二人の心境
二人の心を覗くとこんな感じだ。
(私はなんてことをしてしまったんだ! 酩酊気味だったとはいえ、立場的には生徒である陽火を誘惑するようなマネを……、あまつさえ受け入れられそうだったし。というか勤務時間中に酔っぱらうこと自体が問題だ。他の先生が入ってこなかったら取り返しのつかないことになっていたんだぞ! ……少し残念なような気もするけど……って私は何を考えているんだ! どうしよう気まずい。次に陽火にかける言葉が見当たらない!)
(やばいやばいやばい! ダメだ、教師に迫るとか退学ものだぞコレ! しかも酔ってるときに手を出すとかありえんぞ。正直ちょっと残念だが、英語教師が入ってきてくれたのはありがたかったな。……そうじゃなく、なんて言えばよいのだ! このままでは木舞さんとの関係が修復不可能のところまで壊れるぞ!)
考えていることはほとんど同じである。
二人とも何か言わなければと感じてはいるのだ。
「木舞さん、ぼくは……」
耐えきれず、思考も定まらないままに口を開いた。当然、言葉は続かない。
――ピーンポーンパーンポーン――
部屋の前側、天井の真下に設置されたスピーカーがぼくを憐れむかのように鳴いた。
二人揃ってそちらに視線を向ける。
『ただ今より職員会議を行います。先生方は至急職員室へとお戻りください。繰り返します――』
助かった。思わず息を漏らすと、同じタイミングで木舞さんも息を吐いた。
「じゃ……じゃあ、私はこれから職員会議があるので出るぞ」
木舞さんがスッと立ち上がる。合わせてぼくも腰を上げる。
「はっ、はい……ぼくもそろそろ帰りますね。話の続きはまた今度」
木舞さんが首だけで了承を示す。
忘れずにテーブルの下に置いたままのカバンを回収し、肩にかける。
明かりを消し、さようならを言い合い、木舞さんは職員室へぼくは正門へ向かう。
「ああそうだ、陽火」
五歩も進まないうちに木舞さんに呼び止められた。
「なんですか?」
「言い忘れていたが、今日放課後すぐに初火が来てな」
朝の件を木舞さんが知っていたから、来ていたのだろうと予測はついていた。
「そのとき相談されたのだが、あまり初火を悲しませるんじゃないぞ? あの子と陽火はお互い唯一の兄妹なんだ。他の同級生を妹のように扱ったりすればそれはあの子を傷つけることになりかねないんだからな」
……唯一の、そう。ぼくにとって初火は、比喩でなく唯一無二の存在なのだ。かけがえのない、つながりを持っている。
「はい。今日、ちゃんと話し合って謝りますから」
できれば薄まったつながりを取り戻すきっかけになればいいな。
「そうか、しっかりとフォローしてやるんだぞ。今日中に言わないとタイミングを逃すからな?」
そうか明日から、初火のいる特進科は勉強合宿だった。今日中に解決しなければ。余計な心配事をした状態だと身が入らないだろう。
「分かりました、じゃあまた」
「気をつけてな」
もう一度お別れを言って、帰路に着く。
初火になんて言えばよいのだろうか。うまく話せるだろうか。怒ってはいないだろうか。嫌われていたりはしないだろうか。様々な不安が湧き上がってくる。
そんな不安を潰すように一歩一歩踏みしめながら、道を進む。
少し肌寒い。ぼくは歩調を速めた。




