妹の御帰り
「ただいまー」
疲れを感じさせる声と、ドアがバタンと閉まる音によって意識が覚醒した。
初火が帰ってきた。部屋を出て階段を下りて玄関へと向かう。
「おかえり、初火」
ぼくより先にかなみさんが初火を出迎えていた。
「……ただいま」
短くそう告げて初火は靴を脱いで家へと上がる。あれ?
「初火、なんか怒ってる?」
不機嫌さを隠そうともしない、というか若干デフォルメされてあからさまに不機嫌な態度をとっている。そしてちょっと泣きそうである。
「……メール返してくれないし、迎えに来てくれないし、兄さんなんてもう知らない!」
「えっ? ……っと?」
メール? 迎えに来てくれない? なんのこっちゃわからない。
「もういいもん! 兄さんなんて嫌い!」
怒声でこそないけれど、拗ねている感じ満載だった。涙声だったし。初火はぼくの横を通り抜けスタスタと浴室へ向かった。
「あらあら、どうしたんでしょうか?」
かなみさんが少し、いやこれはぼくの邪推かも知れないがほんの少し嬉しそうに聞いてきた。
「あ」
思い至り部屋へとかけ上がる。ケータイを開いてしまったと思う。
『荷物重いからむかえに来てほしいなぁ』
と、初火からメールが来ていた。寝ていたから気がつかなかった。
明坂陽火、一生の不覚である。
「うわぁ、どうしよう。よく考えたら昨日の晩のメールも返してなかったし……。怒ってるよなぁ、初火」
っていうか怒ってた。
それはもう分かりやすく。
「どどどどどうしよう」
分かりやすく動揺する。もうすぐ一緒に晩御飯食べる時間なのに。気まずくなっちゃうよ!
一階に下りてかなみさんに駆け寄る。
「どうしようかなみさん、初火が怒ってる」
「怒っておられた様ですね、初火さま。陽火さまは何かお心当たりが?」
「メール無視しちゃったのが原因みたいで……悪気は無かったんですけど寝ちゃってて」
過眠体質が悔やまれる。
「それは……、どうしましょうね?」
かなみさんが堪えきれずにクスッと笑う。彼女はぼくらの仲が悪くなることを望んでいるのだろうか?
もうちょっと何か考えてくれても良いじゃないか!
「んー」
どうしたものかと唸る。かなみさんがヘルプをくれない以上、自分一人でなんとかするしかない。
「ええっと、そんなに難しく考えなくても謝れば案外赦して下さるのでは?」
「うーん、そうでしょうか?」
否定するのは単にぼくが謝るのが苦手なだけだからだけど。
「そうですよ。他の方法を試すにしろ、まず最初は謝ってみればいいと思いますよ?」
「……そうですね。そうします」
ソファーに座ってテレビを見ながら、初火が風呂から上がるのと晩御飯の用意ができるのを待つ。
ガチャっとリビングの扉が開き湯上がりの初火がキャミソールとハーフパンツといった格好で入ってきた。
「あの、初火……」
「つーん」
謝ろうと声をかけるがつーんと無視されてしまった。
「…………」
どうしよう、と救済を求める視線をかなみさんに向ける。
「もうできますから、少し待ってください」
そっちじゃない! 別にお腹が空いたよアピールの視線じゃない。
っていうか、わかってやってるだろ。くそ、こうなったらもう一度。
「初火」
「つーん」
あーもー! 可愛いけどさ! つーんって口で言ってるとことかすごい可愛いけどさ! 謝んないと不安になるじゃん。 そっちが冗談のつもりでもこっちは真剣なんだよ! あまつさえ「兄さん」って呼ばれて傷ついているのに。
「ごめんってば初火。忘れちゃっただけなんだって。さっきのに限っては気付かなかったし……」
「知らないもん。メール無視するおにぃ……兄さんなんて知らないもん」
「無視した訳じゃ……」
「カバン重くて帰って来るの疲れたし、独り言だけど」
「……ぐぬっ」
「おやすみメールしたのに返信来ないかったし。独り言だけど」
「うっ」
よほどショックだったのか、それともぼくで遊んでいるのか初火はそんな風に独り愚痴っていた。




