メイドさん
朝起きると、初火の姿は壁際に置いてあったカバンとともになくなっていた。眠りの深いぼくは気づかなかったらしい。
「もう行っちゃったのか……」
せめて、声ぐらいかけてくれてもよかったのに。寝ぼけ眼をこすりつつ呟く。
時計を見ると七時過ぎ。
普段休みの日は九時くらいまで寝ているのだが、今日は特別な日だし。特別な日には特別なことをだ。
そう、今日はかなみさんがこの家に来てからちょうど三年目かつ彼女の十九歳の誕生日なのだ。
初火はいないからその分まで労わらなくては。
伸びをしてベッドから抜け出し、スウェットからTシャツとパンツに着替える。
階段を下りてリビングに向かう。
「おはようございます、ご主人さま」
リビングに入るとかなみさんが傍まで駆け寄って挨拶をしてきた。ご主人さまは記念日使用だ。
「おはようございます、かなみさん」
その格好に目が奪われる。今日、かなみさんが着ているのは普段着ている作業用のメイド服ではなく、メイド喫茶で使われているような可愛らしいデザインのメイド服だった。
「それ、どうしたんですか?」
花を広げたような黒いスカートに、フリルがあしらわれたブラウスとエプロン。レースのついたカチューシャがかなみさんの艶やかな黒髪を際立たせている。
初めて見る可愛いタイプのメイドさんにどう反応したものかと戸惑う。
「自分で作ってみたんです。どうですか?」
かなみさんがスカートの両側をちょこんと持ち上げて見せる。
「すごく、似合ってますよ。可愛いです」
「本当ですか? そう言って頂けると頑張って作った甲斐があります」
「でも、手作りだなんてすごいですね」
素人目から見ても専門店で売っているレベルの出来栄えだ。
「はい。この日のためにコツコツ作ってたんですよ」
「……? 記念日だからですか?」
「それもありますが、ご主人さまに見てもらうためです」
かなみさんはそう言うと照れたように微笑んでキッチンへ向かっていった。
「……ご主人さま、か」
この胸に湧き上がる名状しがたい気持ちはなんだろうか。支配欲とか、嗜虐心とかそんな感情に似た何かだ。
ご主人さま。かなみさんが初めてこの家にやってきたとき、ぼくのことをそう呼んだ。しかし、さすがに三つも年上の人に『ご主人さま』と呼ばれるのはどうかと感じたので、ぼくも初火も名前で呼んでもらうことにした。
でも、かなみさんが記念日だけはこう呼びたいと言ったので、そうしてもらってる。
「ご主人さま、朝食の準備ができました」
「ありがとうございます。いただきます」
かなみさんが用意してくれた食事をとりつつ、今日のことを考える。
掃除洗濯は去年申し出たが、『ご奉仕することが一番幸せ』と言われ断られた。
ならば……、思いつかない……。
何をすればかなみさんは一番喜んでくれるだろう。
やっぱりプレゼントか? それとも十六歳から三年間、この家で過ごしてきたのだし、たまには遊びに出てみるのもいいかもしれない。
「かなみさんはどこか行きたい所とかありますか?」
コーヒーを飲み下してからそう問う。
「わたくしですか? うーん、……最近隣町に大型のショッピングモールができたの知ってますか? そこに行ってみたいなとは思っていました」
そういえばクラスメイトがそんなことを話しているのを聞いたことがある。確か駅から近くてかなり便利だそうだ。
それにショッピングモールならかなみさんが気に入るものも売っているだろうし。
「じゃあ、今日は二人でそこに行きましょうか」
「いいんですか?」
「いいですよ。記念日ですから」
こうしてぼくらの今日の予定は決定した。




