ホテル
「あれ? あっ、ミスった」
ホテルの部屋を眺めて呟く。
「……えっ?」
かなみさんが不思議そうな声を出した。
「ダブルでよいと仰ってましたよね?」
2つベッドがあるのは、ダブルじゃなくてツインだ!
ロビーでかなみさんが一瞬戸惑ったのも、受付の人が苦笑ったのも、後ろに並んでた老夫婦が訝しい顔をしたのも、全部このせいだったのか。
部屋には大きなベッドが一つ、置かれていた。
「えぇ。いや、こっちの話ですよ」
言えない。ツインとダブルを間違えたなんて言えない。恥ずかしい。て言うか絶対誤解された。どうしよう。
「いやー、結構いい部屋ですね」
無理矢理感が出ていなかっただろうか。感想を絞り出す。
「ええ、眺めも素晴らしいです。ほら、街が一望できますよ」
かなみさんがそんなことを気にする様子もなく、話題に乗ってくれた。
「ホントですね。……うちの家はさすがに見えないですか」
そんなことは正直どうでもいい。ぼくの脳細胞は、いかにしてこの下心たっぷりな部屋のチョイスの誤解を解くかでフル活用されているのだ。
それも、ツインとダブルを間違えたという恥ずかしいミスはバレたくないし。こんなことなら普通にシングル二部屋にすればよかった。
気を使って一部屋だけにだけにしたのがそもそも間違いだったのだ。
「えっと、あっちの方でしょうか? マンションが間にあるから在るからちょっと見えないですかねー」
かなみさんは真面目に答えてくれるのでありがたい。
「そうですか。でも他にたかい高い建物がないからかなり遠くまで見えますね」
景色は見えても、未来は見えない。圧倒的ピンチ。
「本当、凄いです。貴重な経験をさせて頂いてありがとうございます、ご主人さま」
「貴重って。大げさでしょうよ。まあでも、木舞さんには感謝しないとですね」
確かに普段は泊まることはないだろうけど。
「いえ、とっても嬉しいです」
かなみさんはそう言って柔らかく、微笑んだ。
現在時刻、午後八時前。 明坂家では大体この時間に入浴タイムなのである。
「えーっと、かなみさん先にお風呂入っていいですよ」
「えっ? あっ、そういうわけには……。ご主人さまより先にお湯を使うなんて」
かなみさんが両手を前で振る。心なし赤く見える頬はその先の事を想像してだろうか? だったら、誤解ですよ。
「それじゃあ、先に入りますです」
語尾が変になった。
やましい気は全くないのに、これでは誤解されてしまう。本当に誤解です。大事なことだから繰り返しました。誤解です。
「はい、ごゆっくりと」
カバンをソファーに置き脱衣所へ向かう。
閃いた、ぼくソファーで寝ればいいんじゃん。 服を脱いで浴室へ入る。流石一流ホテルと言うべきか、内風呂でも十分な広さだ。
お湯を張っている間に、頭と体を洗った。湯船に足をつける。
「ちょぉ! ……どいいな」
適温だった。
「さて、どうするかな」
閃いておいてなんだがソファーで寝るにしても、かなみさんが止めるに決まっているし。かなみさんにソファーで寝てもらうなんて問題外だし。
もうベッドインしか残された道は無いのか? じゃあもういいか、それで。
「ダメだよな……」
ダブルベッドだからくっつかなくても寝れるのだが、手を出さないとも限らない。酔ったテンションに惑わされたとはいえ、木舞さんに校内で手を出そうとした前科があるからな。
自分の自制心の無さが恐ろしい。
「……でも、ダブルを選択したときにかなみさんは何も言わなかったしな。いや、言えなかっただけか」
どうしよう。ぼくは凄くゲスなことをしたのではないだろうか。かなみさんを不快な気持ちにさせたのではないだろうか。
なんか、ネガティブになってきた。そうなるとマイナスが負のスパイラルを起こし、どんどん沈んでくる。
「ホントはかなみさん、今日もぼくに気を使っていただけだったんじゃ……」
ホントは楽しくなんかなかったんじゃ……。
ヤバい、泣きそう。 やっぱり、間違えたと正直に言おう。
湯船から出て体を拭き、 元々用意されてある下着と浴衣を着る。
どうでもいいけど、バスローブを予想していた。
意を決して、脱衣所から出る。
「かなみさん、あの」
次の言葉は出なかった。




