メイドさんと
ソファーに置かれている、ぼくのカバンのファスナーが開いていた。
Q.カバンには何が入っていますか?
A.いいえ、それはエロ小説です。
何がいいえだよ。何を否定したんだよ。存在が否定されるべきだわ。
「違います、これはその」
また言い訳かよ。認めろよな、みっともない。
「…………いや、違いません。ごめんなさい」
ぼくは、一体、何に対して謝ったのだろう。なんでだろう。上手くいかないのだ。 かなみさんはこれを見てどう思ったのだろう。不快に思っただろうか。失望しただろうか。
それともぼくなんて最初から……。
「違わ、ないんですか? ……こんな風な事を、考えていたんですか?」
ブックカバーのかけられた本を手に、かなみさんが絞り出すように呟いた。
「……そうかも、しれないです」
結局ぼくは、そういう人間なのだろう。小説の内容は、確か妹物だったな。気持ち悪がられたかな。でも、心の奥ではそんなことを考えていたのかもしれない。
なら、そう思われても仕方がない。
「…………ご主人さま」
ポツリ、沈黙の中にかなみさんが口を開いた。
「なんですか?」
咎められるのだろうか? 暇をくれと言われるのだろうか? そうだとしても、仕方がないか。
「ご期待に添えるかはわかりませんが、がんばります。汗を流して来ますので……少し待っていて下さい」
「へっ?」
赤い顔をして、かなみさんは浴室へ向かった。
検討違いのことを言われて固まってしまったぼくは、かなみさんが持っていた本を仕舞おうとてを伸ばした。
「これは……!」
『メイドさん(以下略)』こっ、これはなんと! まだ手を着けていない二冊目の方だったのか。妹物の方はカバンの中に入ったままだ。
手に取った小説をパラパラめくると卑猥な言葉のオンパレードだった。 待っていて下さいと、言ってたけどかなみさん……まさか。
嫌々という感じではなかったし。ええい、ダメだダメだ。手を出してはならぬ。ここは狸寝入りを決め込むとしよう。
「ぐー」
ベッドの端に、できるだけ小さくなって寝転がる。
まったく、臨視のヤツとんでもない地雷を仕掛けやがって。でも、かなみさんはあの本を見て何を思ったのだろう。普通なら身の危険を感じて然るべきなのだけれど。
もっと別の事を考えていた様だし。
ガララッ、思考を遮るように浴室の扉が開く音がした。
「お待たせしました、ご主人さま」
シンと静まった室内にかなみさんの控えめな声が響いた。薄目を開けてガラスに映る彼女を見ると、肌に纏っているのはバスタオル一枚だけ。
「…………」
心頭滅却すれば収まる。収まれ、収まって下さい。
「……ご主人さま?」
伺うようなかなみさんの声が妙に色っぽく聞こえた。
目を瞑り、数学の公式を思い浮かべる。
(ダメだ。バスタオル一枚のかなみさんの姿が強烈過ぎて他に何も考えられない)
「ご主人さま……寝ちゃったんですか?」
(そうです。寝ちゃったんです。だから、かなみさんも早く服を着て寝てください)
「えっと、これは小説通りにすればいいのでしょうか……」
(えっ!? 小説通りって何? 何されるの? 何してくれるの?)
単語だけ眺めただけだから、話の内容は未知の領域なのだ。
ガサゴソと、かなみさんが布団に入る音でさえ身体の中心に響き疼かせる。
(落ち着け! 素数を数えるんだ。1、2……あれ? 1って素数だっけ? 解らなくなっちゃった。でも考えるのをやめると、色々想像しちゃって思考が埋め尽くされそんなことになったら欲望に負けて背後にいるであろうかなみさんにあんなことやこんなことを、だからまけるわけにはいかなくて――)




