ディナー
「これから、どこに行かれるのですか?」
バスを待っている間にかなみさんが訊いてきた。
「月見駅の向こう側にあるホテルの店ですよ」
名前はえっーと、なんだっけな。
「ムーンライトホテルですね。わたくしは初めてですが、ご主人さまは行かれたことがあるのでは?」
「ありますよ、父親に連れられて一度だけ」
一昨年だったか、オープン当日に初火と一緒に連れて行かれた。知らない大人たちに囲まれて萎縮したのを覚えている。初火に至ってはぼくが勧めるまで出された食事に手を付けようとさえしなかった。
まあ、料理のレベル自体は高かったのでこうして今日、足を……今はバスで運んでもらっているが、運んでいるのだ。
「楽しみにしてますね。ご主人さまっ」
かなみさんの語尾の調子が上がる。初火もかなみさんもぼくと好みが似通っているためか、薦めたモノは基本気に入ってくれる。
今回もそうだと嬉しいのだが。
「楽しみにしていてください」
バスを降りたあたりで雲の隙間から光が漏れ出す。昼寝の間に夕立があったのだろう、湿った地面に反射して赤くきらめく。
夕暮れに背中を押されるようにぼくたちは目的のホテルへと足を進めた。
見上げる、ほどでもないにしろここらの建物の中では群を抜いて高い。ホテル『ムーンライト』は、町の発展のためにと建てられたものである。
名前の通り町を照らす明かりになればいいなーと、言った感じである。
こんな観光地でもない町でいったいどの客をターゲットにしているかはなはだ疑問だったが、駅三つ隔てた場所に大型アミューズメントパーク的な場所があるので、ここに宿泊していく客はなかなか多いのだそうだ。
連休とあって客は多いのだろうけど、時間を少し早めたおかげで混雑というほどの人数ではない。
「予約していた明坂です」
「明坂様ですね、かしこまりました。こちらへどうぞ」
店の受付を通って、奥の方の席へ案内される。
「では、少々お待ちください」
ウェイターが下がるとかなみさんは
「そういえば今日はコース料理なのですか?」
と聞いてきた。
「ええ、せっかくですから。それともコースは気に入りませんでしたか?」
「いえ、そんなことは。ただ初めてなので」
初めてで不安なのか、少し落ち着かない様子だ。
「心配しなくても、順番に料理が来る以外これと言って違いは無いですよ」
まあ、詳しく知らないだけなのだが。
「そうですか、なら大丈夫です」
かなみさんはにっこりとほほ笑んだ。




