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ふれあい  作者: 日寝月歩
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保健室へ行こう(実行)

ところでぼくは保健室とは学校の中で一番、心身共に落ち着ける場所であると確信を持って言える。

 冷暖房が完備され常に快適な温度で過ごせる。休みたいときには布団もある。

気兼ねなく保健室に入り浸るために保健委員をしているといっても過言ではない。

……もちろん純粋に怪我を負った人や病人を助けたいという気持ちも大きいよ?

「失礼します」

 保健室の扉を開け声を掛ける。しかし、陽火の声に反応したものはなかった。

 二人を出迎えたのは保健室特有の消毒液のにおい。

「誰もいないの?」

 落ち着かない様子の水萌が声を上げた。

 静まり返った保健室の中で聞こえるのは、グラウンドで朝練をしている野球部の荒々しい掛け声と硬質の球を叩きつける音だけだ。

「そうみたい。まぁ、この時間なら職員会議中なんじゃないかな?」

答えつつ、慣れた手つきで引き出しにある脱脂綿と消毒液を準備する。

「診るからそこに座って」

 長イスに水萌を座らせ、キャスター付のイスで近づく。

 ちょうど向かい合うような体勢になる。

 するとようやく落ち着きを取り戻したばかりの水萌がまたしても顔を朱に染めた。

「足を、ええっと。膝の上に置いて」

「んっ」

 ぽん、と陽火の膝の上に水萌の小さな足が乗せられる。

「ぅ」

 うわ。と声が出るのを堪え切れずに感嘆が少し漏れ出してしまった。

 白磁のように白く美しい、ガラス細工のような繊細さを持った細い脚。

 目の前に芸術品が置かれているのではないかと錯覚するほどだ。

「痛くしないでね」

「あっ、うん」

 ヤバいな、ずっと見ていたくなる。まるで魔力を孕んでいるかのように。

 水萌の白い脚は下げられた黒のハイソックスと相まって絶妙なコントラストを演出している。

触れれば壊れそうな危うさを持った細さ。頬ずりしたくなるようなつややかな肌。

 その一つ一つが脚の魅力を引き立てているのだろう。なめてみたいとさえ思う。

 ……そんな趣味はないけれども。

 しかし何かと目の毒だし、さっさと終わらせてしまおう。戻ってこれなくなる前に。

そう考えて視線を手前から膝辺りの傷口に戻す。すると陽火は視界の隅にシマシマの何かを捉えた。

二人の位置関係について説明を補足すると、ぼくが座っているイスは水萌が座っている長イスよりも少し高めである。

つまり角度的に……

「っつ!」

反射的に顔をそらす。

 一瞬、それを何故だかわからずぽかんとした表情を浮かべた水萌だったが、視線をめぐらせそれが角度の悪戯が原因だと理解する。

「きゃっ!」

 顔を紅潮させスカートの裾を押さえながらイスから立ち上がる水萌。

「みっ、みるって、そうゆうコトだったのっ?」

「いや、違っ、誤解だ!」

 悲しい事故に他ならない。

「でも見たでしょっ?」

「いや……その、」

 思わず言いよどむ。正直に見たと言って謝った方がいいのか、気を遣って見ていないと言うべきか。

 ……後者の選択肢は別に保身のためじゃないよ? といっても、リアクションでバレバレだろうな。

「で? 見たの? 怒らないから正直に答えてっ」

 そう言って本当に怒らなかった人がいるだろうか? ていうか、もう怒ってるよね?

「見たんだよね?」

 付加疑問文で聞かれてしまった。

 この聞き方について、答える側には基本的に肯定しか用意されていない。

 恐るべきかな付加疑問。

「どうなの?」

静かに形の良い柳眉を逆立てた水萌が迫ってくる。

「……ごめんなさい」

 本能寺にて光秀に謀反された信長くらい簡単に諦めた。是非もなし、だ。

「罪を認めるんだね?」

「はい」

 事故だと思うのだけれど、ここで謝るのが大人の対応というものだ。むこうは子供なのだし。

 ひとまず、イスをチェンジして治療再開。

「最初から素直に謝れば怒らなかったのに」

「うん、ごめん……」

 最初から怒っていたのは気のせいだろうか?

「……捻挫とかはしてないな。擦り傷と……ちょっと内出血してるか」

 処置としてまず傷を消毒する。

 すると不意に水萌が声をかけてきた。

「昔も、こうやって陽火くんが手当てしてくれたコトがあったんだよ。おぼえてる?」

 言われて記憶の糸を辿る。えーっと……

「ああ、そういえば」

 そんなこともあったな。

「公園で水萌が転んで怪我して、家に誰もいなかったからぼくがやったんだっけ」

 思えばあれが初めてのことだった。

「そうそう、初めてだから自信ないって言ってた割に手際が良くて驚いちゃったよ」

「О型なんだけどな。でもそんなことよく覚えてたな」

 そんな昔のことは記憶の海でフェードアウトだ。

「ま、まあ記憶力は良いからね」

「そっか」

 昔のことを思い出しつつ水萌の白い脚に絆創膏を貼る。

 そして、またもや水萌から声がかかった。

「……なんかさ、陽火くんってお兄さんっぽいよね」

「えっ?」

 突然の言葉に思わず手元がみだれる。

「なんだよ、急に」

「いや、面倒見良いし割としっかりしてるし、優しいし……………だし。上に兄弟がいたらこんな感じなのかなーって思ってさ」

 一部聞こえないところがありはしたが、こうもはっきりと誉め殺されるとどうしていいかわからず視線をそらす。

 ぼくあんまり誉められ慣れてないんだよ。

「まあ、確かに兄ではあるけどさ。一応」

「うん、だからちょっと初火ちゃんがうらやましいなーなんて」

 だから誉めないでほしい、恥ずかしい。そして誉められた恥ずかしさで挙動不審になりそうなのを悟られるのはもっと恥ずかしいので…………つまり誉めないでほしい。

 嬉しいことは嬉しいのだが。

「そりゃどうも」

 悟られないために出来るだけそっけなく返す。愛想がないが仕方ないよね。

ずれてしまった絆創膏を貼り直し終えて立ち上がる。

「そういえば陽火くんって初火ちゃんと一緒に学校来てないんだね。あれだけ仲よかったから今でもべったりだと思ってたけど……。一緒の学校にも来てるし」

「そういえば初火がこの学校って知ってたんだ? もう会ってるのか?」

 初火とはここのところ会話がないから聞いていないのだ。

「いや、廊下ですれ違ったときに気づいただけ。陽火くんも初火ちゃんも目立つからね」

 ああ、と言って自分の前髪に触れる。

「そうだな、それに初火はぼくから見てもかなりの美少女だし余計だろな」

 中学でもかなり目立ってたし。

「まぁ、陽火くんもかなりあれだけどね」

 俯きかげんでもごもごと言いづらそうに呟く水萌の言葉はよく聞き取れなかった。

「そ、それよりさ、初火ちゃんと仲悪くなったの? 昔はいつも一緒にいたのに」

 聞き返す前に核心に突っ込まれてしまった。……この際言ってしまおう。

「実はさ、中学卒業のときにこんなことを言われたんだ」



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