決意
「いつから、ぼくのこと好きになったんだ?」
「……小学生の頃、いじめっ子を倒してくれた時かな」
……初火にちょっかいを出そうとした奴は片っ端から倒していた。一番最初はそれこそ小学校の入学式だ。
「そうか……」
初火のことなら何でも知っているつもりだったんだけどな……。一番大切な気持ちには気づけなかったんだ。
「そうなんだよ」
初火は責める調子もなく言葉をぼくに合わせる。
「……初火は、これからどうしたい?」
これから生活していくうえでどんな距離感でいたい?
「前みたいに、仲よくしていたい」
「……そうだな」
昔のように、ふつうの仲のよい兄と妹でいよう。
「これからは、一緒に学校に行こうか」
この一か月間、一人きりでの登校を余儀なくされていたのだ。それがぼくにとってどれほど辛かったことか。
「…………それは、ちょっと……」
予想外にも、初火はぼくの提案を拒んだ。言葉のニュアンスからに何か事情があるのだろう。そうに違いない。そうであってほしい。
「嫌か?」
「嫌じゃないよ? でも、なんていうかお兄ちゃんと一緒に居ると……恥ずかしい……」
ぼくの心が、言葉という名の鋭利な刃物で抉られた。
確かに初火の容姿は人形にたとえられるほど恵まれている。月見学園でも、その評判は木舞さんと並ぶほどだ。(臨視談)
それに比べてぼくの見た目は特記するようなものではないし、背が高いわけでもない。そんな二人が並んで歩くのは、……初火側からしたら恥ずかしいのだろう。
「そっか、恥ずかしいか……。そうだよな」
「ごめんね、。わたしはそうしたいんだけど、友達に……(お似合いのカップルだって)冷やかされたりするのは嫌だから」
「いいんだよ、初火が嫌な思いをするくらいなら」
初火のためならぼくは、なんだって我慢できるのだ。
「ごめんね。お兄ちゃん」
初火が顔を上げて謝ってくる。本当に申し訳なさそうに、上目でぼくの方を見る。
「気にしなくていいよ」
悪いのはぼくだ。高校生になっても、初火に勝っているのは腕力と身長くらいだ。
そんなものは男女の違いでしかないのだが。
「そろそろ、眠くなってきたし。寝ようか? おやすみ」
まだ十時にもなっていないが、初火は直に限界を迎えるだろう。ぼくは本当は眠くなどないのだが、目を閉じた。
「おやすみ、おにぃちゃん」
ぼくの胸にうずまるようにして、初火は眠りに落ちた。
十一時くらいになっただろうか。ぼくの意識はまだはっきりしていた。
実際のところ、ぼくは初火と向き合っているうちに弱い自分と向き合わなくてはいけないことを実感した。
初火の才能から目を逸らし、劣っていることを恥ずかしげもなく甘んじ受け入れてきた。
いままではそれでよかった。
でもぼくは初火のために、初火を越えなくてはいけない。
兄としてふさわしい、見た目はどうにもならないが、せめて学業くらいは。
隣から香ってくる初火の甘酸っぱい果実の匂いと、穏やかな寝息を聞きながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
中学時代、張り出されるテストの結果を見て、ぼくの真上に初火の名前がある結果を見て、ぼくは何とも思ってない風を装ったが、心の中では本当は不満を感じていた。
同じ学校を受験したが学科を違うものにしたのはそれが嫌だったからだ。
学科が違えば結果も別々に張り出される。
考え通りぼくは、入試の成績で初火の下ではなく隣に並ぶことができた。
だけどそれじゃあダメだ。
(ちゃんと兄らしく、妹より上に居ないと)
「……ぼくは、がんばるよ」
せめて並んで歩けるようになるくらいには努力しよう。
「…………がんばって」
寝言だろう。目を閉じたまま人形のような精巧な顔立ちをした初火が、聞き取れるかどうかの声で呟いた。
かみしめて、ぼくは目を閉じた。
次話から土曜日が始まります。




