言わない。不審に思って、ドアを開けるとそこには小説と手紙が置かれていた。
「ふぅん。手紙ときたか」
かわいいヤツめ。さて、どんな言い訳が書いてあるのだろうか。
『誤解しないで下さい。痒かっただけで、お兄ちゃんが思ってるような事はしてないです』
と丸い字で、そう書いてあった。
そっかー、掻いてただけかー。なっとくー。と一人心のなかで茶番をする。
本が汚れてなきゃ、ぼくはそれでよかったし。
返ってきた本をスクールバッグに入れて、リビングへ下りる。先に初火が降りていたようで、ソファーに座ってテレビを見ていた。
ぼくに気付いた初火は顔を赤くして、クッションに顔を埋めた。
「初火、痒いのはわかったけど、ズボンとパンツは脱がなくてもよかったんじゃない?」
「~~~~っ!」
初火がうずくまった。もっとやれー、とぼくの脳内悪魔が囁く。ちなみに天使は不在である。
「ちゃんとキレイな手でしないとバイ菌入るし。それに二時間も掻きっぱなしだと肌が傷付くよ?」
じたばたと初火が悶える。かわいい。
「どうかしましたか?」
バタバタとソファーで跳ねる初火が気になってか、台所で夕食の用意をしているかなみさんが声をかけてきた。
「いやー、初火が……」
「なんでもない! かなみさんも気にしないで下さい!」
うぉっ! びっくり。初火がこんなに大きな声を出すなんて……。からかい過ぎたみたい。
「……えっと、もう少しでご飯できますから、ね?」
かなみさん、フォローになってないですよ。
まぁ、仕方ないや。あきらめて再びうずくまった初火の隣に座る。
「ごめんってば、許してよ初火。なんでもするから」
「……なんでも?」
「なんでもするよ」
食い付いた。便利な言葉だなぁ、なんでもする。
「ふぅん。じゃーどうしよっかなぁー」
迷うような素振りをする初火。こうゆうリアクションをとる時は、たいてい願い事は既に決まっている。
さぁ、なにがくるか。
「あのね……」
ちょいちょいと、初火が手招きをする。ぼくは耳を初火に近付ける。
「一緒にお風呂入ろ?」
案外楽なお願いだった。むしろかなみさんな気を遣う分、初火の方が具合が悪いのではないだろうか?
「別にいいけど……」
「それじゃ、約束ね!」
初火は上機嫌で料理の並んだテーブルへと向かった。




