通学路
いつも通りの通学路である、がしかし今日は隣に美少女がいる。それは中学生の時とは違い妹の初火ではないが、それでも彼女の幼く愛らしい外見も相まって陽火と水萌の関係はまるで仲の良い兄妹に見えなくもない。
(ただ、だからって水萌に妹の替りになってもらうなんてできないよな。いくら冷たくされたってぼくの妹は初火だけだし、庇護欲の捌け口に水萌を使おうなんて彼女に対しても失礼過ぎるしな……。可愛がるのは良いけどあくまで幼なじみ、友達なのだし然るべき距離感はわきまえなければ。だからいくら幼なじみであってもぼくのことをお兄ちゃん扱いするよう強要するなんてことは……)
「しちゃダメだよな」
心の中で呟いたつもりだったが最後の方は口から漏れ出していた。
その唐突に発せられた言葉を不審に思ったのであろう水萌が愛らしい瞳をこちらに向けて尋ねてきた。
「どうかしたの? 陽火くん」
「ああ、いや……」
――って、あれ?
「あのー、陽火くんって?」
そんな呼び方、ぼくは知らない。
「だって、同学年の子に『お兄ちゃん』なんてちょっと変かなと思っ」
「そんなのダメだ! お兄ちゃんって呼……」
しまった。ショックの余り勢いで人として大切な何かを落としてしまったようだ。
しかも幼なじみの目の前で。 数瞬前に脳内反省会をしたにもかかわらず。
そんな愚行を犯したぼくに水萌は一瞬口を開け茫然とした後、すぐに踏まれて絶命寸前の羽虫を見るような一瞥を投げかけた。
「そんな具体的な目はしてないけど……、陽火くんって、その……妹萌えっていうの? もしかしてそういう趣味があるの?」
「いや、そんなことは……別に、ない。よ?」
全力で否定しにかかったが、なぜか言葉が上手く出てこず結果として中途半端な否定となってしまい、怪しさが倍増した。
「……そだよね、初火ちゃんあんなに可愛いし。仲もよかったもんね」
理不尽な現実を無理やり自分に納得させるかのように頷く水萌。
一応形の上では否定した筈なのだが、水萌はなぜか肯定と受け取りあまつさえ納得してしまったようだ。
「いや確かにそうだったかもしれないけど、そんな特殊な性癖ぼくは持ち合わせていないからね?」
今風に言えば勘違いしないでよね、だ。
……これだと肯定になってしまうのか。
「ほんとに?」
水萌がまったく信用していないのが一目でわかる表情でぼくの顔を覗き込んだ。
ただ、二十センチ以上身長差があるので覗き込むというより見上げるといった方が正しい表現なのだが。
「本当だよ。ただ、呼び方が変わるっていうのは心理的抵抗が強いっていうか……別に、お兄ちゃんと呼んで欲しいとかじゃ決してなくて」
本当だよ? 嘘じゃないよ?
「そう? じゃあそういうことにしておいてあげる」
「……うん」
水萌め、信じてないな。また苛めてやろうかと思ったが、さすがにぼくが悪かったし濡れ衣ではあるがこれ以上この話題は引っ張らないようにした。
「それで、陽火くん……でいいよね?」
「……」
肯定は首を縦に振ることで示す。「うん」と言わないのはせめてもの抵抗である。
ちっちゃいなぼく、人間が。
「じゃあ陽火くんこれから、また昔みたいに仲良くしようね」
「うん」
朝日に映える水萌の満開の笑顔にあてられて考える間もなく反射的に返答した。
「学校着いたね」
散ってしまった桜が出迎える校門をくぐると水萌が少し残念そうに呟いた。