心の準備
一階に戻り脱衣所に着替えを置く。
先に食事を取るべくダイニングへ向かうと、テーブルには既に夕食が用意されていた。
「いただきます」
イスに座り箸を取る。今日のおかずはエビチリに春雨スープか。中華だな。
小ぶりのエビを一匹、口へと放る。ピリッとした味付けが食欲をそそる。かなみさんが作った料理はこんなときでも、ちゃんとおいしく感じられる。
「いかがですか?」
正面に、折り目正しく腰掛けたかなみさんが聞いてきた。
「すごくおいしいですよ。いつもありがとうございます」
「それはよかったです。こちらこそいつもありがとうございます」
それが昼休みに水萌とした会話みたいで、少しおかしくなって頬が緩んだ。
「どうかされましたか?」
「いえ、今日昼休みに友達と今のと似たようなことがあったんで、偶然だなぁと」
「そうだったんですか! それは偶然ですね」
そういうかなみさんの表情はやけに嬉しそうだった。
「でも、陽火さまからお友達の話が出るのはめずらしいですね」
「…………」
……もしかして、かなみさんはぼくには友達がいないと誤解していたのではないだろうか?
確かに彼女に学校生活の話をしたことは皆無といってもいいが、別に友達がいないわけでもクラスから浮いているからでもない。……浮いていないはずだ、多分。
確かに見た目的には多少目立つかもしれないが……って、今はそんなこといいのだ。
ぼくが学校生活の話をしない理由は単純に、そんなに目立った活動もなく、いちいち報告するのが不遜なためだからだ。
「そんなこと思っていませんよ。陽火さまのような方は、多くの友人に慕われていると思っています」
……すいません。たくさんはいないです。
この言葉は口に出さずにスープと一緒に飲み込んだ。
「ごちそうさま」
「お粗末さまです」
食べ終えたぼくは、食器の片づけをかなみさんに任せ、そのまま風呂場へと向かった。
普段は少し休憩してから入るのだが、あまり初火を待たせるのも悪いしな。
「ふうっ」
お湯に体をくぐらせると全身の緊張がほぐれ落ち着く。
しかし、あまりゆっくりつかってはいられない。さっさと体と頭を洗い、行水とまではいかなくても、そこそこで切り上げる。
体を拭き着替えを手に取る。髪は……後で乾かせばいいか。
ぼくは服を着てバスタオルをかけたまま脱衣所を出て部屋へと向かった。
自室のドアの前。今日ほど、このドアを開けるのに覚悟を決めた日は無い。




