放課後の保健室
放課後、校舎内に生徒はほとんどおらず廊下はシンとしていた。
「失礼します」
ケーキの箱(自分の分も合わせて二種類買った)を片手に保健室のドアを開け放つ。
「おそい」
部屋の奥から凛とした声で返事が返ってくる。その矢を射るような鋭さを持つ声の主は、月見里木舞その人だった。
彼女は七月生まれの十六歳だが理事長の孫娘ということで、例外的に、というか特別に養護教諭を任されている。
もちろん実年齢は伏せられていて、表向きには二十三歳ということになっている。
偶然にも、ぼくと木舞さんは親同士が知り合いだったために、中学校入学以前から面識があった。そのためぼくはこの秘密を知っているのだが。
なんというか恐るべき権力の力である。
しかし、なぜ彼女が十六歳であるにもかかわらず誰にも不審がられずに教員を勤められているかというと、いろいろと年齢不相応だからだ。
具体的には抜群のプロポーションをほこり、口調もたまに崩れるときはあるものの大人っぽく、他人の前では一挙一動に隙を見せない。
身長も、数センチのヒールを履けばぼくより高くなる。
髪の毛は亜麻色のロングヘアでところどころに癖をつけている。
初めてあった頃はその冷たい雰囲気から近寄りがたいイメージを持っていたが、同年代ということもあって意外すぐに打ち解けた。
少し素直じゃないところもあるけれど、優しいところもあるいい人だ。
街に出れば、男性なら十人が十人振り返るだろう。
彼女に気後れして保健室を利用する生徒が減ったと、臨視が話していたことがあったほどだ。
かなり美人だからな。確かに接点がなければ近づくのも憚られるほどである。
「ごめんなさい、木舞さん。仕事忘れちゃってて」
謝罪しつつ、ケーキを差し出す。テーブルの上で紅茶がスタンバイしているところを見ると早く食べたいのだろう。この店のモンブランおいしいし。
ちなみに、木舞さんは学年でいうとぼくの一つ上ということになる。そのため彼女と話すときぼくは敬語を使う。それ以前に学内では教師と生徒だし、親しき仲にも礼儀ありということなのだが。
そのほかにも、他に生徒がいる前では先生と呼んだりと細かい配慮をしている。しかしなぜか木舞さんは二人で居るときに先生と呼ぶと怒る。昔のままの呼び方でなくては嫌なのだそうだ。
「うむ、これからこんなことが無いよう、注意すること」
そうケーキを受け取りつつ叱る彼女の言葉には微塵も怒気が含まれていない。
「はい、気をつけます。……じゃあ、今から補充やっちゃいますね」
一礼して倉庫に向かうためドアに手をかける。
「むぅ、陽火」
ケーキの箱の中を凝視したままの木舞さんが声をかける。
「ああ、」
二つ買ってきたの、一つはぼくの分ですからね、と言おうとして言葉が遮られた。
「その、補充なのだが私がもうやっておいた」
「えっ、そうだったんですか? でも、じゃあなんで?」
まさか本当にケーキを買って来させるためだけ?




